第132話 拷問
「ブルルルッ!!」
小川の脇の草地に現れた一角獣は、俺たちを威嚇するように嘶いた。クレアの処女の香りとやらに気付いて待ち構えていたのか、既に臨戦態勢を取っている。
それにしても……でかい。体高はおそらく2メートル以上。体長は3メートルを超えているだろう。王都で何度か見かけた軍用馬と比べても、一回りも二回りも大きいんじゃないだろうか。
「さて……どうする?」
一角獣は闘志をむき出しにしてこちらを睨み、茂みの中にいる俺たちの様子を窺っている。樹々が林立する茂みの中では不利と考え、草地に誘き寄せて戦いたいのだろう。
盾を持った俺が前衛をこなし、ユーゴーは遊撃、アスカとクレアはこのまま茂みの中で待機って感じかな。ユーゴーと二人なら、問題なく討伐できるだろう。
「ねえ、アル。これ見て」
アスカが目の前に浮かび上がったウィンドウを指し示す。覗き込むと、そこには一角獣のステータスが表示されていた。
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一角獣
■ステータス
Lv : 15
VIT: 321
STR: 266
INT: 154
DEF: 289
MND: 266
AGL: 263
■スキル
牙突・帯電
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ああ、そっか。識者の片眼鏡を手に入れたから、敵のステータスも見れるようになったんだっけ。
「なんか……思ったよりも大したこと無いな」
「そだねー。たぶん火喰い狼よりは強いけど、今のアルなら楽勝だよね」
このステータスを見る限り……さほど苦戦はしなさそうかな? ほとんどのステータスが俺の半分以下だし。
気をつけなきゃいけないはスキルぐらいか。あの螺旋角での刺突攻撃と……帯電は身体に雷を纏わせるというところだろうか。
「それなりにレベル差もあるし、いつものやっちゃおうか!」
「いつものって……スキルレベル上げ!?」
「うん。ホーンラビット相手に剣闘士のスキル習得をした時みたいに!」
「ああ、あの時の」
『竜退治物語伝統の盾』で延々とホーンラビットと戦った時のね。あの時はまだ若かったなぁ。今や闘技場で嬉々として同じことをやってるんだから。俺もアスカに毒されたものだ。
「ここなら闘技場と違って回復アイテムも使い放題じゃん。時間をまったく気にせず戦えるし! 一気に【魔術師】を極めちゃおうよ!」
「うん……それもいいかもな。やるか!」
闘技場と違ってブーイングを浴びなくていいって言うのが何より良い。アイテムの持ち込み個数制限も無いから、アスカのアイテムボックスにある回復薬を無制限に使えるし。決闘士に比べるとレベルは低いから熟練度稼ぎの効率は悪いけど、一戦で獲得できる熟練度は闘技場での決闘を優に上回れるだろう。
「あの……お二人は何をされてるんですか? 早く倒してしまった方が良いのでは?」
クレアが訝し気に俺たちを見ている。ああ、そうか。クレアはウィンドウが見えないんだった。急に何もない空中を指さしながら二人で話し始めたら、怪しさ満点だよな。
「えっと……ちょっと打ち合わせをな。なあ、ユーゴー、クレア。あの一角獣なんだが、俺一人にやらせてくれないか?」
「お、お一人で、ですか!? すごく、強そうですけれど……大丈夫なのですか?」
「ああ。たぶん、問題ないと思う。そろそろ焦れてきたみたいだから行って来るよ。ユーゴー、アスカとクレアのガード、頼むな」
「了解した」
「あっ、アル兄さま!」
焦れた一角獣が不利を承知で茂みの中に突っ込んできそうだったので、俺は盾を前面に掲げて草地に躍り出た。さあ、一角獣との決戦開始だ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【水装】!」
水魔法Lv.2の【水装】は精神力を高めることが出来る魔法だ。敵性の魔法攻撃への抵抗力を向上させることが出来るらしい。今のところ魔法攻撃をまともに食らったことが無いので、どれほどの効果があるかよくわからない。
一角獣も魔法攻撃をしてくるわけではないから、この一戦では何の意味も無い魔法ではある。あ、でも【帯電】ってスキルが魔法攻撃だとしたら効果はあるのかな?
「ブルルォォ!!」
角を突き出して突進してきた一角獣の攻撃を、角度をつけた盾でいなして距離を取る。続けて魔法を発動するために精神を集中させる。
「【風装】! 【土装】!」
効果の切れた風魔法Lv.2【風装】、土魔法Lv.2【土装】を発動。こちらは敏捷性と防御力を高める魔法だ。
【風装】は【暗殺者】のスキル【瞬身】と、【土装】は【騎士】の【不撓】とほぼ同じ効果だ。スキルの方は自分にしか効果は及ばないが、魔法なら仲間に使うことも出来る。
スキルと魔法は重ね掛けすると効果を重複させることが出来るらしい。【風装】だけでも身体が羽のように軽くなったと感じるぐらい身軽に動けるというのに、さらに【瞬身】を重ねられるって……とんでもないな。
一角獣の攻撃は、はっきり言って大したこと無い。螺旋角を突き出して突っこんでくるか、螺旋角を振るうか、巨体を生かして圧し掛かってくるぐらいだ。
突進攻撃は盾で簡単にいなせるし、螺旋角の振り回し攻撃は頭部を大きく振るうので挙動が大きく隙だらけだ。圧し掛かりだけは【鉄壁】を発動して防御しているが、【風装】がかかっていれば避けるのもさして難しくも無い。
おっと、【水装】が切れたからかけなおしだ。アスカがちょくちょく下級魔力回復薬を使ってくれているので、いくらでも魔法を使える。反復練習を続けよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【氷矢】!」
「ヒーンッ!!」
「はいっ、薬草!」
「【風刃】!」
「ヒヒーンッ!」
「ほいっ、薬草!」
「【岩槌】!」
「ブヒーンッ!」
「薬草! かーらーのー下級魔力回復薬!」
魔力を出来るだけ抑えた攻撃魔法を撃ちこみ、その直後にアスカが薬草を使って傷を治す。絶妙に加減して一角獣を穿ち、切り裂き、叩き潰し、次の瞬間には治癒してしまう。一角獣はもはや立ち上がる事すら出来なくなっている。
「あ、あ、アル兄さま……。もうその辺で……」
「……えぐいな」
クレアとユーゴーが後ろで何か言ってるけど気にしない。もうちょっと待っててくれ。たぶんあと小一時間で終わると思うから。
「【氷矢】!」
「ぶるるぅっ!!」
「あ、アル、【氷矢】はもういいよ!」
「はいよ」
「薬草!」
「【風刃】!」
ああ、一角獣がもう死んだ魚みたいな濁った目になってきた。そりゃそうだよな。ほとんど拷問だもんな、これ。まあ、もう少し頑張れ。【風刃】と【岩槌】を修得したら、ちゃんとトドメを刺してやるから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、数十分が経過したところでようやく全属性魔法のLv.1~3を修得に至った。一角獣が痛みに耐え続けてくれたおかげで、たった一日で【魔術師】をLv.★まで持ってくることが出来た。よく頑張ったな。
当の一角獣は最後に放った【岩槌】で後ろ足が潰れて立ち上がれず、俺に向かって首を垂れている。動かせるはずの前脚もだらりと投げ出し、伏せているようにも見える。
魔物もここまで追い込めば絶望したり、屈服したりするんだな……。現れた時の威風堂々とした立ち姿はどこにも見えない。負け犬ならぬ負け馬って感じだ。
まあ、都合3時間は攻撃魔法を撃たれては回復され、また撃たれて……ってのを繰り返されれば心も折れるか。あの奴隷商の絶望しきった目にそっくりな淀んだ目になってるもんな。
ん……? 絶望……屈服……死んだ魚の様な目……もしかしたら……。
「なあ、アスカ。ちょっと出して欲しい物があるんだけど」
「んー? なにー?」
完膚なきまで痛めつけて抵抗する気力すら奪う。絶望の淵まで追い詰めて心を折る。
条件をクリアしてるよな。もしかして、人間じゃなくても使えたりするか?
「『隷属の首輪』を出してくれるか?」
「うわっ、えっぐ!! その発想は無かったわー!」
俺はアスカから『隷属の首輪』を受け取り、一角獣に歩み寄る。一角獣はビクッと身体を震わせたが、抵抗する素振りは無い。両前脚が痙攣しているだけだ。いや、震えてるのか?
俺は一角獣の前脚を掴み、太い足首に首輪を嵌める。そして首輪に魔力をこめて…
「【契約】」
首輪が暗い光で明滅した後に、収縮して足首をピッタリと締め付けた。成功か?
「アスカ、こいつを回復してみてくれるか?」
「うん。えっと、下級回復薬!」
一角獣の身体を薄緑色の光が包む。身体中についていた傷が癒え、砕かれた後ろ足も元通りになったみたいだ。
一角獣は傷が癒えたことに気付き、すっと立ち上がった。しかし逃げる素振りは身ぜず、忠誠を誓うかのように俺に向かって首を垂れた。
どうやら、成功したみたいだ。よーし! 一角獣の螺旋角、ついでに本体も手に入れた!
馬の名前、何にしようかな…。




