第129話 クエスト
「『一角獣の螺旋角』を手に入れて欲しいんだ」
「一角獣……か」
一角獣は螺旋状の1本の鋭い角を額にそびえ立たせた馬型の魔物だ。その性格は好戦的で獰猛。馬や鹿よりもはるかに足が速く、より長く駆けることが出来る。【魔物使い】達が騎獣にしようとこぞって挑戦したというが成功した例は無い。
そして、その角はあらゆる病気に効く万能薬の材料になる。高位の薬師や錬金術師の手にかかれば、呪詛すらも消してしまうほどの霊薬が作れる。
……と教わった気がする。もちろん、一角獣を見た事なんて一度も無い。
「とても希少な魔物だと聞くが、この辺りに生息してるのか?」
「いや、いつもいるってわけじゃ無いさ。エルゼム闘技場の南に広がっているヘルキュニアの森で、目撃報告が何度か出てるらしいんだ」
「ヘルキュニアの森……ね。距離は?」
「闘技場から徒歩で1時間ってところかな」
徒歩で1時間なら、十分に日帰り圏内かな。闘技場での決闘は午前中で終わるから、それから向かっても森で2,3時間は探索する時間がありそうだ。
「冒険者ギルドでも『一角獣の螺旋角』の収集依頼が出てるよ。なんと買取報酬は金貨5枚。Cランクの魔物素材の収拾依頼としては破格の報酬だな」
金貨5枚!? 魔人族討伐の時に貰った報酬と同額じゃないか。Cランクの魔物っていったら、あの火喰い狼と同じ程度の魔物ってことだろ? 火喰い狼の討伐報酬は確か金貨2枚だったはず。
「ずいぶん報酬が高いんだな?」
「そりゃあな。なんたって依頼主はカーティス・フォン・セントルイス国王陛下だからな」
「陛下が!?」
陛下が冒険者ギルドに魔物素材の収拾依頼を出すなんてこともあるのか。王家騎士団の凄腕の騎士たちを差し向ければ、Cランクの魔物なんて簡単に討伐できるんじゃないか? わざわざ冒険者ギルドに依頼を出す必要も無いと思うんだけど……。
「それがなぁ……。あのミカエル騎士団から小隊が何度も派兵されているんだが、一角獣は一度も姿を現わさなかったそうで、全て空振りに終わってるんだよ。それで困った陛下は冒険者ギルドに依頼を出したらしい」
「ふーん……。騎士団の小隊に恐れをなして逃げ出したのかな?」
「いや、それがその後も目撃されてるらしいんだ。でもなぜかAランクやBランクの凄腕の冒険者が行くと姿を見せない。んで、年若いD,Eランクあたりのヤツ等が行くと、突然現れて襲い掛かってきたりするらしいんだよ」
「実力の高い者が行くと逃げ出して、若くて弱そうだと現れる……?」
「そうじゃないかって言われてるな。それで、だ。実力はあるけど、冒険者ランクはD。まだまだ年若そうなアルなら、一角獣も出たりするんじゃないかなって思ってよ」
なるほど……。
ん? それって……。
「弱そうに見えるからってことか?」
「あ……はは、ありていに言ってしまえばそう言う事だな」
このやろう……。弱そうに見えてしまうってのは仕方ないのかも知れないけどさ。何年も森に閉じ込められてた引きこもりだし、冒険者になってまだ3か月程度の駆け出しだもんな。
アスカのおかげで効率的に強くなれているとはいえ、冒険者としても戦士としても圧倒的に経験の足りない若造だ。街中で後ろ指差されてしまうのも、強者としての迫力が足りないってこともあるんだろうなぁ……。
「わりい、わりい。見た目はそんな強そうには見えないけど、実力は認めてるんだぜ? だから直接お願いしてるんだしよ!」
「はぁ……ま、いいけどさ。どうする? アスカ?」
「受けよう! 報酬もいいしね!」
「お、いいね! で、相談なんだが、この依頼、冒険者ギルドを通さずに受けてもらいたいんだよ。その代わりに、報酬はギルドの依頼の2倍出す! どうだ?」
「2倍? ってことは金貨10枚……白金貨1枚だぞ!?」
おいおいおい。『一角獣の螺旋角』1本に白金貨1枚!? そんなに価値のある魔物素材なのか!? 白金貨1枚って言ったら、チェスターで稼いだレッドキャップの魔石全部と魔人族の討伐報酬の合計とほぼ同額だぞ!?
「なんでまた、そんな大金をボビーが出すんだ? なんか裏があるんじゃ……」
「裏って言うか、『一角獣の螺旋角』を献上すれば、王家に恩を売れそうだからな。俺はこう見えて士爵位を持ってるんだが、褒賞として平民上がりの最高位である准男爵位を賜るってことだってあり得る。そのためなら白金貨1枚ぐらい安いもんよ」
「へぇ、あんた士爵だったのか」
「おう。一代限りの名誉爵位だけどな。ウチは代々王都で王家御用達の商会を営んでるからな。当主は士爵位を頂けるのさ。なんだったら、もうちょっとへりくだってもいいんだぜ、アル?」
ボビーが冗談めかして、わざとらしく胸を張りながら言った。なるほどね、ウェイクリング家とアリンガム家みたいな関係なのかな。伯爵家と王家じゃ規模が違いすぎるけど。
「なーに言ってんのよ。アルは伯爵家の長男だよ? ボビーこそ、そんな態度でいいわけー?」
「は? 伯爵家? 何の冗談……」
「それが冗談じゃないんだよねー」
アスカがニヤっと笑う。そして急に立ち上がって大股を開いて、何も持っていないのに何かを見せている様に手の平をボビーに向かって突き出した。
「控え控えーい! この御方をどなたと心得るゥ! こちらにおわすはウェイクリング伯爵家が長子ぃ、アルフレッド・ウェイクリング様であらせられるぞぉ! 頭が高ぁい! 控えおろぉ!!」
「へっ? へっ? マジ?」
ボビーは引き攣った顔で俺を見る。俺がこくんと頷くと、ボビーは椅子から崩れ落ちるようにして、地面に膝をつく。
「こ、これは、大変失礼をいたしました!」
「いや、やめろってアスカ。酔っぱらいすぎだよ。いや確かに長子ではあるけどさ、今は家を出た身だから……。ほら立てって、ボビー」
めんどくさいことをやりやがって、アスカめ。これだから酔っぱらいは……。
俺は恐縮しだしたボビーを席に座らせ、ちょっとした身の上話をして今まで通り接するように促した。士爵位を持つボビー自身も今さら堅苦しい敬語は使いたくなかったようで、なんとか応じてくれた。
「それにしてもなんで王家は『一角獣の螺旋角』を欲しがってるんだ? 確か万能薬の素材になるんだよな? 王家のどなたかがご病気なのか?」
「ああ……。陛下のご長男、第一王子であらせられるマーカス・フォン・セントルイス殿下が臥せっておられるのだ」
「殿下が……そうだったのか」
そう言うことなら、高い報酬をつけるのも理解できる。でも、ご病気か……。マーカス殿下はそんなに重篤なのかな。ちょっとした病気ぐらいなら、アスカが作った下級万能薬でだって治せるだろうしな……。
「いや、ただのご病気ではない……。【衰弱】の呪詛をかけられたんだ」
「呪い…まさか!」
「ああ。数か月前、カーティスの森での実戦演習の際に、魔人族に急襲されたそうだ。殿下が指揮をとられていたミカエル騎士団の小隊は、殿下を護り壊滅。殿下も今際の際まで追い詰められたそうだ。そこに別小隊が駆けつけ、なんとか魔人族を追い払って、殿下をお救いすることが出来たらしい」
「そんな……ことが」
チェスター、ヴァリアハート、そしてクレイトンでも魔人族が? いくらなんでも襲撃の頻度が多すぎないか? 魔人族の襲撃は数年に一度ぐらいしか起こっていなかったはずだ……。
「それで、呪いすらも解除することが出来るという上級万能薬の主材となる『一角獣の螺旋角』をお求めになっているんだ」
魔人族の呪い……か。これは、なんとか入手したいところだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「WOTでも?」
ボビーの店を出てしばらく歩くと、アスカが神妙な顔つきで『物語』が動き出したと言ったのだ。それはつまり、ボビーから受けた依頼は魔人族が関わって来るということだろう。
「うん。WOTではね、王都の冒険者ギルドに行ったら『一角獣の螺旋角』収集の緊急依頼が出たの。それを手に入れて、マーカス王子を助けるのね」
「うんうん」
「そしたら、王様に『決闘士武闘会』っていうトーナメントに出場するように言われるの。そのトーナメントの決勝で対戦するのが、あのチェスターで戦った魔人フラムだったのよ」
「へっ? チェスターの時のアイツと?」
「うん。フラムは神人族に化けて闘技場に潜り込んでいたの。チェスターで言ったでしょ? フラムとは王都で再戦することになるって」
「そう言えばそんな事を言ってたな……」
「アルがチェスターで倒しちゃったから、王都で魔人族と闘う事は無いだろうって思ってたんだけど……ヴァリアハートで出てきたでしょ?」
「ああ。灰色ローブのヤツだよな?」
凄まじい魔力を漲らせ、屋根の上から氷矢の雨を降らせたアイツ。顔も、体つきも遠目で見えなかったけど、あれだけの魔法を放つ事が出来るのは魔人族以外には考え辛い。
「あいつは……この時点では出てくるはずなんてなかったのよ。WOTではもっと後半で出てきた敵だった。でも……アルがチェスターでフラムを倒したから筋書きが変わっちゃったんだろうね……」
筋書きが……変わった? そうか……本来死ぬはずがない所で魔人族が死に、そのせいで再戦するはずだった魔人族との決闘は行われなくなった。その代わりに現われたのがあの灰色ローブ……
「あいつはたぶん……『強欲』の魔人、グラセール・グリードよ」




