第121話 ストーリー
思わぬ大金を入手した、その日の夜。俺とアスカは平民街にある宿酒場で祝杯をあげた。無事に王都に辿り着けた事と思わぬ大金を得たことのお祝いだ。
「うえぇ……やっぱこのエールっていうのキライ」
「飲み慣れれば美味しく感じると思うけどな」
「うーん、このルビーっぽい色? 綺麗だし見た目は美味しそうなんだけどね」
「このエールは木苺を使ってるみたいだからな。香りも良くて飲みやすいよ」
「香りは確かにね。もっと冷えてれば美味しいかも! アルが出してくれる【静水】みたいにキンキンに冷えてればいいのになぁ。ね、【静水】で上手いこと冷やせない?」
「さすがに生活魔法じゃ無理だよ。魔術師なら出来るかもしれないけど」
「じゃあやっぱり蜂蜜酒にしよ!これの残り飲んでね、アル。すいませーん!!」
店員を大声で呼ぶアスカ。その様子はいたって普段通りで、明るく活発なアスカだ。
転移陣でニホンへの帰還が出来なかったのだから、多少は気落ちしているかと思ったけど……。どうやらそんな事も無さそうだ。
まあ、元気なようなら別にいいか。予定通り、旅を続けられる。
あれ? 旅を続ける?
そう言えば当面は転移陣で二ホンに帰れるかを確かめるために旅をするってことだったけど、これから俺たちはどうするんだ? 世界中を旅してまわるって言ってたけど……何でだっけ?
「なあ、アスカ。その……転移陣でニホンに行くことは、出来なかったんだよな?」
「え? ああ、そだね。やっぱダメだったね」
「じゃあさ、俺たちはこれからどうするんだ? ニホンに行く方法を探すのか? 世界中を旅するとは言ってたけど……」
「あ、そっか。ちゃんと話してなかったよね、これからのこと」
そう言ってアスカは居住まいを正す。いつになく真剣な表情で、まっすぐに俺の目を見つめている。
まじめな話みたいだ。俺も背筋を伸ばして、アスカの方に向き直る。
「えっとね、いろいろ考えてみたんだけど、あたしが日本に帰るためにはゲームクリアを目指すしかないんじゃないかなって思うの」
「ゲームクリア?」
「えっと、なんて言えばいいかな。うーんと、そう、この世界がゲームの世界にそっくりだって言ったじゃない? ええと、物語の世界にそっくりだって」
「ああ、ワールドオブテラってやつだろ?」
「うん。それでね、そのゲームを最後まで進めれば、日本に帰れるんじゃないかと思うの。ゲームクリア……物語を最後まで読み終えるって感じかな?」
「物語を最後まで……か。読み終わったら……ニホンに帰れる?」
「うん。WOTの場合はゲームクリアしたら、ゲームを終了するって選択肢が出たの。だからゲームクリアできたら現実に戻れる……んじゃないかなって」
「なるほど……ね」
物語を読んで描かれている世界に浸っていたとしても、読み終わればその世界から現実に戻る。神龍の創世記だろうと勇者の冒険譚だろうと、読み終わって本を閉じれば現実に戻る。そういうことか?
「この世界がゲームの中で、現実じゃないって思ってるわけじゃないの。でもね、この世界はWOTにそっくりだし、WOTと同じことが起こってる。だからWOTのストーリー通りに進めば、日本に戻れるんじゃないかなって思うの」
「……そっか。それで、どうすれば物語が終わるんだ?」
「それはね……」
アスカが言葉を区切り、あらためて俺と目を合わせた。
「……魔王を倒して、神龍ルクスを救うの」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二つの大いなる力があった
天の王たる龍 ルクス
魔なる者の王 エドワウ
大いなる力は相争う
齎されたのは大災厄
大地は震え
天は引き裂かれた
末に龍は魔を打ち破る
しかし龍の力も砕かれた
砕かれ分かれた力はテラに散り
傷ついた人を癒し
傅く人を導いた
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「魔人族は世界中の都市を襲って、強い戦士とか指導者の殺害を狙うの。あたし達は世界中を回って、それを阻止する。それが、WOTのストーリーよ」
おいおいおい。なんか随分と壮大な話になってないか? 俺が、世界中の有力者を、魔人族の襲撃から、護る? なんだよ、それ。
「セントルイス王国王都クレイトン、土人の自治区ガリシア、獣人の里マナ・シルヴィア、神人の帝国アストゥリア、海人の王国ジブラルタ。それぞれの場所で魔人族を撃退するの」
アスカをニホンに送り届けるために世界中の転移陣を回るって話じゃなかったか? え? どういうこと?
「そして最後に聖ルクス教国。魔王エドワウの子孫、魔王アザゼルが聖都ルクセリオを襲撃して、神龍ルクスの神座に転移る転移陣を破壊しようとするの。それを阻止して、世界を救うことが出来たらエンディングね」
「…………」
いったい……何を言ってるんだ? 世界を救う……?
「……やっぱ……引いた?」
「……引いたっていうか……何かの冗談、だろ?」
俺がカラカラになった喉から絞り出すようにそう言うと、アスカはにっこりと微笑んだ。目は笑ってない。
「…………マジかよ」
「うん。だいじょぶだよー。WOTやりこみゲーマーのこのあたしが最短で最強育成してあげるから、魔人族なんてよゆーよ、よゆー」
「よゆーって……相手はあの魔人族だろ……?」
するとアスカは少し俯き加減で首を傾げ、胸の前で祈るように両手を組み、上目遣いで俺を見た。その瞳は涙を湛え、濡れた琥珀の様に潤んでいる。
「……助けて……くれないの?」
ぐっ……くそっ! あざとい!!
「……ぁす……るよ……」
「えっ?」
俺は大きくため息をつく。騎士の誓いまでしておいて……俺に選択肢なんて残されて無いじゃないか。
「……助けるよ! 今さら投げ出せるか! 魔人族だろうと何だろうと戦ってやるよ!!」
「うん! ありがと、アル!! 大好き!!!」
あー、ちくしょう。これが惚れた弱みってやつか。
クソ。今晩は覚悟しとけよ、アスカ。苛め抜いてやるからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、俺たちは王都の南にあるエルゼム闘技場を訪れた。2万人を超える人が収容できるという巨大な石造りの建造物だ。
中央に円形の闘技場があり、その周りをぐるっと観客席が取り囲んでいる。観客席は3層になっていて、闘技場に最も近い1階は高位貴族専用の観客席だそうだ。そして2階が低中位の貴族や王都の有力な平民の観客席、3階が平民の観客席になっているらしい。
「でかいな……」
こんな大きな建造物は初めて見る。これが決闘士や魔物の戦いを観戦するという娯楽のためだけに作られたなんて……王都のスケールの大きさには圧倒されるな……。
俺たちは入場料を払って闘技場の中に入る。中に入るだけで大銅貨5枚、二人で銀貨1枚だ。アスカは『入場料取られるなんて……そんなの無かったのに……』とブツブツ言っている。
「すごい人だな……。ここにいる人だけでチェスターの街全体と同じくらいいるんじゃないか?」
「そうかもねー。スーパーアリーナと同じくらいの大きさかなぁ? 」
「え? ああ、ニホンの建物? ここと同じくらいって、ニホンも随分大きな都市なんだな……」
俺たちは階段を上り3階の観客席に向かう。最上階からはエルゼム闘技場の全体を一望できる。人で埋め尽くされた観客席(それでもあちこちに空席はある。人気のある決闘士が出場する時には立ち見も出るそうで、さらに人であふれかえるそうだ)はまさに圧巻だった。
呆然と闘技場を見渡していると、まるで地鳴りのような歓声が巻き起こった。ちょうど決闘士同士の戦いが始まるらしい。さて……参考までに、決闘を観させてもらおうかな。
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