第117話 到着
それから1週間後、俺たちは王都クレイトンにようやく辿り着いた。チェスターを旅立ってから約50日。カスケード山やヴァリアハートで足止めをくったわりには、予定よりも10日ほども早く到着することが出来た。
俺が【静水】の魔法で際限なく飲み水を提供したため、水場を無視して進むことが出来て、日程をかなり短縮できたそうだ。
人はもちろんだが、馬も適度に休ませつつたくさんの水を飲ませないとすぐに疲弊してしまう。そのため遠距離交易を行う旅人たちは、荒野に点在する水場を辿って移動するのが普通だ。
そんな中、散発する魔物との戦いに参加する必要が無く、魔力の温存もする必要が無い俺は、ほとんどの魔力を【静水】に注いで商人達や傭兵団員達だけでなく荷馬車を引く馬にも、十分な飲み水を提供したのだ。
ヴァリアハートを出てからはグレナダ川に沿って進んで来たため、さほど馬の飲み水の補給には困る事も無くなった。だが人間が飲んでも腹を壊さないで済む安全な飲み水を入手するには、井戸がある農村や集落に行かなくてはならない。井戸の使用料金も当然請求される。
水場を辿って遠回りや寄り道をしなくて済むようになったうえに、井戸の使用料の支払いが無くなったためマルコ隊商隊長とサラディン団長にはしきりに感謝された。俺としては使わない魔力を無駄にするよりは皆の役に立つ方がいいので、気にもしていなかったのだけど。
【不撓】や【烈攻】のスキルレベル上げも、周囲の魔物のレベルが低くて効率が悪いから無理にやらなくていいとアスカも言ってたしね。アスカも水瓶に【静水】で出した飲み水を貯めておく手伝いも買って出てくれた。長い旅路に飽きて、早く街に着きたかっただけらしいけど。
チェスターを出た時には『キャンプみたい!』『馬車だぁ!』とか言って楽しんでたのにな。飽きっぽいヤツだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今、俺たちは王都の大門の前で街に入る手続きが終わるのを待っている。王都にやって来る旅人の数は多く、門の前には長蛇の列が出来ている。
貴族、商人、その他の旅人はそれぞれに列が分かれていて、貴族と旅人の列はどんどん進んでいくのだが、商人の列は遅々として進まない。積み荷の検査をしている様なので仕方ないけど。クレアだけは貴族用の列に並んで王都に入ることもできるのだが、馬車はアリンガム商会として王都に入る必要があるそうで大人しく順番を待っている。
「おっきいねぇ……」
大門と、少しづつ進んでいく順番待ちの列をぼーっと眺めていたアスカが呟いた。
「ああ。チェスターの城壁よりも高いよな。王都の中にはさらに高い城壁が二回りあるみたいだぞ」
「へぇ……。WOTの時は街の一部しかマップが無かったから、見て回るのも楽しみだなぁ。広いんだろうなぁ」
「ああ。セントルイス王国の中心、王都クレイトン。10万人を超える人たちが生活しているって話だからな。さすがの威容だ」
俺たちは王都全体をぐるっと囲う城壁を見上げながら、感嘆のため息をついた。
辺境の要塞都市として鳴らしたチェスターの城壁も高さが7,8メートルほどの立派な物だったが、王都の城壁はさらに高い。おおよそ10メートルほどはあるのではないだろうか。
この城壁は王都全体をぐるっと囲んでいる。赤茶色のレンガが積み重ねられた石造りの城壁は、堅牢そのものといった印象だ。チェスターと同じなら、このレンガの一つ一つがちょっとやそっとの魔法では壊せないように対魔法加工された土人族特製のものだろう。しかもこの城壁が、王都の内側にはさらに二回りもあるそうだ。
王都は大まかに三層に分かれている。中心部の王城や高位の貴族が住む屋敷がある上層、その外側に低中位の貴族やマルコ隊長の様な遠隔地貿易商人、金融業などの豪商、有力な職人ギルドのマスターなどが住む中層がある。そのさらに外側が平民の住む下層だ。
ざっくりと貴族街、中心街、平民街と呼称されているらしい。城壁はそれぞれの層の外側を囲っていて、中に行くほどより分厚く、より高くなるそうだ。
城壁で遮られているため俺たちがいる場所からは見えないが、王都の家はほぼ全ての家屋が石造りだそうで、木造建築はスラム街などの限られた地域だけだそうだ。チェスターでは総石造りの家なんて貴族街の一部だけだったので、それだけで王都の凄さを感じてしまう。
まあ緑豊かなウェイクリング領では木材が手に入りやすかったというのもあるし、空気の乾燥が厳しい王都では木造建築物だと火事が心配だということもあるのだろうけど。
「あ、そろそろ順番みたいだよ」
「ふー、やっとか。」
地べたに座って寛いでいた俺たちは立ち上がって、砂埃をはらう。ようやくやって来た門衛にはクレアとジオドリックさんが対応している。ユーゴーはクレアの後ろに直立不動で控えていた。なんか護衛を押し付けてさぼってるみたいで、ごめんユーゴー。
「やあ、お待たせ。代表者は誰だい?」
「私ですわ」
「じゃあ、さっそくだけど通行許可証を見せてくれるかな?」
「ええ、もちろん。こちらをどうぞ。」
やって来た門衛達がクレアから書類を受け取り、目を通す。門衛は俺たちと同じような平民がよく着る丈夫な麻製の衣服に、革鎧を身に着けている。チェスターの領兵のように揃いの衣服、揃いの鎧では無く、皆バラバラの装備を身にまとっていた。
これは後で冒険者ギルドで聞いたのだが、王都の外側の城壁で門衛をやっているのはほとんどが冒険者らしい。平民街の門衛や警ら、取り締まりなどの荒事が予想される仕事は、冒険者ギルドが推薦する冒険者が担っているそうなのだ。
平民街ではある程度の自治を任されていて、王家の監督の元ではあるが自警団も組織されているらしい。自警団には平民街での警察権が認められていて、警らや犯罪者の取り締まりなどを行っているそうだ。ウェイクリング領では門衛や衛兵は、騎士団やその直下の組織である領兵部隊が担っていたのでそれを聞いた時には驚いた。
だが、よくよく考えてみたら王都はチェスターの10倍もの人が住んでいる巨大な都なのだ。その大半を占める平民街の治安維持や、ひっきりなしにやって来る行商人や隊商の対応なんかにまで、王家騎士団や兵士の手が回るはずがない。ある程度は平民に任せないと、やっていけないという事なのだろう。
さすがに貴族が並ぶ列の対応は、揃いの衣服と鎧を身に着けた兵士が対応しているので、騎士団の役目のようだけど。
「おっと、准男爵の娘さんでしたか。こりゃ、失礼」
「いいえ、お気になさらないでください。今はアリンガム商会の一商人としてここにおりますので」
「あ、そりゃどうも。ええと、荷を検めさせてもらっても良いですか?」
「ええ、もちろんです。とは言っても、商材らしいものはほとんどありませんが。あ、あちらの木箱は王家への献上品ですので、取り扱いにはくれぐれもお気を付けください」
「お、王家ですか!? わかりました。ではそっちの箱は開かなくても大丈夫です」
「あら、よろしいのですか?」
「ええ。王家への献上品なら中心街の方に持ち込むんでしょう? ならどっちにしろ、そっちで検品はされるでしょうから。あ、馬車の中の確認も終わったみたいですね。手続きは以上です。ご協力、ありがとうございます」
ふう、やっと終わったみたいだ。さて、初めての王都だ。今度は変な騒動に巻き込まれなきゃいいんだけど。
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