第13話 商人ギルド
「はあぁぁ……疲れたよぉ……もう歩けない」
「お疲れ、アスカ。今日はもう宿に向かおう」
「アルはいいよね、加護のおかげで体力がたっぷりあるんだもん」
「そうだな。俺も森番のままだったら、へとへとになってるだろうな」
盗賊の加護のおかげで体力が森番の時の6倍以上になってるからな。このぐらいの移動じゃ全くこたえない。
「でも魔力の方は、ギリギリだよ。潜入と探索をずっと使ってたからな」
「加護のレベルが上がると、もうちょっと余裕が出てくるよ」
「ああ、頑張らないとな。じゃあ今夜の宿を探そう。冒険者ギルドか商人ギルドにお勧めの宿を聞きに行こうか」
「あ、宿だったらわかるよ。あっちの方」
アスカの案内で俺たちは町のメインストリートを歩いていく。オークヴィルは人口三千人ほどの、それなりに活気のある山間の町だ。町の真ん中に大きな広場があり、そこから放射状にたくさんの木造の家屋が広がっている。アスカはその広場の近くにある宿に、俺を案内した。
「おいおい、こんな立派な宿に泊まるのか?」
立派とは言っても、木造で部屋数は10室ぐらいのごく普通な宿だ。それでも俺が城下町チェスターに行ったときに泊まっていた宿に比べればはるかに立派だ。宿賃も倍はしそうな気がする。
「えーでも、宿はここしかなかったと思うよ?」
そう言ってアスカはずんずん宿屋に入っていってしまう。いや探せば2,3軒はあると思うけど…。
「いらっしゃい。食事? それとも泊まりかい?」
「宿泊で! 大人二人です!」
1階の酒場のカウンターにいた店主らしき大柄な男にアスカが元気よく答えた。
「二人部屋は一泊2食付きで大銅貨8枚だ。個室がいいなら二部屋で10枚だ」
たかっ! 俺がチェスターで泊まっていた大部屋素泊まりなら大銅貨2枚で済んだのに!
「二人部屋でお願いしまーす」
別の宿にしようと言おうとしたらアスカが答えてしまった。まじかよ……誰が払うと思ってるんだ。
俺はアスカに小声で他の宿を探そうと提案してみたが、もう歩きたくないと却下されてしまった。渋々ながら宿賃を支払うと、店主は二階の角部屋に案内してくれた。
「夕食は1階の食堂に取りに来な。朝食は6時からだ。食事はこの札と交換だから無くすなよ。ランプに脂は入れてある。湯が必要なら言ってくれ。銅貨5枚だ」
店主は木製の札4枚を俺に渡してそそくさと1階に下りて行った。部屋はベッド二台とクローゼット1台が置いてある、こざっぱりとした良い部屋だった。大部屋に雑魚寝の安宿と比べれば、豪華すぎるくらいだ。
「アスカ、勘弁してくれよ! 路銀はほとんどないって言っただろ?」
「だって今日は宿に泊まるんでしょ? オークヴィルの宿って言ったらここじゃん?」
「こんな良い宿にとまったら10日もせずに破産するよ!」
「えー?アルはあとどのぐらいお金を持ってるの?」
「……あと銀貨7枚とちょっとだ」
「えっと、銀貨1枚って何リヒトなんだっけ? 貨幣の種類を教えてくれる?」
おいおいおい。貨幣の種類も知らないのに、金策は任せとけって言ってたのか……。これは初っ端から雲行きが怪しくなってきたな。俺はそう思いながら、アスカに貨幣の説明をする。
「貨幣は、銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨の6種類だ。銭貨1枚が1リヒト、銅貨1枚が10リヒトで……」
大銅貨は100リヒト、銀貨は1,000リヒト、大銀貨は1万リヒト、金貨は10万リヒトだ。他にも白金貨、聖銀貨なんて高額貨幣もあるが一般にはお目にかかることはまずない。貴族や大商会の間でやり取りされるときにしか使われることは無いだろう。伯爵家にいたころだって数回しか見たことが無いぐらいだ。
「ってことは……銀貨7枚で7,000リヒトか。ぷふー、アルってばびんぼー!!」
「うるせえよ!」
情けない話だが、俺はアスカの言う通り貧乏だ。森番の仕事で役場から給金は出ていたのだが、雀の涙ほどしか無かった。
酒場の店員や荷運びの仕事であっても、一月に大銀貨1枚ほどは稼げるだろう。でも俺が一月に貰っていた給金は月にたった銀貨2枚、2,000リヒトほどしかもらえなかった。
給金のほとんどは食料品や消耗品の購入に消えていき、貯蓄なんて出来るはずも無かった。まあ、転移陣の掃除をするだけの簡単な仕事だったので、妥当な賃金ではあるかもしれないけれど。
「だいじょぶだって!! アスカちゃんに秘策があるからさ。そんな事よりご飯食べに行こう! すっごい歩いたからめっちゃお腹すいてんだよねー!」
そう言ってアスカは1階に向かってしまう。ほんとに大丈夫なのか? 不安しか覚えないんだけど…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、朝食を終えた俺たちは商人ギルド会館へと赴いた。始まりの森で手に入れた魔物素材を売却するためだ。
山間の町にある出張所のわりには、立派な木造の建物だ。建物の横には旅人の馬を繋ぐ厩舎と商人達のための倉庫が備えてある。この町は様々な名産品があるため、たくさんの交易商人たちが訪れるのだろう。商館の中に入ると、いくつかの衝立で仕切られた商談ブースがあり、奥に受付があった。
「商人ギルドへようこそ。どんなご用件ですか?」
受付に座った猫獣人の女性が明るく声をかけてくれた。茶色の髪に切れ長の目の、かわいいと言うよりは綺麗という表現が似合う女性だ。ぴょこんと突き出した猫耳は、とてもかわいらしいけど。
「魔物の素材を持ってきたんだけど、買取をお願いできる?」
「ありがとうございます。では、こちらで受け付けますね」
そう言って受付の女性は大きなテーブルを指し示した。アスカは背中に背負っていた革袋から次々と素材を取り出しテーブルに並べていく。とても背負っていた大きさの袋から取り出せる量ではない。
「あら、魔法袋ですか? 貴重な物をお持ちなんですね」
「ええ、エルフの旅人に譲ってもらった我が家の家宝なんです」
俺は後ろから口を挟む。もちろんアスカの革袋は魔法袋ではない。アイテムボックスから取り出しているのを、魔法袋の中から取り出しているように偽装しているのだ。
ほぼ無限に収納できるアスカのアイテムボックスは、はっきり言って異常なスキルだ。こんなスキルを持っていることがバレれば、おそらく大騒ぎになってしまうだろう。
交易商人たちの目に留まれば、こぞってアスカを雇用しようとするだろう。アスカ一人と護衛さえいれば、いくらでも荷運びが出来てしまうのだから。場合によっては貴族なんかから強制的に徴発されてしまうことも考えられる。
余計な面倒を起こして、ニホンを目指す旅を邪魔をされてしまっては困る。そのため偽装をすることをアスカに提案したのだ。
同様の理由で、アスカが身に着けていた高級そうな服も、俺の服に着替えてもらっている。革製の茶色いズボンと羊毛のチュニックを着せているが、可愛くないと不満たらたらだった。
お金がたまったら、彼女の服も新調することになりそうだ。服は高額だし、お下がりを着るなんて当たり前のことだと思うのだが、大きさが合わないし可愛くないから嫌なんだそうだ。やはり彼女は金持ちか貴族の令嬢なのだろうな。
「マッドボアの毛皮が8枚にと牙が4対、ホーンラビットの角が7本と毛皮が14枚、ワイルドスタッグの毛皮が11枚に角が3対ですね。ずいぶんたくさんありますね」
「ええ、これだけ狩るのは骨が折れましたよ」
しかも真夜中の狩りだからな。盗賊のスキルに慣れるまでは大変だった。
「うーん、ですがどれもサイズが小ぶりですね……。申し訳ないですが、この大きさだと正規の値段の半分程度しかつけられませんね……」
こればっかりは仕方がない。聖域にいるのは魔物の幼体なので、どの素材も小さいのだ。マッドボアなんかだと聖域の中では2メートル程度の大きさだが、森では倍以上の大きさになる。俺もチェスターの町で何度も素材を売却したのだが、いつも言い値で買いたたかれていた。半額ももらえるなら御の字だ。
「あ、でも、素材の状態が非常に良いですね。ほとんど傷もついていないし、ついさっき解体したばかりみたいに張りがありますね! これなら少し評価額を増やせそうです」
素材の状態がいいのは全て【魔物解体】スキルのおかげだ。アスカが解体をすると、戦闘時についた傷も汚れも、なぜか消えて無くなるのだ。
さすがに大きく切り裂いた傷は消えないが、小さな傷であればたちどころに修復されてしまう。毛皮なんかは、まるで職人が解体したかのように、綺麗に一つなぎの状態になる。倒したその場で素材を回収できているので、素材の鮮度も良い。
「計算しますので少々お待ちくださいね。マッドボアの毛皮は1枚につき大銅貨3枚ってところかしら。牙の方は……」
マッドボアの毛皮を1枚300リヒトで買ってくれるのか! チェスターじゃ200がいいとこだったのに。これは買い取り額が期待できるな!
「ええと……では合計で9,840リヒトでいかがでしょうか」
おお、すごい!! 俺の給金の5か月分だ! 猫耳お姉さん、良い人だな!
「お姉さん、もう一声! せっかくだから1万リヒトにしちゃおうよ! しばらくオークヴィルに滞在するし、いい素材を見つけたらまたここに持ってくるから! ね?」
アスカが値段交渉を始めた! すごいな、百戦錬磨の商人ギルド相手に交渉なんて普通はまずしないぞ? あ、もしかして、これがアスカがお金稼ぎに自信満々だった理由か?
「うーーん、そうですねぇ。たしかにどの素材も傷一つついていないですし、解体処理も完璧ですし……わかりました、1万リヒトちょうどで購入しましょう!」
「やったぁー! ありがとうお姉さん! 大好き!!」
やるなぁ、アスカ。俺なんて8,000リヒトももらえれば十分だと思ってたのに。
俺たちは大銀貨1枚を受け取り、互いに自己紹介してから商館を出た。猫耳お姉さんはセシリーさんというらしい。同じ年らしく、アスカがきゃいきゃいと騒ぎ、楽しそうに話をしていた。