第131話 一角獣
「うーん。いないねぇ……」
俺たちは翌日の午後、一角獣を求めてヘルキュニアの森に来ていた。かれこれ2時間ほど探しているが一角獣の姿は影も形も見えない。
「やっぱり条件は処女なのかな……」
「やっぱそうなのかなー。困ったねー。冒険者ギルドじゃ新しいメンバー来てくれそうになかったし……」
「あんな怪しげなメンバー募集に応じるヤツなんているわけ無いだろ……」
おかげ様で、ただでさえ良くなかった評判がさらに酷いことになったよ……。
「あたしはアルのせいで非処女だからダメなんだろうなー」
「なんだよ、俺のせいって……」
いや、確かにそうなんだけどさ。アスカも俺が初めてだって言ってたし。
「えー? アルのせいじゃーん。初めてのお酒で酔っぱらった幼気な女子校生を貫いたんだからさー」
「ええっ!? むしろ迫ったのはアスカの方……」
「へー。そーゆーこと言うんだーアルって。酔っぱらった女の子に手を出しておいて。ひどーい」
「うぐっ……いや、その……。俺が…アスカに迫ったんだ……」
「でしょー? ふふ」
きっかけはアスカの酔った勢いだったかもしれないけど、それじゃ男として情けないよな……。女の子に迫られないと手を出せない男ってのも、ちょっとな。
俺がアスカを気に入って、手を出した。うん、そういうことにしておこう。あ、でもそれだと女の子を酔わせて手を出す男ってことに……。うーん。どっちにしても、ろくでもない?
「ね、今日はもうこの辺にして帰ろうか。一角獣、見つかりそうにないし」
「そうだな。今から帰れば日が落ちる前に王都に戻れるだろ。帰るか」
残念ながら今日の成果はゼロだ。いつも通り無駄に魔素を得ないように、見つけた魔物とは戦わないようにしてたから魔石や魔物素材は一つも手に入って無い。
その代わりアスカは薬草やら魔茸やらをたくさん採集してた。この森で手に入る薬草類は、オークヴィルの草原やシエラ樹海で手に入ったものと同じかそれ以上に品質がいいものらしく、良い回復薬がたくさん作れたそうだ。識者の片眼鏡を手に入れたおかげで最近は決闘ベッティングで勝ち続けているそうなので、出来上がった回復薬の販売はしないらしいけど。
俺たちは日が暮れる前にと足早に王都に向かう。途中何度か冒険者たちとすれ違ったが、彼らが抱えていた素材の中には一角獣らしき魔物の姿は無さそうだった。彼らも一角獣を狙ってこの森に潜っているようだったが、聞こえてくる話や持っている素材を見る限りは、まだ一角獣は討伐されていないようだ。
無事に王都にたどり着き、いつも通りアリンガム商会の屋敷で夕食をいただく。俺たちはアリンガム家の客分として扱ってもらっているので、個室だけでなく食事まで提供してもらっている。クレアとジオドリックさんがカスケードでの集団拉致の件の御礼に王都滞在中の拠点にしてほしいと言うので、申し訳ないと思いつつも甘えさせてもらっている。
今日もアリンガム家のお抱え料理人が作るご馳走に舌鼓を打っていると、クレアが血相を変えて食堂に飛び込んできた。何か事件が起こったのかと思ったら……
「アル兄さま! 生娘を集めて、ハ、ハ、ハーレムを作るってどういうことですの!?」
……何言ってんの、お前。後ろでジオドリックさんが頭を抱えてるぞ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうやらクレアは俺についての噂を色々と耳にしたらしい。
決闘士アルフレッドは高価な回復アイテムを乱用して逃げ回り、相手が疲れ果てたところで甚振るような戦いをする卑劣な男である。真剣勝負を愚弄する、決闘士の風上にもおけないような男だ、といった噂だったそうだ。
戦い方自体はおっしゃる通りなので、こればっかりは否定のしようもない。これに関しては何かの間違いか、俺に考えがあってのことだと考え、笑ってやり過ごしていたらしい。
しかし、俺が冒険者ギルドでパーティメンバーとして生娘のみを募集しているという話は看過できなかった。きっと年若い女性冒険者を手籠めにするつもりなのだろうなんて話を聞いて、居ても立ってもいられなくなり突入してきたそうだ。
闘技場では訓練も兼ねて決闘に臨んでいること、生娘募集については一角獣をおびき寄せるために処女の仲間が必要だったことを説明した。魔法都市エウレカで実際に行われている一角獣の討伐方法だということにしておいた。
「さ、さきほどの発言は忘れてくださいまし……」
「冒険者ギルドにパーティメンバー募集を出したのは事実だけどさ。そんな噂を信じるなよ……」
「し、信じてなどおりませんでしたわ! た、ただ、どういう事情なのかと……」
「はいはい」
王都の人たちにどんな風に言われても別に気にしないけど、クレアがそんな噂を信じるなんてちょっとショックだ。
「だ、だって、いつの間にかアスカさんと親密になっておられましたし、ユーゴーさんだって……」
「うん?」
「な、なんでもありませんわ!」
何をブツブツ言ってるんだよ。愚痴りたいのはこっちだって。
「あ、アル兄さま。そういう事でしたら、わたくしが協力できますわ!」
「協力?」
クレアは胸の前で両手を合わせて、満面の笑みで立ち上がった。
「わたくし、生粋の生娘ですもの! わたくしが一角獣討伐に同行しますわ!」
突然のクレアの処女宣言に、ジオドリックさんが再び頭を抱えた。うん、言葉を選ぼうね、准男爵令嬢……。
だが、そうか。よく考えてみれば処女はこんなに近くにいた。
貴族令嬢は変な噂が立つことが無いよう、出来るだけ男性と接触しないように育てられるのが普通だ。結婚するまで貞操を守ることを期待されるわけだ。
クレアは名誉貴族であるバイロン・アリンガム准男爵の娘であるため、本来は平民として扱われる身分だ。それにアリンガム家は商家であるため、クレアも成人後から商人として働いており、いわゆる『箱入り娘』とか『深窓の令嬢』には当たらない。
だがクレアは幼い頃からウェイクリング家に嫁ぐことが決まっており、形式上貴族と見做されていたため、そういった貴族の貞操観念の下に育っている。
でもなぁ。処女だというのはわかったけど、クレアを連れて行くわけには……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の午後、俺たちは再度ヘルキュニアの森を訪れていた。今回のメンバーは俺とアスカに加えてユーゴー、そして生娘クレアの4名だ。
Cランクの魔物の討伐なんていう危険なことに巻き込みたくなかったので、クレアの同行は断った。だが、『戦闘加護ではないアスカも同行しているのだから自分だって問題ない』『王家の依頼に貢献したい。アリンガム家のためにもなる』と熱弁をふるわれ、ユーゴーが護衛につくことを条件に協力を受け入れることにしたのだ。
「クレア、本当にムチャはしないでくれよ?」
「もうっ。ユーゴーさんがついているのですから、そんなに心配されなくても大丈夫ですわ」
「うーん……。ユーゴー、クレアの事、頼むな」
「ああ。任された」
まあ、俺やジオドリックさんよりも凄腕の戦士であるユーゴーがいれば、まず安全だろうけどさ。
「よし。じゃあ、あっちの方向に進もう。大型の魔物の気配がある」
俺は【索敵】を繰り返し使用して、周囲の気配を探る。ヘルキュニアの森にはたくさんの魔物の気配があり、その中から強い気配を放っている魔物を目指して、俺たちは森の中を探索した。
それから、約1時間後。俺たちはついに一角獣を発見する。
森に流れる小川の側で相対したのは、螺旋状に筋の入った長く鋭くまっすぐな一本角を、まるで天を突くようにそびえ立たせた白馬だった。




