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騎士とJK  作者: ヨウ
第四章 絢爛の王都クレイトン
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第122話 決闘

 闘技場の舞台の両端にある、アーチ状の出入り口の鉄格子が軋んだ音を立てて開く。片方のアーチから鎖帷子(チェインメイル)を身にまとった大柄な獣人族(セリオン)の男が姿を現した。抜き身の両手剣を肩に担いだ、いかにも屈強な戦士といった風情の男だ


 次いで、その反対側からは派手な赤いローブを羽織った軽装の神人族(エルフ)の女が軽い足取りで現れた。登場とともに割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。魔道士風な女は銀色の長い髪をなびかせ、観客席に手を大きく振りながら笑顔を向けている。


「あの女の人、人気の決闘士みたいね」


「すごい歓声だな」


 猫…いや獅子の獣人族(セリオン)の男が可哀そうになるぐらいの人気の差だ。男は今にも襲い掛かりそうなほどに闘志をむき出しにして神人族(エルフ)の女性を睨みつけている。観客に愛想を振りまくほどの余裕を見せられたら、そりゃあ苛つきもするよな……。


「っていうか……真剣なんだな……」


「装備もアイテム使用もなんでもありだからね!」


「本当に、『決闘』なのか……」


 獣人族(セリオン)の方は両手剣(ツーハンデッドソード)神人族(エルフ)の方は手に短杖(ロッド)を持って腰に細剣を佩いている。細剣の方は抜いていないからわからないが、両手剣の方はどう見ても真剣だ。刃引きしてあるようには見えない。


 あれで戦うって事は、当然の事だけど『命のやり取り』ってことだよなぁ……。決闘士(・・・)だもんな。当たり前か。


 やっぱり、闘技場でのスキルレベル上げはやりたく無い。いや、『命のやり取り』に怯えているわけでは無いんだ。


 もしアスカの命を狙う輩が現れたのなら、俺は自分の命を盾にしてでも守るだろう。そう誓って剣を捧げたのだから、とっくに命のやり取りをする覚悟は出来てる。


 命を狙われたのがクレアだったとしても俺は命を張ると思う。チェスターの時には、弟のギルバードのために魔人族と戦ったし。まあ、あの時は魔人族があそこまででたらめに強い相手だとは思ってなかったけど。


 俺の命はアスカの盾として使いたい。少なくとも、騎士として家族や大切な誰かを守るために使いたいんだ。闘技場なんかで散らしたくは無いんだ。


 今後、あの魔人族と闘うことが避けられないのなら、強くならなくちゃいけないということはわかっている。スキルレベルを上げるのが強くなるための近道だという事も十分に理解しているつもりだ。


 それでも、自分が強くなるだけのために『命のやり取り』なんてしたくない。そんな事のために、誰かの命を奪いたくない。


 なら魔物相手だったらいいのか、って話だよなぁ。俺よりレベルが高い相手じゃないとスキルレベル上げの効率が悪いって事だから、格上の魔物相手と戦うことになる。当然のことだけど、命を奪われる危険性もある。


 でも、魔物の命を奪うことについては、人を相手にするよりは忌避感は無い。こっちだって人を食べようとする魔物に黙って殺されるわけにはいかないし、人だって食うために魔物を殺すしな。


 うん……、やっぱり闘技場で人と命のやり取りなんてしたくない。ここでのスキルレベル上げは無しだな。アスカに相談しよう。


 そう思ったところで、会場内に大きく鐘の音が鳴り響いた。どうやら決闘が始まるようだ。


「ね、ね、近くで見よ!」


「あ、ああ」


 俺はアスカに手を引かれ3階の観客席の最前席に座る。あらためて目を向けると、獣人族(セリオン)の男と神人族(エルフ)の女が闘技場の舞台の中央辺りで20メートルほど離れて向かい合っていた。


 闘技場の舞台は直径がおおよそ50メートルほどのほぼ真円に近い円形だ。地面は未舗装の土だが、二人が立っているところだけは人がちょうど立てるぐらいの四角い石材が埋め込まれている。たぶんあそこが開始時の立ち位置なんだろう。


 二人ともお互いに武器を向け臨戦態勢に入っている。えも言えぬ緊張感が辺りに漂い始めた。


 再びひときわ大きい鐘の音が闘技場に響き渡る。決闘開始の合図だ。


 神人族(エルフ)の女は開始の合図とともに短杖をかかげた。精神を集中し、自らの魔力を操っているようだ。


「オォォッ!!」


 それを見て、獣人族(セリオン)の男が雄たけびを上げて猛然と突進する。両手剣が主武器の獣人族(セリオン)の男は、近接戦闘に持ち込むつもりなのだろう。


 逆に神人族(エルフ)の女は短杖を持っているところを見ると魔法使いっぽいから、距離をとって戦うのが定石のはずだ。近づかれたら勝ち目はないはずなのに……なぜ開始位置から動かない?


 獣人族(セリオン)の男があと数歩というところまで近づくと、神人族(エルフ)の女がフッと杖を振った。それと同時に緑色の淡い光が神人族(エルフ)の女の身体を包む。おっ、身体強化系の魔法か!?


 獣人族(セリオン)の男が突進の勢いのままに突き出した両手剣を、素早い動きで躱す神人族(エルフ)の女。


「はあっ! ふっ!! おらぁっ!!」


 獣人族(セリオン)の男が両手剣を振り回して襲い掛かるが、神人族(エルフ)の女は軽やかなステップと身のこなしでその全てを躱しきる。あの魔法は敏捷値でも上げる効果があったのかな?


 得意の近接戦闘なのに攻撃がかすりもしないことに焦ったのか、獣人族(セリオン)の男は大振りの攻撃を繰り返してしまっている。神人族(エルフ)の女は微笑さえ浮かべた余裕の表情だ。


 数十秒が経過すると神人族(エルフ)の女は急に後退し、大きく距離を取って再び杖を掲げて精神集中を始めた。獣人族(セリオン)の男はすぐに追いかけるが、既に息が上がっているようで最初の突進の様な勢いが無い。


 獣人族(セリオン)の男が近寄る前に、精神集中を終えた神人族(エルフ)の女が再び魔法を放った。また同じ魔法の様で、緑色の光が女の身体を包んだ。


 光が収まると、今度は女の方から獣人族(セリオン)の男に肉薄した。だが腰に佩いた細剣を抜こうとはしない。獣人族(セリオン)の男が振り回す剣を、微笑を浮かべて至近距離で躱し続けている。


 ああ……なるほど。おちょくっているのか。


 見ている限り、神人族(エルフ)の女の実力は獣人族(セリオン)の男をはるかに上回っている。たぶん距離を取って攻撃魔術を使えば、あっという間に戦いを終わらせることが出来るだろう。


 にもかかわらず、それをしないのは……観客を盛り上げるためか? ひらひらと長髪とローブの裾をたなびかせて、蝶のように武骨な戦士の周りを舞う神人族(エルフ)の女の姿は確かに闘技場の舞台に映える。


 そうか。決闘とは言えこんなにも巨大な闘技場で行われる娯楽だもんな。趣向を凝らす必要もあるのか。


 あの人気っぷりからしても、この闘技場の花形決闘士の一人なのだろうし。あの決闘士の男は言ってしまえば、かませ犬ってことか。


 そんな事を考えている間も決闘は続く。神人族(エルフ)の女はおそらく敏捷値向上の身体強化魔法を切らさず、獣人族(セリオン)の男を翻弄し続けている。


 時には剣をスレスレで避けて見せたり、獣人族(セリオン)の男のすぐ側まで無防備に近づいたりと、獣人族(セリオン)の男を挑発するような行動を取り続けていた。その度に観客席からは歓声と拍手喝采が巻き起こっている。


「すごーい! またあんなギリギリで!! よくあんなに綺麗に避けきれるね!」


 趣向にまんまと乗っかったアスカが横で歓声を上げている。俺は……あの武骨な獣人族(セリオン)の男に同情してしまって、とても楽しむような気持になれない。


 あの男はきっと本気で決闘に臨んでいただろうになぁ。でも、この闘技場で行われる決闘が見世物の娯楽である以上は仕方が無い事か。互いの意地と意地をぶつけ合う、騎士同士の『決闘』とは違うよな。


 その後もしばらく神人族(エルフ)の女が獣人族(セリオン)の男の攻撃をかわし続ける展開が続いたが、決着は唐突に訪れた。両手剣を振り回し続け、疲れ果てて動きの鈍くなった獣人族(セリオン)の男に、神人族(エルフ)の女は立て続けに二発の攻撃魔法を放ったのだ。


【風刃】(ウィンドエッジ)!」


 襲い掛かる風の刃で身体中を切り刻まれ、無数の刀傷に似た切り傷を負った獣人族(セリオン)の男は、それでも倒れなかった。


【爆炎】(エクスプロージョン)!」


 だが爆炎の魔力球が至近距離で弾け、衝撃で弾き飛ばされた獣人族(セリオン)の男は、さすがに意識を手放してしまった。


 闘技場が拍手と歓声に包まれる。観客に手を振り、仰々しい仕草でお辞儀をする神人族(エルフ)の女。倒れた獣人族(セリオン)の男に数人の人達が駆け寄っていく。


 決着を知らせる鐘の音がやけに遠くから聞こえた気がした。




ご覧いただきありがとうございます。

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