第124話 闘技場その2
「決闘士のご登録ですか?」
「はい」
俺は結局、闘技場でスキルのレベル上げをすることにした。
小太りの男―――ボビー・スタントンという商人だそうだ―――以外からも情報収集したのだが、やはり闘技場の救護班はかなり優秀だそうだ。王家の騎士団から派遣されている【癒者】や【導師】らしく、どんなに重症を負ってしまった者でもあっという間に治癒してみせるらしい。
故意の殺人の禁止、そして救護班による治癒といった安全策も取られているのであれば俺も否は無い。元々、強くなるためには魔物相手に戦いを重ねなければならなかったのだから、ある程度の危険はついて回るしな。
殺されてアスカの事を投げ出してしまうかもしれないことと、人殺しが嫌だっただけなんだ。死なないように、殺さないようにだけ気を付けて、危なくなったらとっとと降参してしまえばいいのだから、魔物を相手にするよりよっぽど安全かもしれない。
「でしたらこちらの用紙に必要事項を記入してください。代筆は……?」
「けっこうです」
記入するのは名前・加護・出身地のみだった。冒険者ギルドの時もそう思ったけど、ずいぶん簡単なんだな。
ぱぱっと記入して受付の女性に用紙を手渡す。ちなみに加護は【魔術師】と記入した。
今の加護は【騎士】にしてあるのだけど、そのうち【魔術師】のスキルレベル上げもする予定だからだ。騎士で登録して急に魔法を使い始めたら騒ぎになってしまう。『魔法が使える剣士』なんて聞いたことないからな。
というわけで、俺の設定は『剣の得意な魔法使い』だ。そういう奴は、それなりにいるだろうしな。
「傭兵ギルドか冒険者ギルドの登録はありますか?」
「あ、はい。これ冒険者ギルドの登録タグです」
「拝見します。はい、確認いたしました。Dランク冒険者でしたら、決闘士登録は可能です。手続きをいたしますね」
冒険者なら登録できる? 決闘士は誰でも登録できるわけじゃ無いのか?
「ええ。いくら王家のラファエル騎士団でも癒者の数や魔力には限りがあります。誰でも彼でも登録するという事は出来ません。傭兵ギルドか冒険者ギルドでしたらDランク以上が条件となりますね」
「なるほど……」
確かに誰でも好き勝手に登録できるとなると、決闘の回数も怪我人の人数もとんでもない数になってしまうだろうからな。ある程度の足切りは必要か。
あ、ちなみにラファエル騎士団ってのは【癒者】や【導師】などの衛生兵を中心とした、治癒・回復を担う騎士団だ。
「いずれのランク保持も無い場合は、予選リーグを勝ち抜くことで登録することが出来ます。予選リーグは木剣などの訓練用の武器を使用して不慮の事故が起きないように配慮はしておりますが、ラファエル騎士団は予選リーグの治癒にはあたりません。そのため実力が無い方は、予選リーグを勝ち抜く前に怪我を負って決闘士の道が断たれる場合が多いですね」
そうか。真剣でなければ死に直結するような重傷を負うことはそこまで無いだろうしな。ある程度の実力があれば、大きな怪我を負う事なく決闘士となり本戦に出場できる。
本戦に出場出来れば救護班の恩恵にあずかれるってわけか。実力がある者の損耗を防いで、有事の際の王家の予備戦力として期待してるってこともありそうだな。
いずれにしても、俺はDランク冒険者だから予選はパスか。傭兵ギルドのランクはよくわからないけど、冒険者ギルドではDランクにもなれば一人前の冒険者として認められると聞いた。この闘技場のDランク決闘士っていうのは、だいたいその位の実力を持つ人たちって事か。
オークヴィルで出会ったデール達はDランクだった。確か、彼らはレベル10ぐらいだったっけな? あいつらには申し訳ないけど、そのぐらいだったらある程度は安全に戦えると思う。
「はい、お待たせしました。こちらが決闘士タグです」
「へえ、これが決闘士の証か……」
話ながらも登録作業を続けていた受付の女性から、冒険者タグと似たような楕円状の金属板を渡された。冒険者タグと同じ革紐に通しておこう。
「ご存知の事も多いかと思いますが、闘技場の制度をご説明しますね」
そう言って、受付の女性は闘技場の事を教えてくれた。内容をまとめると、こんな感じだ。
・C,Dランクの決闘の受付は早朝。対戦相手は無作為に決められ、掲示される。
・A,Bランクは1週間以上前の申し込み。このランクになると決闘士の代理人同士が対戦の調整を行う場合が多い。
・決闘の際の禁則事項は殺人のみ。どんな武器、魔法の使用も可。アイテムの使用も可能だが、いくつかの魔道具については制限がある。闘技場に持ち込むアイテムは事前に登録が必要。
・殺人も審判団に故意であると判断されなければ無罪となる。故意かどうかについては審判団の協議で判断される。審判団の判断は絶対。
・有罪と判断された場合も罰金刑のみとなる場合がほとんど。だが場合によっては決闘士資格のはく奪もあり得る。決闘士資格をはく奪された場合は二度と決闘士になることは出来ない。
・決闘報酬は勝者のみが受け取れる。Dランクはたったの大銅貨5枚。Cランクは銀貨5枚、Bランクは大銀貨5枚、Aランクになると金貨5枚にもなる。
・A,Bランクは決闘の際に貴族や商会から懸賞金がかけられる場合が多い。その受取額の方が決闘報酬よりも多いことがほとんど。
「以上です。何かご質問はありますか?」
「いえ、ありません」
「では、明日より決闘への参加が可能です。ご健闘をお祈りいたします」
……というわけで、決闘士アルフレッドの誕生だ。
「じゃあ、さっそく明日から闘技場でスキルレベル上げだね!」
「了解。それにしても、決闘報酬ってランクが低いうちは安いんだな……」
「でもランクが上がると報酬はすごい上がるじゃん。それに懸賞金なんてのもあるんだし。なんかお相撲さんみたい」
「スモウ……?」
スモウというのはよくわからないから置いといて……決闘士って意外と世知辛い。Dランクの決闘士の報酬なんて1日たったの大銅貨5枚だろ? 宿に1泊したら無くなっちゃうじゃないか。
この金額じゃあ、ランクが低いうちはとても決闘士だけで食べていくことは出来そうにないな。たぶん傭兵や冒険者なんかと兼業している人の方が多いんだろうな。
逆にBランクにもなれば、決闘報酬だけでもそれなりに稼げるし、さらに懸賞金も手に入る。ランクが上がればかなり稼げるみたいだ。
ああ、でも、B級以上は動く金が大きいから代理人がマッチメイクするって言ってたな。だからB級以上は開催数が少ないのかな? なんだか決闘士はそんなに稼ぎやすそうでも無いなぁ。
「あたしは賭けでお金稼ぎね! アルにはたくさん賭けるから負けちゃダメよー?」
「そりゃ負けたくはないけどさ。あんまり大金を使いこんだりするなよ?」
「だいじょうぶだってー。あたしの勘って結構あたるのよ?」
「勘って……信用できるかっ! 銀貨1枚以上は賭けるなよ?」
「ええーっ!? 少なすぎるよ!せめて金貨1枚!!」
「それのどこが、せめて、なんだよ!ダメだダメだ!」
「ええーっ!!?だって旅費稼がなきゃいけないんでしょ!?」
「旅費はもうじゅうぶんにあるだろっ!」
うーん。アスカにお金を預けとくのが心配になって来た……。でも、アスカのアイテムボックスほど安全な保管場所は無いしなぁ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「決闘士ですか!?」
「ああ。明日から闘技場に出ることにしたんだ」
「でも、そんな! 危険ですわ!」
クレアの屋敷に戻り、アスカと3人での食事の席。明日からの予定を話したところ、この反応だった。まあ、そうだよな。俺もそう思った。
「多少の危険はしょうがないさ。せっかく授かった加護だからな。今後、安全に旅を続けるためにも鍛えておきたいんだ。武者修行ってヤツだな」
「授かった……加護ですか」
「ああ。神龍ルクス様から授かった戦闘の加護だからな。大聖堂に向かう前に、それなりの研鑽は積んでおきたいし」
「そう、ですか……」
クレアは心配そうだけど、神龍ルクスを引き合いにだしたら渋々と引き下がった。ごめん、クレア。加護を授けてくれたのは神龍ルクス様じゃ無いんだ。JKアスカ様なんだ。
「そういうわけだから、近いうちに平民街のどこかで宿を借りようと思うんだ。いつまでもクレアの厄介になっているわけにもいかないしな」
「えっ!? ダメですわ、アル兄さま! 王都にいらっしゃるうちはこの屋敷にお泊りください! 厄介にだなんて思っておりませんわ!」
「でもさー、中心街からだと遠いんだよねー。平民街の方が闘技場にも通いやすいしー」
「な、なら、馬車を手配しますわ!」
「いや、それこそ迷惑じゃないか……」
「迷惑なんてことはあり得ません! アル兄さまをきちんとおもてなししなかったとなると、父様やおじ様に怒られてしまいます。ですからどうか……」
「うーん……だけど……」
「あと2か月ほどしか王都にはいらっしゃらないのでしょう? その間ぐらいは一緒にいてくださっても良いじゃありませんか……」
クレアが悲しそうな顔をする。んーそう言われちゃうと、弱いなぁ……。
「いいんじゃない、このままお世話になっちゃえば? クレアちゃんとこにいれば宿代も浮くわけだし。ちょっと遠いぐらい我慢するよ」
「アスカさん! ええ、そうしてください! はいっ! 決まりですわ!」
まいったな。2か月も世話になり続けるってのも、申し訳ないんだけどなぁ…。
それに、その、ここはクレアの屋敷なわけだし、当然ながら俺とアスカは別々の部屋を使わせてもらってるわけで、色々ねえ、やりたいこともヤりにくいと言うか……。
旅の道中も出来なかったし、これから二か月間も禁欲生活が続いちゃうのか……。はぁ。
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