第136話 見慣れない天井
「ジオドリックさん……」
「お疲れさまでした、アルフレッド様。本当に魔術師になっておられたのですね」
「ああ、決闘をご覧になっていたんですね。今日の立ち回りは反省点が多かったので、恥ずかしい限りですが……」
今日の対戦相手はさすがに【騎士】だけあって守りは硬かったが、速さに関しては俺が圧倒していた。いつもの調子なら、かすりもさせずに戦えていたと思う。
「ふふ。Cランクの決闘士を圧倒できるのですから、十分でしょう。もはや決闘士としても冒険者としてもBランクを超える実力と言っても過言ではないでしょうな」
「そうでしょうか……まだまだ未熟者です」
「さすがはアルフレッド様。お志が高いですな……。それだけにアルフレッド様がウェイクリング領を離れられるのは、アリンガム家に仕える者としても残念でなりません」
「期待に沿えず……」
「ああ、申し訳ございません。出過ぎたことを申し上げました」
長くアリンガム家に仕えているというジオドリックさんとしても思うところはあるだろう。自分の主と深い関係にあるウェイクリング家のことが気にならないわけが無い。
「それで……今日はどうなさったのですか?」
わざわざ闘技場までジオドリックさんが足を運んでいるのだから何かしら用事があるのだろう。おそらくアリンガム家の屋敷では話しにくいことなのだろうと想像はつくけど……。
「アルフレッド様とアスカ様にお願いしたいことがございまして……。よろしければ王都にて少々お時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
ジオドリックさんの言葉を受けて、俺はアスカに視線を送る。アスカはこくんと頷いた。
「構いませんよ。では参りましょうか。」
一角獣に小さく『着いて来い』と指示をして、ジオドリックさんから受け取った手綱を手放す。俺たちは横並びに王都に向かって歩き、一角獣は大人しく俺たちの後ろに続いた。
ジオドリックさんは中心街にあるそれなりに格式の高そうな料理屋の個室に俺たちを連れて行った。そこで昼食を取った後、俺たちに深々と頭を下げてから、相談を切り出す。
「ご無礼を承知で申し上げます。アルフレッド様とアスカ様にアリンガム家の屋敷から出て頂きたいのです」
ジオドリックさんは神妙な顔つきでそう言った。昨日話したウェイクリング家やクレアの事で説得をされるのだろうと思っていたので、その相談の内容は意外だった。
「そ……そうですか。それは、もちろん構いません。元々、王都に着いたら宿を取る予定だったのですから。今までご面倒をかけてしまい、こちらが申し訳ないくらいです」
「とんでもございません! 主筋であるアルフレッド様に大変に失礼なことを申し上げているのは、こちらでございます。それに、クレアお嬢様を身を呈して守ってくださったアスカ様と、マッカラン商会の一件を解決してくださったアルフレッド様を、このような形で追い出すなど非礼にもほどがある事でございます」
ジオドリックさんが慌てて、そう言った。
「王都にいらっしゃる間のお住まいとして中心街にある旅館の一室をおさえております。もちろん費用についてはアリンガム家で支払いを済ませておりますので、王都にいらっしゃる間はそちらに御逗留いただければと存じます」
「そんな! それこそ申し訳ないです。宿賃ぐらいこちらで支払います!」
「そういう訳には参りません。大恩あるお二方にこちらの都合でお泊り頂くのですから。本来であればウェイクリング家のご子息であるアルフレッド様には、貴族街のしかるべき旅館をご用意すべきなのですが、准男爵家であるアリンガム家ではそれも難しく……申し訳ございません」
そう言ってジオドリックさんは頭を下げる。むしろ俺達は平民街の冒険者用の宿で十分だし、宿泊費ぐらい自分たちで負担するのが当然なのだけど……。
「お気遣いをさせてしまい……申し訳ありません」
「とんでもございません。それよりも、もう一つアルフレッド様とアスカ様にお願いがあるのです」
ジオドリックさんが頭を上げて真っ直ぐに俺を見る。
「この件は、クレアお嬢様にはご内密にお願いしたいのです。アルフレッド様とアスカ様は自らアリンガム家を出られた……ということにして頂けないでしょうか」
「え……クレアに内密に……?」
どういうことだ? この件はクレアの指示ではなくジオドリックさんの独断ってこと?
「ええ。クレアお嬢様には何もご相談しておりません。お願い、出来ますでしょうか?」
「構いませんが……なぜクレアに内緒で……?」
「それは……」
「ジオさん、もういいよ」
ジオドリックさんが言葉に詰まらせたところで、アスカが横から口をはさんだ。
「その旅館に、案内してくれます?」
「……承知しました」
そう言ってアスカは席から立ち上がった。ジオドリックさんもそれに続いて席を立ち、俺も慌てて後に続いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ジオドリックさんに案内されたのは『楡の木亭』という立派な旅館だった。男爵・子爵といった貴族や、豪商が宿泊する由緒正しい高級旅館のようだ。
どうみても一冒険者が宿泊するような宿じゃない。厩舎でさえ俺が【森番】の時に宿泊していた安宿よりしっかりとした造りをしている。
案内された部屋は3階建ての石造りの旅館の最上階で、広々とした居間と二つの寝室があり、応接室すらついている。家具や内装も、アリンガム家の屋敷に引けをとらないぐらいに豪華だった。
「屋敷の部屋に置いておられた荷物は後ほどお運びします。それと、謁見の日の朝に使いの者を伺わせますので、朝食後はこちらの部屋でお待ちください。それでは、私はこれで失礼いたします」
そう言ってジオドリックさんは帰って行った。
「じゃ、あたしはこっちの寝室を使わせてもらうね」
「あ、おい……アスカ……」
「ごめん。ちょっと疲れちゃったの。一人にしてくれないかな」
「え……? あ、ああ」
アスカは寝室の一つに入り、ドアを閉めた。直後にガチャリと鍵がかかる音がする。
「………………」
俺はため息をついてもう一つの寝室に入ち、寝室にあった一人では大きすぎるくらいのベッドに身を投げた。
今日はいつもの通りに戦えなかった。急にアリンガム家の屋敷を出ることになって。アスカは朝から元気が無くて。ずっと泣き出しそうな顔をしてた。
取り留めない想いが浮かんでは消える。考えがまとまらない。
一角獣の試し乗りをしようと思っていたけど……今日はこのまま休んでしまおう。
俺はベッドに仰向けになり、天井を見上げる。見慣れない天井には、ガラス製の魔道具がぶら下がり、ぼんやりとした光が部屋を照らしていた。




