第119話 王都の転移陣
翌日の未明、俺たちは転移陣に向けて王都を出発した。王都クレイトンから半日ほど北に向かった先にあるカーティスの森に、はじまりの森と同じような聖域と転移陣があるらしい。
転移陣に向かう道すがら、俺はこれでアスカと離別することになるかもしれないと落ち着かない想いを持て余していた。対してアスカは普段と何ら変わりも無く、鼻歌を歌いながら歩いている。翌日にさっそく転移陣の森に向かうと言われて、俺は眠れない夜を過ごしたって言うのに……。
「アルーどんな感じ―? 魔物いそう?」
「ん……森に入って、ちょっと先にいるな。たぶんウサギとかネズミとかの小型の魔物だ」
「おっけー。出来るだけ避けていこう。この辺は良い素材落とす魔物いないしね!」
うーん。びっくりするくらい、いつも通りだな。転移陣でニホンに帰れる可能性は低いって言ってはいたけど、過剰に期待しすぎないようにしてるのかと思ってた。
……本当に期待して無さそうだな、アスカは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カーティスの森の転移陣までの道のりは、始まりの森とそっくりだった。生えている樹木、森の入り口から転移陣までつながる真っ直ぐな道、出てくる魔物ですらもほとんど同じだ。
まあ、転移陣と王都までの往来を考えれば、最短距離をまっすぐ繋ぐのがあたりまえだろうから似たような構造にもなるのかもな。猪とか兎とかスライムなんて世界中どこにでもいるだろうし、似たような魔物が出てくるのは当たり前か。
ちなみに転移陣の近くに小屋があるのも同じだった。小屋の中には暖炉とテーブルセットがあるだけで、他には何も置いていない。転移陣を利用した人が雨宿りや休憩ができるようにと建ててあるだけみたいで、森番はいないみたいだ。
よく考えたら転移陣の管理をするだけのために、わざわざ人を配置しておく必要なんて無いんだよな。たまに来て樹木の伐採やら、清掃をすればいいだけなんだし。ほんと、何のために【森番】なんて加護があるのかわからない。
「【ギミック】起動。【クレイトンの神殿】」
転移陣の舞台から少し離れた位置で、メニューウィンドウを指先でタンタンとタップするアスカ。ウィンドウが瞬くように光った後に、転移陣の舞台が轟音を立てて隆起し始める。
始まりの森の時と全く同じだ。あの時と同じように大地が激しく揺れたけど、今度は予想してたから倒れてしまわずに済んだ。
「行こ?」
「ああ」
俺たちは狭く天井の低い通路から、神殿に入っていく。奥には長方形の空間が広がっていて、四隅の天井には白色の灯りがともっている。空間の真ん中には女性の像と石棺。これまた始まりの森の神殿と同じだ。
「【ギミック】起動。【クレイトンの匣】」
アスカの言葉と共に、石棺の蓋が消失する。浮かび上がったのは白い石のような素材でできた槍だった。
「へぇ……今度は【槍術士】?」
「うん。大事な物、【始まりの槍】だよ」
「……王家の名前を冠する槍か。」
アスカは浮かび上がった槍に手を伸ばす。槍はアスカの指先が触れると同時に、粉々に砕け散った。
「おっけー。これで【槍術士】にもなれるようになったよ。あとは……あった!」
石棺の中に手を伸ばしたアスカが拾い上げたのは、魔法陣が刻まれた白い石だった。手のひらと同じくらいのサイズの楕円形の石を両手に持ち、嬉しそうに俺に見せてくれた。
「……あっ、もしかして転移石か?」
「うん。これで転移陣が使えるね。試しに始まりの森にでも行ってみる?」
「そんな。もったいないだろ? チェスターを離れてまだ2か月しか経ってないし、特に用事も無いし」
「まあ、そうね。じゃあ、転移陣に行ってみよっか」
俺たちは早々に神殿を出て、再び神殿の前に立つ。アスカがメニューウィンドウを叩くと、神殿が現れた時と同じように轟音を鳴り響かせて地中に沈んでいく。揺れと轟音が終わった後には、転移陣の舞台が元通りに姿を現した。
アスカは転移陣の真上に足を運び、おもむろに転移石を取り出した。アスカが何事かをぶつぶつとつぶやくと、転移石が鈍い光を放ち始めた。俺はごくりと唾を飲み込む。
もしニホン転移が上手くいってしまったら……。アスカとの旅はここで終わり……か。
いや、それでいいんじゃないか…。
俺はそのためにアスカと旅をしていたんだろう?
アスカをニホンに送るために旅に出たんだろう?
そのために俺はアスカの騎士になったんじゃないか。
アスカの願いが叶うなら、本望じゃないか。
それが…俺の願いのはずだっただろう……。
ぐるぐると様々な想いが胸の内を去来する。そんな混乱の極致にいる俺をよそに、アスカはふうっとため息を吐いた。
俺の方に向き直って首を左右に振り、ぎこちない笑みを浮かべるアスカ。手に持っていた転移石がふっと消える。アイテムボックスに収納したのだろう。
「やっぱ、ダメみたい。転移るのは始まりの森だけみたいね」
「そ、そうか。残念、だったな」
残念?
嘘をつけよ。
あからさまにほっとしているじゃないか。
アスカが故郷に帰れないっていうのに、俺は……。
「あ、ごめんね。あたしは大丈夫だよ。元から期待してなかったしね。ほら! そんな顔しないで!」
アスカは俺の表情を見て自分を心配しているのだと思ったのだろう。ことさらに笑顔を浮かべ、ばんばんと俺の背中を叩くアスカ。
……俺は、アスカに笑顔を返すことが出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王都に戻った俺たちは、その足で冒険者ギルドに向かうことにした。そろそろ盗賊の件の報酬が確定しているはずだと思ったからだ。
盗賊の件の報酬と言っても『盗賊団討伐』の報酬ではない。それについてはカスケード山の麓の町リムロックで既に清算している。金貨3枚だったかな。今回、受け取りに行くのは犯罪奴隷として売却されたであろう盗賊たちの分配金の方だ。
何らかの犯罪を犯した者は大抵の場合は犯罪奴隷に落とされる。傷害や窃盗程度なら数年の期限付き犯罪奴隷になり、殺人の様な重い罪を犯した場合は終身の犯罪奴隷となる。
今回の盗賊達の場合、殺人を犯している者がほとんどだろうから、ほぼ終身奴隷だろう。それが50人もいるのだから、それなりの分配金になるはずだ。
「ようこそ、冒険者ギルド、王都クレイトン支部へ。どういったご用件でしょうか」
チェスターやヴァリアハートに比べて立派な建物だった冒険者ギルドに入ってカウンターに赴くと、受付の女性がにこやかに対応してくれた。
「犯罪奴隷の売却分配金を受け取りに来ました。おそらく知らせが来ていると思うのですが……」
「はい、確認いたしますね。どちらの支部で引き渡しをされましたか?」
「エクルストン侯爵領のリムロックです」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
そう言って受付の女性はカウンターから離れ、書類の束を捲り始めた。冒険者ギルドは支部同士で定期的に書類のやり取りをしているので、たぶんここにも報告の書類が来ているだろう。
ちなみに、そういった書類は魔獣使いが操る鳥型の魔物が運んでいる。大抵は鷲や鷹型の魔物が用いられるそうだ。直線距離で文字通り飛んで運ぶことが出来るので、人が運ぶのに比べてはるかに早く書類や手紙を届けることが出来る。
だが、運んでいる途中で他の魔物や人に襲われて紛失してしまう場合もままあるらしい。そのため、クレアが持っている領主から王家に送るような重要な手紙なんかは、人が直接運ぶのが普通だ。
それに飛行する魔物はそこまで重いものは運べない。送れるとしても手紙や書類程度で、荷物を運ぶことは出来ない。中には飛竜のように重い荷物すら運ぶことが出来る魔物もいるが、そんな魔物を荷運びに扱えるのは高位貴族や王家ぐらいのものだろう。
今回の場合は旅の途中だったため、リムロックで盗賊達に裁きが下されるまで待っているわけにもいかなかった。だから報酬を王都で受け取れるように手配していたのだ。
「大変お待たせいたしました。分配金のお渡しの前に、冒険者タグの確認をさせて頂けますか?」
「あ、はい。どうぞ」
俺は首から下げていた冒険者タグを受付の女性に手渡す。すると女性は刻印された文字を確認し、手の平ぐらいの大きさの白い板の上にタグを置いた。
すると白い板とタグが淡い光を放ち、続けて板の上に青い模様が浮かび上がった。よく見ると模様は8桁の数字のようだ。
ああ、なるほど。タグが本物かどうか確認するための魔道具なのか。面白いな。オークヴィルで使った魔石鑑定機もそうだけど、どういう仕組みなんだろう。
「はい、確認が出来ました。アルフレッド様、分配金をお受け取りください」
そういって女性はカウンターの上に革の小袋をのせた。さて、どのくらいの金額になったのかな……とワクワクしながら袋を開けた俺は、目が点になった。
「ん? どうしたのよ、アル? あたしにも見せて……ってこれ白き、ムグぅっ!!」
俺は慌ててアスカの口をふさぐ。こんなところで大声を出されちゃ敵わない。
「分配金の総額は765万リヒト。白金貨7枚、金貨6枚、大銀貨5枚でお渡しさせて頂きました」
盗賊の件の報酬は、未だかつて見たことも無いような大金だった。
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