第116話 闘技場
ヴァリアハートを出発してから1週間後。延々と続く荒野を抜け、グレナダ川に沿って進む街道から見える景色は広大な草原や森に変わっていった。
マルコ隊長の話ではあと1週間ほどで王都クレイトンに辿り着けるだろうとのことだった。色々な災難にも見舞われたが、ようやく2か月を超える旅路が終着点を迎えることになる。
「闘技場?」
「うん。王都に着いたらしばらくは闘技場でスキルレベル上げと賞金稼ぎをしようと思うの」
「……王都の転移陣を目指すんじゃなかったのか?」
「もちろん転移陣には行くよ? アイテム回収もしないとだしね」
「いや、そうじゃなくて……。ニホンに帰れる……かもしれないんだろ?」
「あんまり期待してないんだけどねぇ。王都に着いたら、まず転移陣に行ってみるつもり。その後の話だよ」
「……ふーん。」
アスカは遠く離れたニホンから、始まりの森に転移してきた。だから王都の転移陣で転移石を手に入れれば、ニホンに帰れるかもしれない。元々、そんな話から俺たちは旅に出た。
確かにあまり期待していないとは言っていたけど、もしかしたらアスカとの別れが急に訪れるかもしれないと思って、夜ごと悶々としてたんだけどな……。その後の事を考えているという事は、ニホンに帰ってしまう可能性は低いということなのだろうか。
「それで……闘技場ってのは?」
「エルゼム闘技場っていうんだけどね。決闘士達の戦いを観戦したり、お金を賭けたり、決闘士として戦いに参加したり出来るとこがあるの。WOTだと、プレイヤー同士のオンライン対戦とかSランクモンスターとのレイドバトルとかもあるエンドコンテンツだったんだけど……」
「え? なんだって!? Sランクモンスター? Sランクの魔物って事か!?」
「あ、ごめ。気にしないで。とにかく、決闘士として参加することが出来るからスキルのレベル上げも出来るし、勝てば賞金ももらえるし、お金を賭けて荒稼ぎも出来ると思うの」
なるほどね……。旅費稼ぎとスキルのレベル上げをするってことか。でもそれって……
「……危険、じゃないか?」
「そこなんだよねぇ……。WOTだとゲームオーバーにはならなかったけど、こっちだと下手したら死んじゃうかもしれないもんねぇ」
「……それは……なぁ?」
「うん。デスマッチとかじゃ無かったらってことで、ね」
さすがに殺し合いをするような野蛮な興業が王都で行われているってことは無いと思うけど。もしもデスマッチだったら絶対やらない。いくらなんでも死にたくないし。
「でも、それでスキルのレベル上げなんて出来るのか?」
「もちろん! アルもけっこうレベルは上がったけど、それでも一桁レベルでしょ? 闘技場の闘士は最低でもレベル10以上はあるから、効率よくスキルレベル上げが出来るよ!」
「いや……。そう言う事じゃなくてさ。魔物じゃなくて、人と戦う事でスキルのレベル上げなんて出来るのか?」
『魔物が出てくる場所』で、スキルを使用することで熟練度を向上させることが出来るって話だったはずだ。今までやってきたアスカの訓練でも、ホーンラビットとかスライムみたいな魔物か動物相手にスキルレベル上げをしていた。
魔物を倒し、魔素を吸収することでレベルを上げることが出来る。だから、魔物に対してスキルを使用することでスキルのレベルを上げることが出来るのだと思っていた。人間相手にスキルのレベル上げなんて出来るのか?
そう言うとアスカはキョトンとした顔で俺を見た。うん? なにか間違ってたか?
「上がるよ? だいたいそうじゃなかったらアルが【烈攻】とか【暗殺者】のスキル習得が出来るわけ無いじゃん」
そう言えばそうだな。カスケード山を通っている時は、レベルが上がらないようにするために一切の攻撃を禁じ手にしていた。だから、『魔物に攻撃を繰り返すこと』が習得条件の【烈攻】を覚えることは出来なかったし、『魔物に当てる事』が条件の【魔力撃】のスキルレベル上げも出来なかったんだ。
専守防衛に努めていたから【不撓】だけは習得できたし、スキルレベル上げも出来ていた。だとしたら……【烈攻】はいつの間に覚えたんだ?
「あ……盗賊か」
「そだよ。あたしを助けに来てくれた時に、盗賊達を何人も倒したんでしょ? それで【烈攻】を習得できたんだよ」
「なるほどね」
盗賊のアジトに潜入した時に魔力消費を抑えた【魔力撃】を繰り返し何度も何度も盗賊達に突き刺した。あれだって攻撃の一種だから【烈攻】を覚えられたし、【魔力撃】のスキルレベルも上げられたのだろう。
「ってことは俺のスキルレベルってけっこう上がってる?」
「うん。今、こんな感じだよ」
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アルフレッド
■ステータス
Lv : 8
JOB: 騎士Lv.1
VIT: 459
STR: 383
INT: 224
DEF: 638
MND: 194
AGL: 510
■スキル
初級短剣術・初級弓術・初級剣術・初級槍術・馬術
夜目・索敵・潜入
鉄壁・シールドバッシュ・挑発
投擲Lv.4
魔力撃Lv.6・烈攻Lv.3・不撓Lv.5
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「おっ。スキルレベルが思ったより上がってるな」
「カスケード山を下りてからはほとんど上がらなかったけど、ヴァリアハートでも敵に襲われたからねー。魔力撃の方はそれでけっこう上がったよ」
なるほどねぇ。なんとなくスキルの効果が上がってるなとは思っていたけど。こうやって数値化されると、自分が成長しているのを目に見えて実感できるな。
「あれ? スキルレベルは上がっても、レベルの方は上がって無いんだな」
「人と戦ってもレベルは上がらないよ。経験値持って無いから」
「ああ、そっか。人には魔石も魔素も無いからな」
じゃあ魔物を倒した時に吸収する魔素はどこに行ったんだと思うけど、詳しいことは解明されていない。わかっているのは魔物が魔素を持っていて、魔物を倒すとその魔素が倒した人の身体能力を強化するのだろうってことだけだ。それだけわかってれば、別に不都合は無い。
「だからね、闘技場で自分よりレベルの高い決闘士と戦えば、かなり効率よくスキル上げが出来ると思うんだ」
「確かにいい考えだな。少なくともレイクサーペントとかいうとんでもない魔物と戦うよりははるかにいい考えだ」
闘技場で決闘するなんて危険すぎるとも思ったが、よく考えたらあの魔人族よりもレベルの高い魔物と戦わされるところだったんだ。それに比べればはるかにマシかもしれない。
「なによー。これでも安全マージンはちゃんと取るようにって考えてるんだからね」
「どこがだよ……。あ、でもそれなら……」
「ん? どうかしたの?」
良い事を思いついた! 人相手でもスキルのレベル上げが出来るということは……わざわざ危険な闘技場なんか行かなくてもいいじゃないか!
「ユーゴーと訓練すればいいんだよ! ステータスが見れないから詳しくはわからないけど、ユーゴーはどう考えても俺よりレベルが高い! だったらユーゴーに頼んで訓練すれば、安全にスキルレベル上げが出来るじゃないか!」
俺は思いついた良案に興奮して拳をぐっと握る。大きな声を出してしまったので、名前を言われたのに気付いたのだろう。御者台で馬の手綱を握るユーゴーが訝し気な目線をこちらに向けていた。よし、さっそくユーゴーにお願いしよう。今晩の野営地に着いたら、すぐに訓練だ!
「んなわけないでしょ。それでスキルレベル上げが出来るなら、とっくにスキルレベルもカンストしてるよ。ここに来るまでに何度も模擬戦してたじゃん」
「あっ……」
そう言えばそうだった……。ユーゴーとは何度も何度も模擬戦をしてる。もし訓練でスキルレベルを上げられるのなら、もっと上がっていてもおかしくない。
ちなみに模擬戦の対戦成績は0勝15敗1分けだ。暗殺者の加護でならもっといい勝負になると思うのだけど……。でもユーゴーが【狂戦士】のスキルを使わない限り、簡単には勝てないだろうな。こと戦闘の経験が違いすぎるからなぁ。おっと、話がそれた。
「なんで盗賊とか闘技場なら良くて、ユーゴーだとダメなんだ?」
「んー、たぶんユーゴーが『敵』じゃないからだよ。WOTでは盗賊とか魔人族みたいに敵対して襲って来る人相手ならスキルレベルが上がったけど、『敵』キャラクター以外はそもそも戦えなかったの」
「『敵』か……。敵意とか殺意とかをもって挑んでくる相手ならってことか?」
「たぶん、そうじゃないかな? あたしも詳しくはわかんない。ゲーム中なら戦える相手は敵キャラってはっきりわかったんだけどね。」
よく考えたら、そうか。例えば騎士団とか、冒険者同士とかで訓練で模擬戦をしないわけが無い。もしそういった訓練で簡単にスキルレベルが上がるなら、世の中はもっと達人だらけになっているだろう。
「だから闘技場でのスキルレベル上げがぜったい上手くいくとは思ってないよ? でもWOTだと闘技場で戦う相手は、『敵』キャラクターだったからスキルのレベル上げが出来たんだよね」
「ふーん」
なんか、恥ずかしいな。興奮して握り拳まで掲げちゃったってのに、まるで見当違いだったなんて。はぁ……。ユーゴー、なんでもないよ。恥ずかしいから、こっちをチラチラと見ないでくれ。
「『敵』ねぇ……。あれ? ってことは闘技場で戦う決闘士ってのは、殺意を持って襲って来るってこと?」
「……てへっ」
てへっ…じゃねぇ!!やっぱり危険なデスマッチなんじゃないか!
ご覧いただきありがとうございました。




