第133話 騎獣
「うまくいったの?」
「ん、たぶんな。試してみようか。おい、命令だ。伏せ!」
一角獣は即座に膝を折り、前脚を折りたたむようにして座りこんだ。うん、やっぱり隷属化してるみたいだ。
「ふわぁー! ホントに言うこと聞いてる!」
「こいつ、言葉がわかるのかな。あ、隷属の首輪の効果で命令が伝わってるのか?」
「どうなんだろうねー。WOTにはこんなアイテム無かったからわかんないや」
「そっか。【魔獣使い】が飼いならした魔物は人語を解するっていうし、言葉がわかるようになったのかもな。どっちにしても命令は聞いてくれそうだし、いい足が手に入ったな」
「え? ああ! この子に乗るつもりだったんだ!?」
「そりゃ……そうだろ。王都を発つ時には【魔獣使い】が育て上げた乗用馬を買おうと思ってたんだけど……こいつはそこいらの軍馬よりも体格もいいし、丈夫そうだ。二人乗りにも、長旅にも耐えてくれそうだしな」
王都を出た後は土人族のガリシア自治区に天人族のアストゥリア帝国、海人族のジブラルタ王国……とまさに世界中を旅してまわるんだろ? 徒歩で旅するわけにもいかないじゃないか。馬に乗ったところで、何年がかりになるかもわからないぐらいだってのに。
「さてと……じゃあ、とりあえず螺旋角を回収しようか。アスカ、前にもらった鍛冶道具から鋸を出してもらえるか?」
「はーい」
アスカから鋸を受け取り、一角獣に螺旋角を切り落とすと伝えたら、大人しく座った姿勢のまま首を垂れた。やはり言葉は伝わっているみたいだ。
螺旋角はかなり硬かったが、チェスターでもらった鋸はちゃんとした品だったようで刃がかける事も無く切り落とすことが出来た。一角獣は切り落とされた螺旋角を、濁った瞳で悲しそうに見つめていた。
すまんな。でも、死ぬよりはマシだろ? 騎獣として扱うからには、ちゃんと世話はするからさ。
さて、これで依頼は達成だ。一角獣との決戦にかなり時間を使ってしまったので、もう日が暮れてしまいそうだ。
王都に帰ろうと声をかけようとしたら、クレアが真っ青な顔をして俺とアスカを見ているのに気が付いた。ユーゴーも無言のまま俺達をじっと見つめてる。
ああ、そっか……。そう言えば戦ってる最中にも、クレアがもう止めてあげてとか、トドメを刺してあげてとか言っていた気がする。何の説明も無しに拷問まがいな戦いを見せられたんだもんな。
それにユーゴーは目に入れたくも無いだろう『隷属の魔道具』を一角獣に使うところを見せられているのだ。精神的にくるものがあるよな……。
「……そうか。そのために、執拗に攻撃を繰り返していたのか」
ぼそっとユーゴーが呟く。
「えっ……?」
「あっ、なるほど!『隷属の魔道具』は対象を屈服させてから装着することで隷属化する魔道具というお話でしたわね。それで、あの様な酷薄な戦い方をされていたのですね!?」
クレアがぱっと顔を明るくさせて、そう言った。
「そっ、そうなん、だよ。すまなかったな、ユーゴー。あんな物、目にしたくも無かったよな」
「……気にするな。あの道具は戦場でも何度か目にしている」
あんな拷問みたいな戦い方をしたのは一角獣を隷属するためだったと勘違いしてくれたようだ。拷問はスキルレベルを上げるためで、一角獣の隷属はあくまでも思い付きだったのだが、俺は咄嗟にその勘違いに乗っておくことにする。
肉体強度を表す『レベル』は識者の片眼鏡の様な鑑定の魔道具を使えば見ることが出来るから一般に知られているが、スキルにレベルがある事は知られていない。スキルレベルやその習熟について説明をするのも仕方がないと思っていたが、勘違いしてくれてるならこのままでいいか。
おい、アスカ。ニヤニヤしながら俺を見るなって。スキルレベルとか加護レベルの事を話し始めたら、なし崩し的にアスカの秘密の事もいろいろと話さなきゃいけなくなるんだぞ? クレアやユーゴーを信用していないわけではないけど、できるだけ話さないに越したことはないじゃないか。
「あのような方法で魔物を飼いならすなんて、さすがアル兄さまですわ! 【魔物使い】の協力無しに、魔物をテイムするなど聞いたことがありません!」
「あ、あはは。普通はこんなアイテムなんて持ってないだろうからな」
ん……でも、よく考えたら『隷属の魔道具』なんて堂々と使って良い物なのだろうか。本来は人族を隷属化するための違法魔道具だしな……。
まあ脚首に巻いているから、注意して見られない限りは気付かれないかな? いや、一角獣は白く美しい毛並みをしてるから黒光りする首輪は少し目立つかもしれない。とりあえずは後ろ脚につけなおしておくか。上から白い布でも巻いておくか、脱色でもしておけば目立たないだろう。
人族に使ってるわけじゃ無いし、問題になりそうだったらとっとと騎士団にでも提出すればいいだけだ。思いがけず手に入れた魔道具だし、そこまで惜しくも無いしな。
「じゃあ、そろそろ王都に戻ろうか。今からじゃ急いで帰っても日は暮れちゃうと思うけど、門が閉鎖される前には着かないと野宿する羽目になるからな」
「ええ。そうですわね」
「ああ、急ごう」
それから、王都に帰る道すがら、やはり加護について尋ねられた。そりゃあ【剣闘士】と思っていた俺が、急に魔法を使い始めるんだから当然の疑問だ。クレアは、俺が闘技場で魔法を使っているのを聞いていたから、元々から気になっていたらしいけど。
これについてはいつもの通りゼロ回答だ。神龍ルクス様の思し召しで新たな加護を授かった。だから神龍ルクス様に奉納する『決闘の儀』で加護を鍛えている。新たな加護にある程度習熟したら神殿に参拝するつもりである……といつもの通り神龍ルクス様にぜんぶ放り投げる。
普通なら『有り得ない!』となるところだろうが、クレアは【森番】だった俺が【剣闘士】になったことを知っているからな。本来なら有り得ない奇跡もすんなりと受け入れられたようだ。
ユーゴーの方はかなり驚いてはいたが、なぜか納得した顔をしていた。何度も模擬戦を繰り返して【盗賊】のスキルを多用してたからね。違和感を持っていたのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、俺はアリンガム商会の厩舎につないでおいた一角獣のもとに向かう。旅に役立ちそうかを見極めないといけないから、きちんと世話をして信頼関係を結んでおかないとと思ったのだが……。
俺が厩舎に顔を出した瞬間に一角獣はビクッと身体を震わせ、脚を二つ折りにして跪き、首を垂れた。うーん。どれだけ忠誠心の高い軍馬だったとしても、普通は跪くなんてことは無いのだけどな……。
人族が跪いたり頭を下げたりするのは忠誠や服従を表すなんてことを、騎獣に理解できるわけないのだから。言語を理解している様だし、どことなく人族っぽい所作をするのは、『隷属の魔道具』の力なのだろうか。
たぶん一角獣にとって俺は、信頼関係うんぬんではなく恐怖の対象でしかないのだろう。これから長旅で騎乗するとしたら多少は懐いてもらいたいところだが、こればっかりは時間をかけるしかないか……。
俺は丁寧に時間をかけて一角獣を布で拭き上げて、美しい毛並みをブラッシングし、飼い葉を取り換えて、生活魔法【静水】で桶にたっぷりと水を注ぐ。銜・頭絡・手綱・二人がけの鞍・鐙などはクレアが用意してくれるということだったから、準備が揃ったら王都近郊で乗り回してみよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よお。アル、アスカ。今日はどうした?」
その日の午後。いつもの通り闘技場で決闘を済ませた俺は、ボビーが経営するスタントン商会を尋ねた。もちろん依頼の品を届けるためだ。
ちなみに今の加護は【喧嘩屋】にしている。【癒者】とどちらを先にするか迷ったが、闘技場で一人で戦う事を考えると体力に秀でる【喧嘩屋】の方がいいだろうという事になったのだ。
【癒者】で回復魔法を使えるようになった方が継戦能力を伸ばすことが出来るかもしれないが、一対一で戦っている時に回復魔法を使う隙を相手が見逃してくれるとも思えない。もしかしたら魔人族と一対一で戦う羽目になるかもしれないのだから、回復手段は発動に時間を要する回復魔法を使うよりは取り出してすぐに使える回復薬に頼った方がいいだろうし。たとえばユーゴーと共闘するということなら【癒者】を優先したけど。
「やあ、ボビー。今日は依頼の品を持ってきたんだ」
「マジかよ!! 頼んでからまだ1週間も経ってねえぞ!? み、み、見せてくれ!」
身を乗り出して詰め寄って来たボビーをなだめて執務室のソファに座らせる。逸るボビーに苦笑しつつ、目で促すとアスカは魔法袋(偽)から一角獣の螺旋角を取り出し……
ん? 螺旋…角?
「はい。どうぞ。依頼の品じゃないけどね。」
そう言ってアスカが取り出したのは一本の陶器の小瓶だった。
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