第137話 王城
翌日の朝、体調が優れないというアスカを『楡の木亭』に残し、俺は一人で一角獣にまたがって闘技場に赴いた。対戦相手は【槍術士】なので遠慮なく【爪撃】のスキルレベル上げをさせてもらった。
今日は俺もいつもの調子を取り戻せていたので、相手に触れさせること無く一方的に殴り続けた。持ちこんだ魔力回復薬を飲み干して、みっちりと時間をかけてスキルを使用し続けたため、決闘を終えるころには相手が着用していた鉄鱗鎧は金属片がほとんど剥がれ落ちるぐらいボロボロになっていた。
ちなみに【喧嘩屋】の熟練度稼ぎをするようになってからは、両手に安物の手甲をつけている。【爪撃】の発動で拳が発する魔力の光をごまかすためだ。【爪撃】の熟練度を稼ぐにはスキルを発動して敵に当てさえすればいいから、魔力をスキル発動ギリギリぐらいにしか注いでいない。そのため発する魔力光も弱いから、観客からは手甲で殴っている様にしか見えないだろう。
紅の騎士剣は腰にぶら下げているが、火喰いの円盾は持ち込みすらしていない。【魔術師】であるはずの俺が全く魔法を使わず、扱えるとわかっている腰に佩いた剣すら抜かず、ただひたすらに相手の攻撃を躱して執拗に鱗鎧を殴り続ける。
そんな俺の戦い方は、やはり決闘ファン達の反感を買ったようだ。闘技場はいつものように罵声とブーイングに包まれている。相手をおちょくっているか、手を抜いているかの様にしか見えないのだろうから、それも仕方のない事なのかもしれない。
順調に【喧嘩屋】の熟練度稼ぎは出来ている。この調子なら近いうちに加護を修得できるだろう。上々な加護の仕上がりと反比例するように、俺の評判は悪くなっていそうだけど……まあ、しょうがないか。
決闘を終えた俺はいったん楡の木亭に戻ってみたが、アスカはまだ体調が優れないということで部屋にこもっていた。昨日も一人にして欲しいと言っていたので、午後からは一角獣の試し乗りをした。
うすうすわかってはいたが一角獣は非常に優秀な馬だった。走る速さ自体は軍馬より少し早いぐらいだが、とにかく体力がすごい。襲歩ですら何十分も走り続けられるのだ。むしろ乗っている俺の方がもたないぐらい。速歩なら、どこまでも走り続けられるんじゃないだろうか。
これならコイツ一頭だけでも長旅に耐えてくれそうだ。アスカは乗馬が出来ないので馬車を用意しなければならないかとも思っていたが、これなら身軽に移動できるだろう。
大量の飼葉が必要になるだろうけどアスカのアイテムボックスがあれば、いくらでも持っていける。もちろん俺達の食糧だって大量に持ち運ぶことができるし、水だって俺の魔法で用意することが出来る。途中で人里を訪れなくても無補給で移動できるなら、かなり効率的に世界中を旅してまわることが出来そうだ。
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その翌朝、アリンガム家の使いが『楡の木亭』にやって来た。陛下との謁見のために、指示された通りに服を着替える。ヴァリアハートでエクルストン侯爵と会食した時に着た服と同じものだ。
「じゃあ、そろそろ行って来るよ」
「うん。行ってらっしゃい」
アリンガム家の馬車が到着したので、俺は王城に向かう。アスカは同行することは出来ないので、楡の木亭で留守番だ。
「一人で王都から出るなよ? あと外出する時は大通りから外れないようにな」
「うん、わかってる。用事も無いからここで大人しくしてるよ。アルもがんばってね」
「ああ。じゃあ、行って来る」
楡の木亭を出て、車寄せに停まっていた馬車に乗り込む。馬車は王都までの旅で使っていた幌馬車ではなく箱馬車だった。余計な装飾を排した赤茶色の美しい木目の箱馬車は、アリンガム家の応接室と同じくシンプルながら重厚でシックな造りだ。
王都の通りは石畳で舗装されているため、馬車はほとんど揺れることもなく進んでいく。ほどなく中心街と貴族街を隔てる城壁に着いた。
王都は王城を中心に同心円状に広がった都市だ。一番外側に10メートルほどの高さの城壁があり、その内側には平民街が広がっている。平民街を王城に向かって進むと高貴な城壁と俗称される外側の城壁よりやや高い城壁があり、さらに内側にあるのが王城と貴族街を取り囲む王家の城壁だ。見るからに堅牢そうな王家の城壁は高さ15メートルほどはあるだろう。
王都に着いて3週間ほどが経つが、貴族街に入るのは初めてだった。伯爵以上の爵位を持つ貴族や王家騎士団の騎士しか入る事が許されないのだから、俺だけでなく王都に住むほとんどの人が入れない区域なのだけど。
アリンガム家の馬車は門衛に止められることなく城壁の内側に入って行った。貴族街は大通りの沿って区画整理されていて、屋敷が整然と立ち並んでいる。一つ一つがウェイクリング家の屋敷に匹敵するぐらい、立派で広々とした家屋だ。
屋根が朱色のスレートで統一されているのは、紅が高貴な色とされているからだろうな。ヴァリアハートでもこの色の石材を多く見かけたので、たぶん鉱山や採石場の多いエクルストン侯爵領で採掘されたものだろう。
緩やかに進んでいた馬車が王城の前に停車し、御者に促されて降車する。王城の造りはエクルストン侯爵の館に似て、いくつもの尖塔が天を刺すようそびえ立っている。たぶんエクルストン侯爵の館の方が、王城の建築様式を真似ているのだろうけど。
侯爵の館を一回りも二回りも大きくしたような王城は、やはり紅の天然石を使用していた。白一色だった侯爵の館を『壮麗』と表現するなら、王城は『荘厳』といったところだろうか。俺は初めて目にする王城に感嘆しつつ、やや緊張しながら門に至る階段を登って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ステンドグラスから差し込む光が厳かな雰囲気を醸し出す大広間や、花樹や噴水などが色鮮やかに配置された庭園を通り過ぎ、待合室へと案内される。部屋にはクレアが先に到着していて、窓際に佇んで庭園を眺めていた。
「やあ、クレア」
「あ……アル兄さま、ごきげんよう」
クレアは胴部が細く締まった薄いブルーのドレスを着こんでいた。ドレスは金銀の糸で精緻な刺繍が施され、碧い宝石で飾り付けられている。見るからに高価そうではあるが、豪華というより華麗といった印象だ。普段はふんわりと下ろしているプラチナブロンドの髪を、丁寧に編み込んで白いネットでまとめていて大人っぽく見える。
「素敵なドレスだな。髪型もよく似合ってるよ」
「あ……ありがとうございます。はぁ……アル兄さまはまったく……」
クレアが小さな声でつぶやき、苦笑いを浮かべた。
「え?」
「なんでもありませんわ。アル兄さまも、とてもお似合いですわ」
「窮屈でしょうがないけどな。あ、この礼服、ありがとな。クレアが用意してくれてたのか?」
「いえ、おじ様からお預かりしたものですわ。元々はギルバード様に誂えた物だそうですけれど、お二人とも背格好は同じくらいでしたからピッタリですよね」
「あ、父上が用意してくださったのか」
「ええ。必要な時にお渡しするように申し付けられておりました。旅をされるにしても、礼服が必要な機会もあるでしょうから、そのままお持ちください」
「そうだな……ありがたく受け取っておくよ」
父上が用意してくださったものだったのか。確かに思いがけずエクルストン侯爵と会うような機会もあった。多くの国を通り抜けるのだから、礼服が必要になることもあるだろう。路銀には余裕もあるし、アスカのも誂えておいた方が良いかもしれないな。
しばらく、緊張をほぐすようにクレアと雑談していると待合室のドアがノックされ、騎士の制服を着た男性が入室して来た。
「お待たせいたしました。陛下の執務室にご案内します。ご同行ください」
「はい……」
さて……いよいよ陛下との謁見か。一生お目にかかる事なんて無いと思っていたが……人生って何があるかわからないものだな……。
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