第127話 識者の片眼鏡
「はい。使用すれば他人のレベルを見ることができる魔道具、『識者の片眼鏡』ですよね? アリンガム商会で取り扱いをしておりますわ」
ええ……。そう言えばアリンガム家にお世話になってはいるけど、店舗の方には行ってなかった。
アリンガム家の邸宅は3階建てで、3階に個室や客間、2階に執務室や居間があり、1階が商会の店舗になっている。間借りしている俺たちは商会の邪魔にならないようにと1階の店舗には立ち入らないようにしていたのだ。
言われてみればアリンガム商会はウェイクリング領の特産品だけでなく、西方のジブラルタ王国との交易も手掛けている。取り扱う商品の中には遠方のアストゥリア帝国や聖ルクス教国で作られた珍しい魔道具なんかもあるのだ。一番最初に探すべき店じゃないか……。
「あはは……。まさかこんなに近くにあるなんて……」
「えっと、クレア。よかったら見せてもらってもいいか?」
「ええ、もちろんですわ。ジオドリック?」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言ってジオドリックさんは部屋を出て、店舗階に向かった。クレアもお茶を淹れなおすと言って中座する。
「あっ、思い出した。『識者の片眼鏡』は、冒険者ギルドの依頼の達成報酬だったんだ……」
「サブクエスト?」
「うん。ほら、前に言ったでしょ? カスケード山でお金持ちの商人の娘を救いだすっていう冒険者ギルドの依頼」
「ああ。クレアのことじゃないかって話だったな」
「うん。その達成報酬が『識者の片眼鏡』だったんだよ」
「あ、そういうことか……」
「ほとんど装備しなかったから、すっかり忘れてたよ」
どうりで魔道具屋巡りをしても見つからないはずだよ……。まあそこまで真剣に探してたわけでもないけど。特にアスカは。
「お待たせしました。こちらが『識者の片眼鏡』ですわ」
居間に戻って来たクレアとジオドリックさんが、白木の箱を差し出した。受け取って開けてみると、箱の中に入っていた物は意外な形状をしていた。
「え…… 片眼鏡じゃなかったのか?」
それはハート形の黒い眼帯だった。目に当てる部分は黒鉄のような素材で出来ていて、真ん中には赤い水晶がはめ込まれている。頭に括りつける帯は、編み込まれた黒と赤の革紐で出来ているようだ。
なんというか……かなり毒々しいというか……痛々しい意匠だ。紅と漆黒の妖美な対比が、黒薔薇を思わせる。片眼鏡というから眼窩にはめこむ丸いレンズを想像してたんだけどな。
「あーこれこれ。この思春期の邪気眼的なデザイン……間違いないわ」
「アル兄さま、つけてみてください」
「え……これ、つけんの? 俺が?」
「ええ。その赤い水晶を通して人を見ると、頭の上に数字が浮かび上がって見えるのです。その数字が、その人のレベルですわ。お試しになってください」
「いや、試すっていうか……その、これを着けるのが、ちょっと……」
「いいじゃん。試してみなよ、アル」
なんか、着けたくないんだよ。この、何と言うか、この漆黒と深紅の色合いと言い、ハート形のゴテゴテとしたデザインといい……。
「早く着けなって、アル。魔道具なんだから機能を試してみないと」
アスカがにやにや笑っている。うーん……そう言われたら着けないわけにもいかない……。
俺は渋々、『識者の片眼鏡』を木箱から取り出し、目に当てて革紐を結ぶ。
「ぷっ、ぷぷっ……に、似合うよアル! さすが『紅の騎士』ね! ぶふっ……!!」
ぐっ……ぜったい弄られると思った……。黒い皮鎧と鎧下に衣服、深紅の騎士剣に、さらにこの黒と紅が入り混じったハート形の眼帯まで着けちゃったら、なんだか……自意識過剰な人みたいだもんなぁ……。
くそ、何を笑ってるんだアスカ。着てる服も、鎧もお前が色を指定したんじゃないか……。『紅の騎士』だって俺が名乗ったわけじゃ無いのに……。
「いかがですか? アル兄さま」
はぁ、クレアはいたって真面目だなぁ。なんかホッとするよ……。
「ああ、魔力を通してみる……ん、確かに数字が浮かんで見えるな」
どれどれ……アスカの頭の上には『1』、クレアの上には『7』、ジオドリックさんは……『25』! すごいレベルだ!!
「浮かび上がった数字が、その方のレベルですわ。対戦者や魔物のレベルがわかりますので、きっと戦いのお役に立つかと思いますわ」
「うん。そうだな。アスカも着けてみるか?」
「ん、そうだね」
アスカはさらっと眼帯を受け取って頭に巻きつけた。うーん……艶やかなアスカの黒髪と合わせると、なんかしっくりくるな。ハート形だけに艶やかさだけじゃなくて、可愛らしさもあるし。
「どう? 似合う?」
「ん……いいんじゃないか?」
「ありがと! うん、ちゃんと見れるし。間違いなく『識者の片眼鏡』だね。」
アスカがにっこりと笑う。うーん……『黒髪の聖女』で弄ろうと思ってたけど普通に似合ってるなぁ……。
「じゃあ、これを売ってもらえるか? クレア」
「そちらは、アル兄さまとアスカさんに進呈しますわ」
「え? そういうわけにはいかないよ。ただでさえ客人として泊まらせてもらってるっていうのに。これ以上は迷惑を掛けられないよ」
俺がそう言うと、クレアは首を左右にゆっくりと振った。
「盗賊団に襲われた時に、私を庇ってくださったアスカさんへのお礼と、私の身代わりとなったアスカさんを救い出してくださったアル兄さまへの感謝の気持ちですわ。お受け取りください」
今さらそんなこといいのに……。アスカは無事だったわけだし、盗賊団の件では大金を稼がせてもらった。もう気にしなくていいのになぁ。
「ん……そんなに言うなら、ありがたく受け取る事にするよ」
「ありがとね、クレアちゃん!」
想定外だったけど、アスカのステータス鑑定スキルを昇華させるという大事な物を入手できた。
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「それで? ちゃんとステータス鑑定は出来たのか?」
「うん、ばっちり。試しにクレアちゃんとジオさんのステータス見てみたけど、ちゃんと鑑定出来たよ! ほら」
そう言ってアスカはメニューウィンドウを指さした。
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■ログ
『識者の片眼鏡』を入手した。
「ステータス鑑定」を取得した。
「ジオドリック」を鑑定した。
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ジオドリック
■ステータス
Lv : 25
JOB: 暗殺者Lv.1
VIT: 260
STR: 267
INT: 293
DEF: 206
MND: 217
AGL: 714
■スキル
短剣術・暗器術・馬術・投擲
潜入・索敵
夜目Lv.7・警戒Lv.1・隠密Lv.2・瞬身Lv.5・暗歩Lv.4
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「おおー。やっぱり、すごいなジオドリックさん。もう50歳近いって話なのに、敏捷値は負けちゃってるな……」
「ねっ、ばっちり見れたでしょ?」
よしっ。これで、より安全に決闘に臨むことが出来そうだ。
それと……アスカが安全に賭けもできそうだな……。




