第118話 クレアの護衛
「クレアさん、アルフレッドさん、大変お世話になりました。あなた方が一緒で本当に良かった。特にアルフレッドさん、あなたは我々の隊商全員の命の恩人です。このご恩は一生忘れません」
「ああ。盗賊に囚われた仲間を助けてくれた恩は忘れない。お前が商人達を助け出してくれたおかげで、護衛依頼も無事に達成できたしな。困ったことがあったら何でも俺たちに相談してくれ。必ず力になる」
王都に入った俺たちはその足で、セントルイス王国商人ギルド本部に向かった。チェスターやヴァリアハートよりも遥かに立派な建物のロビーで、マルコ隊長とサラディン団長は頭を下げた。
「礼には及びませんよ。気になさらないでください」
「あの奴隷商の話によると、元々盗賊達は私を狙っていたのです。皆さんを巻き込んでしまったのですから、むしろ私がお詫びをしなければなりませんわ」
クレアが申し訳なさそうに言った。確かにそうなんだけどさ……。クレアのせいでは無いじゃないか……。
「そんなこと気になさらないでください。貴方を安全に王都まで送り届けるという依頼をバイロン卿から受けていたのですから、多少の厄介ごとに巻き込まれるのは元より織り込み済みでした。まあ、100人を超す盗賊団に襲われるとまでは思っておりませんでしたが……」
「それにしたってカスケードルートを選んだ俺の判断ミスが原因だ。例年通りパックウッドルートを使っていれば盗賊に襲われることも、ヴァリアハートでマッカラン商会の輩に襲われる事も無かったんだ。あんたが気にする事じゃない」
そう言って微笑んでくれるマルコ隊長とサラディンさん。そうそう、気にするなよクレア。悪いのは俺たちを狙った盗賊達や奴隷商、それにマッカラン商会の奴らだ。クレアが気に病む必要なんてないさ。
「それよりも、あんたを狙ったのが何者かまだ分かっていないんだろ?」
「ええ、そうですよ。マッカラン商会の主だった関係者は全滅していたと聞きました。単純に考えればマッカラン商会の背後にいた何者かが口止めのために殺したのでしょう。つまり、その何者かは未だ貴方の身柄を狙っている……」
そうなんだよな……。盗賊団によるアスカ拉致から始まったこの厄介ごとは、マッカラン商会が取り潰しになったことでいったんは収束したが、未だ何の解決にも至っていない。ヴァリアハートでとんでもない魔法攻撃を仕掛けてきたヤツの行方も正体もわからないままなわけだし……。
「ええ、その可能性は高いでしょうね。十分に用心することにいたしますわ」
「皆様のおかげで治安の良い王都に辿り着く事が出来ました。優秀な王家騎士団が守りを固める王都クレイトンなら、相手が例え魔人族であったとしてもそう簡単には襲って来ることは出来ないでしょう。私もお嬢様を命に代えてお守りいたします」
うん、クレアをしっかり守ってくれよジオドリックさん。じゃないと俺も安心して別れられないし。
「ええ、お気を付けください。それでは私共は荷捌きがありますので……」
「じゃあな、お嬢ちゃん、アルフレッド。しばらくは王都にいるから、何かあったら商人ギルドか傭兵ギルドに声をかけろよ」
「はい。お世話になりました」
「ありがとうございます。皆さまの商いの成功と旅の安全をお祈りいたしますわ」
そして俺たちは2か月もの間、ともに旅をした隊商と支える籠手と別れた。とは言っても俺達も当分は王都にとどまる予定だから、また顔を合わせることになるだろうけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、商人ギルド会館を出た俺たちはアリンガム商会兼住居に向かった。そこまで送り届ければ、アリンガム商会からの指名依頼は達成となる。
「……また行列ぅー?」
「仕方ないだろ。この門の先は中心街。伯爵までの貴族とか有力商人の屋敷があるから、警備も慎重になるってもんさ」
「今回は交易品はほとんど積んでおりませんから、検査も短時間で済むでしょう」
二の門の前に並ぶ列を見て、もううんざりだと言わんばかりに座り込んだアスカを宥める俺とクレア。俺たちは平民街と中心街のある城壁の門の前で、検査待ちの列に再び並んでいる。
「……もう少しで、旅も終わり、ですね。」
「ああ。たった2ヶ月なのに、色んな事があったからずいぶん長く旅をしていた気がするよ」
「そうですか? アル兄さまとずっと一緒に過ごせたのは初めてですもの。私はとても短く感じました。王都になんていつまでも着かなければ良いと、毎夜のように思っていましたわ」
そう言ってクレアは俺を見上げて微笑んだ。
「え、ああ。そうだな。確かにこんなに一緒にいたことは無かったもんな……」
「日曜学校で週に1回しかお会いできませんでしたもの。アル兄さまが始まりの森に行かれてからは、半年に1回でしたし……」
「クレアと旅をするなんて、1年…いや、たった半年前までは想像も出来なかったな」
「ええ。アル兄さまに【剣闘士】の加護を授けてくださった神龍ルクス様には、本当に心から感謝しておりますわ」
「あ、ああ。そうだな」
神龍ルクス様……関係無いんだけどな。加護を授けてくださったのは、そこでブーたれているアスカ様だから……。
「大聖堂にはいつ行かれるのですか?」
「大聖堂……? なんで?」
「えっ? 神龍ルクス様の真意を伺うべく大聖堂を訪ねるのでは……?」
「あ、そ、そそうだな! 明日にでも行こうと思ってるよ!」
しまった……! 忘れてた。そういう事にしてたんだった!
「そうですか……。明日ですか。王都にはいつ頃までいる予定なのですか?」
ふう、良かった。聞き流してくれたみたいだ。
ええと……いつ頃まで? アスカはしばらく闘技場でスキルレベル上げするって言ってたよな。しばらくってどれくらいなんだ? アスカ式ブートキャンプはいつも1週間ぐらいだったよな。転移陣にも行くって言ってたし、大聖堂にも行かなきゃいけない雰囲気だし……。
「ああ、たぶん2,3週間ぐらいはいると思うけど……」
「そうなのですか!?」
「ああ、たぶんね。また旅に出る前に準備もしなきゃいけないし。なあ、アスカ、王都にはどのぐらいいるつもりなんだ?」
地面に座り込んで街並みを眺めていたアスカに声をかける。
「んー? うーんとね……【喧嘩屋】と【癒者】と【魔術師】だから……最低でも2か月はかかるかなぁ?」
「……だってさ」
「そうなのですね! あの、アル兄さま達はどちらにお泊りになられるんですの? もしお決まりでないなら我が家にいらっしゃいませんか? チェスターの屋敷ほどは広くありませんが、お泊めするぐらいの部屋は御座いますわ!」
「え? いいのか?」
それは助かるな。2か月もいるなら当面の拠点は必要になる。まずはアリンガム家にお邪魔して、落ち着いたら宿屋に長期宿泊できる宿に移ればいいだろう。当面の宿泊費用も浮くし、なによりクレアのことも心配だしな。
「ええ、もちろんです! アル兄さまなら大歓迎ですわ。それにアスカさんにも、お礼をさせて頂きたいですし!」
お礼? ああ、盗賊の一件で身代わりになったお礼か。それならお言葉に甘えようかな。あ、それなら迷惑ついでに……
「なあ、ユーゴー」
「…………なんだ?」
少し離れた場所で周囲に目を配っていたユーゴーがこちらに寄って来る。
……なんか、ユーゴーってかなり真面目だよな。俺たちがつい気を抜いちゃう時でも常に周囲を見回して警戒している。俺なんかよりもよっぽど優秀な護衛だと思う。
まぁ、俺の場合は【索敵】スキルで周囲に敵意を持つ者がいないことを確認してるからこそ、だらけたりしているのだけど。
「ユーゴーはこれからどうするんだ? アリンガム商会の店舗に着いたら、護衛依頼は終了になるけど……」
「……まだ、決めていない」
そっか、それなら…。俺はチラッとクレアの顔を見る。クレアはすぐに俺が言いたいことを察してくれて、微笑みながらこくん頷いた。
「なら、俺達と一緒にアリンガム家の厄介にならないか?」
「……いいのか?」
「ええ、かまいませんわ。良ければしばらくの間、ジオドリックと共に私の護衛を務めてくださると助かりますわ」
おお。それはいい考えだ。ユーゴーの腕なら安心してクレアの護衛を任せられる。
もうすぐクレアとユーゴーともお別れかと思っていたけど、思いがけずまだしばらく一緒にいることになりそうだ。
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