第134話 名代
この小瓶……いつもの下級回復薬?
それとも下級魔力回復薬……いや、もしかしてこれは……!
「は……? 一角獣の螺旋角を手に入れたんじゃ……?」
「んふふー。おじさん商人なんでしょ? 鑑定とか使えるんじゃないの?」
「あん? もちろん使えるが……って、こいつは!!」
「そうよ! 全ての状態異常と呪詛を祓える霊薬、上級万能薬よ!」
アスカは気持ち顎を上げ、ニヤリと笑みを浮かべてそう言った。
「ど、どこで手に入れたんだ!? こんな魔法薬、宮廷薬師か教会の大司教でもないと作れない超希少品だぞ!!?」
「ふふん。これはね、あたしがつ……」
「おっと。入手経路は明かすわけにはいかない」
ふう、あぶないあぶない。アスカがまた余計なことを言うところだった。
おいおい、口を尖らせてこっちを見るな、アスカ。わかってるよ。アスカが【調剤】で作ったんだろ?
でも、よく考えろよ。下級万能薬でさえ万病に効く高級薬って言ったのに、呪詛すら解呪してしまう万能薬を作れるなんて大っぴらに出来るわけないだろうが。
「むっ……そ、そりゃそうだろうけどよ……。だが、上級万能薬なんて大聖堂ぐらいでしか……。そうか! 聖ルクス教国からの交易品か! ジブラルタやルクス教国との交易で財を成したアリンガム商会なら……! いや、しかしそれならアリンガム商会が陛下に献上しないのは……?」
「…………」
うん。勝手に勘違いしたうえに、勝手に迷走しだしたな……。まあいいか。とりあえずこのまま放置だ。別に俺は何も言って無いしな。
「一角獣の螺旋角じゃないけど、要はマーカス殿下の呪いが解ければいいんだろ? これで依頼は達成ってことでいいのか?」
「ああ、もちろんだ! 約束通り報酬は支払う! ちょっと待っててくれ」
そう言ってボビーは、報酬を取りにバタバタと執務室から出て行った。
「ふう……。いつの間に作ったんだよ?」
「ついさっき? だって一角獣の螺旋角が1本あれば上級万能薬が10本作れるんだよ? 序盤じゃなかなか手に入らないレアアイテムだし、作っておきたいじゃん」
「10本……? ってことは残り9本も上級万能薬があるのか!?」
「うん。Cランクの魔石とか、大量の珪化木とか薬草とか、すっごいたくさん素材を使っちゃったけどねー。その分、商人ギルドに持っていけば、さすがに白金貨にはならないだろうけど高く買い取ってくれると思うんだー」
「いやいや……。商人ギルドなんかに持ち込んだら大騒ぎになるから、止めとこう……」
上級万能薬もアスカのアイテムボックスに死蔵だな。いつか今回みたいに必要になることもあるだろ。あ、でもお礼はしないとな……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え……こんな貴重な物を頂いてもよろしいのですか?」
「ああ。今回、クレアとユーゴーには世話になったからな。そのお礼だ」
上級万能薬は残り9本あるというので、クレアとユーゴーにおすそ分けだ。クレアは一角獣を誘き寄せる囮役を務めてくれたし、ユーゴーはその護衛役として一角獣討伐……もとい捕獲に付き合ってくれたしな。
「わたくしはついて行っただけでしたのに……。恐縮してしまいますわ」
「……護衛の給金は貰っている。気遣いは不要だ」
「いいから、もらっといてくれよ。あって困るものじゃ無いだろ? クレアがいなきゃ一角獣を見つけることはできなかったんだし、ユーゴーがいなきゃクレアを安心して連れていくこともできなかったし」
「そうだよー。依頼を達成できたのもクレアちゃんとユーゴーのおかげだもんね!」
始めからクレアに相談しておけば良かったよ。そうすれば処女信仰者だとかハーレム願望だとかいう汚名を着なくて済んだのに……。
「わかりました。それでは有難く頂戴しますわ。これがあればどんな病気にかかっても安心ですわ」
「……感謝する」
「どうぞどうぞー」
「どういたしまして」
一時的にパーティメンバーだったわけだし、成果を分配するのは当然だろ。とは言っても9本中のたった2本だけだし、ボビーから受け取った報酬は分けてないしね。
「あ、そう言えばその万能薬は王家に献上はしないでくれよ? 依頼主のボビー・スタントンが陛下に献上するらしいからさ。手柄を奪っちゃ悪いし」
「ええ、心得ておりますわ。スタントン商会は食料品や嗜好品を主に取り扱っておりますので、わたくしどもとはさほど競合いたしませんし……。敢えて敵対するつもりはございません」
「ああ、アリンガム商会は織物とか魔道具なんかが中心だもんな。ライバル関係ってことは無いか」
「ええ。わたくしどもも交易品として蒸留酒などを扱ってはおりますが、大した量ではありません。スタントン商会の様な酒類の専門業者に卸した方が良いかもしれませんわね」
「いいかもな。なんなら紹介するよ」
少ない量ながらデザートワインみたいな珍しい酒も扱ってるみたいだからな。ジブラルタの米の酒とか聖ルクス教国の蒸留酒なんかを譲れば喜ばれるかもしれない。
「あ、アル兄さま。そう言えば日程が決まりましたわ」
「え、日程? なんのだ?」
「なんのだって……陛下との謁見ですわ」
へ? そう言えば父の名代としてクレアと一緒に謁見に臨むべきだと言われてたな。あれ、本気だったのか?
「陛下との謁見は3日後の正午過ぎに決まりました。当日は闘技場の方はお休みくださいね」
「なあ、それって俺が行かなきゃダメなのか? 父上の親書を預かったのはクレアだろ?」
俺はウェイクリングを出た身の上だ。そんな一平民が陛下に謁える栄誉に預かるなんて畏れ多い。
正直に言えば、面倒ごとに巻き込まれたくないってのが本音だけどね。だってアスカの予感が合っているとしたら、王陛下に決闘士舞踏会に出るようにと言われて、魔人族と闘う羽目になるかもしれないんだろう?
アスカの予感は的中する可能性が高いと思う。チェスターの時だってアスカの言った通り、魔人族の襲来があったんだ。
でも、あの時はギルバードを救うために無理を押して戦ったんだよな。闘う理由が無いのなら魔人族との衝突は出来れば避けたいところなんだけど……。
「今さら何を仰っているのです? エクルストン侯爵の前では堂々とウェイクリング家のご子息を名乗られたではありませんか」
「いや、それはユーゴーのために仕方なく……」
「……すまない」
「あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。俺こそ、すまん……」
沈痛な面持ちで頭を下げたユーゴーに、慌ててぶんぶんと両手を振る。ユーゴーを助けたかったからってのは嘘じゃないけど、それはなんていうか昔の俺みたいで見ていられなかったからと言うか、俺の自己満足のためというか……。
「それに、カスケード山での一件やヴァリアハートに現れた魔人族のことも陛下にご報告を申し上げねばなりません。マッカラン准男爵の悪事を白日の下に晒すことが出来たのもアル兄さまの活躍あっての事なのですよ? その立役者が陛下との謁見に臨まないなんてありえませんわ」
「うーん……。でも、盗賊団の件もヴァリアハートの件も、俺は巻き込まれただけで……」
言われてみれば、面倒ごとにばかり巻き込まれてるな。チェスターの魔人族襲来に盗賊団のアスカ誘拐、マッカラン商会の襲撃、魔人族と思しき者の強襲……。
これがたった2か月にも満たない期間に立て続けに起こったんだよな……。俺も何かに呪われてるんじゃないのか? 上級万能薬を飲んでおこうかな。
「諦めてください、アル兄さま。それともユーゴーさんを助けるためならエクルストン侯爵と衝突する事すら厭わなかったというのに、わたくしのためには陛下との謁見に同行すらしていただけないのですか?」
うっ……。それを言われると辛い。クレアは【森番】として蔑まれていた時だって、定期的に会いに来てくれた大切な友人だしな……。
「はぁ……わかったよ」
「本当ですか!? アル兄さま! 良かった……これでお父様とおじ様との約束が果たせそうですわ!」
「約束……? おじ様…って?」
クレアがおじ様って呼ぶ人って……もしかして…?
「もちろん、アイザック・ウェイクリング伯爵閣下ですわ。おじ様に頼まれていましたの。陛下との謁見に、アル兄さまをウェイクリング家の名代として同行させるようにって」
「父……上に?」
「ええ。ウェイクリング家の名代として陛下に謁えるということは、事実上アル兄さまはウェイクリング家の嫡男という事になりますもの」
父上……そんな事をクレアに頼んでいたのか。もう会うことは無い、というぐらいの思いでチェスターを発ったというのに……。
「わたくしも感無量ですわ。もう叶う事のない、過ぎ去った夢と諦めてましたが……」
「夢?」
そう聞くと、クレアは輝くような満面の笑顔を浮かべて言った。
「もちろん、ウェイクリング家の長子、アル兄さまとの婚約ですわ」
………え??
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