第114話 再出発
「……ってわけでユーゴーは無罪放免になった」
「…………」
「あれ? 嬉しくないのか? もうユーゴーは犯罪者じゃ無いし、奴隷から正式に解放されたんだぞ?」
唖然とした表情で立ち尽くすユーゴー。おかしいな。喜んでくれると思ったんだけどな……。
「あ、だからと言ってすぐに放り出すわけじゃないぞ? ユーゴーさえ良ければ、王都までは俺たちと一緒にクレアの護衛に加わってくれ。クレアが臨時の護衛として雇ってくれるってさ。日当も支払ってくれるから、王都に着くころにはそれなりに支度金を貯めることが出来るよ」
努めてゆっくり丁寧に語りかけるが、ユーゴーは相変わらず混乱しているようだ。
……ちょっと性急すぎたかな? 俺だってここ数日の展開には正直言って驚いてるからな……。
「そうだ、ヴァリアハートで冒険者ギルドに登録しておいた方がいいかもな。冒険者タグがあれば、何かと便利だろうし」
ユーゴーの実力があれば、あっという間に一人前の冒険者になれるだろう。元々、二つ名がつくほど有名な傭兵みたいだし。
「わ……私は……自由、なのか?」
少し経って、ようやく我に返ったユーゴーが呟いた。
「ああ。ユーゴーはもう自由だ。誰かから何かを強制されることは無い。どこに行くのも、何をするのもユーゴーの自由だ」
俺がそう言うと、ユーゴーは自らの肩を両手で抱きしめ、俯いて小刻みに震え始めた。
……ああ、不安……だったんだな、ユーゴー。
そりゃ、そうだよな。奴隷商に捕らえられ、意に添わぬ命令で罪を重ねて。隷属の腕輪を外された後だって、奴隷商といっしょに犯罪者として俺に連行されていたわけで……。助けるって言われてたとしても、見ず知らずだった俺達のことを心から信じることなんて出来なかっただろうし……。
アスカがユーゴーをそっと抱きしめる。ユーゴーは一瞬びくっと身を震わせた。
小さな子供を寝かしつける時のように、ユーゴーの背中を優しく撫でるアスカ。ユーゴーよりも頭一つ分は背が低く身体も華奢なアスカだが、まるで姉か母親のように見える。
アスカに抱きすくめられたユーゴーは、もう堪えきれないと言うようにアスカの艶やかな黒髪に顔をうずめて、ぼろぼろと涙を流した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エクルストン侯爵との交渉やら何やらには、宿屋襲撃事件から1週間ほどの時間がかかった。日程の短縮のためにカスケード山を超える危険なルートを選んだ隊商と支える籠手だったが、稼いだ余裕はこれでほぼ食いつぶしてしまっただろう。
とは言えマルコ隊長もサラディン団長も大して気にしてはいないみたいだ。危険な山道を通り抜けたにもかかわらず誰一人欠けることは無かったし、エクルストン侯爵から迷惑料まで支払われたのだから、むしろ儲かったと言っていた。
一時は盗賊団に捕らえられて、奴隷堕ち寸前だったというのに現金なもんだ。まさに喉元過ぎればってヤツだな。
侯爵との交渉や事後処理はほとんどクレアとジオドリックさんがやっていたので、俺はと言えばアスカと湖岸で釣りをしたり、ユーゴーと訓練をしたりして過ごしていた。
街の近くに薬草類の採集なんかにも行った。万能薬や中級回復薬の材料になる湖水草や湖蓮花なんかが、そこら中に自生していたのでまさに採り放題だった。
湖水草や湖蓮花は本来なら湖に潜り、専用の道具を使って採集するので、とても手間がかかるらしい。だがアスカの【植物採集】にかかれば、借りた手漕ぎボートで近づいて手をかざせば採集完了だ。しかも最良の状態で採集できるし、【アイテムボックス】でいくらでも収納できるし劣化もしない。ほんとずるい。
珪化木や紫水晶といった鉱物系の素材は残念ながら採集できなかった。どうやら岩塩採掘場の近辺で採れるらしく、この辺りでは採れないらしい。
アスカは採掘ポイントを知っているようだったけど、わりと遠いらしいので採掘は諦めた。商人ギルドで購入できるしね。
そうそう、商人ギルドの紹介で陶工にも行った。アスカの薬販売用に大量の水瓶を購入するためだ。
ヴァリアハートは湖の周辺ということもあり良質な粘土が採れるそうで、陶器の名産地でもあるらしい。簡素な水瓶であれば安く作ってくれるとのことだったので、大量に買い付けた。これで当面は回復薬の容器の心配をする必要は無さそうだ。
ちなみに、採集した薬草類や購入した鉱物系素材でアスカが作った、魔力回復薬や万能薬は商人ギルドで大歓迎され、両方とも下級回復薬の10倍ほどの金額で買い取ってくれた。
鉱物系の素材はそれなりに値も張るので、薬草や魔茸と言った基本素材だけで作れる下級回復に比べて大儲けというわけでも無い。それでも冒険者としての俺の稼ぎに比べればはるかに多い。たった1週間ほどで金貨5枚ほども稼いでいたからな。盗賊討伐の報酬より多いんですけど……。
そんな風に、釣りをしたり、採集をしたり、買い物をしたりと、余暇活動と適度な運動をのんびりと楽しんだ。そして美味しい食事をとり、高級宿に泊まる。ちょっとしたバカンス気分だ。
しかもアリンガム商会から日当は支払われ続けるのだから言うことない。凄惨な襲撃事件があった直後なのだから不謹慎かもしれないけど。
……というようにダラダラと過ごしていたのだが、ようやく出発の時が来た。ここからは一路王都に向かうことになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そう言えばヴァリアハートでスキルのレベル上げするって言ってたけど、やらなかったな」
「うん。迷ったんだけどねー。なんか大騒ぎになりそうだから止めといた」
「大騒ぎ……? 何をやるつもりだったんだ?」
侯爵騎士団に見送られてヴァリアハートを出て、隊商は湖岸にそって街道を進む。しばらく行くと湖から海までつながっているというグレナダ川の支流にたどり着く。あとはここから川沿いにひたすら東に向かえば王都だ。荒野がそのうちに草原に変わり、ちらほら森林が見えてくる以外には特にこれといった難所も無いらしい。
「ヴァリアハートの湖で毒薬を使ってレイクサーペントを呼び出すつもりだったの」
「レイクサーペントって……あのシーサーペントの亜種か!?」
シーサーペントっていったら大海蛇とか海竜とか言われる強力な魔物じゃないか。遠洋航海用の大型帆船が被害にあって沈没したとか、チェスターにいたころに何度か聞いたことがある。
「うん。シーサーペントの色違い。グラはちょっとだけ違ったかな。湖水草と毒茸で作れる劇毒薬を湖に投げ込むと怒って出てくんのよ」
「この湖にそんなに危険な魔物がいるのかよ……」
「魔物っていうか湖の守り神みたいな扱いみたいねー。超強いから、今のアルじゃぜんぜん歯が立たないよ。でも、湖の近くから逃げれば追っては来ないから、一撃死にさえ気を付ければスキルレベル上げにちょうどいいかなと思って」
「一撃死って……」
「WOTだと何の問題も無かったけど、こっちだとヴァリアハートにも被害が出るかもしれないから止めといたんだー」
「止めといてくれてよかったよ……」
100人以上も乗せることが出来るような大型帆船が簡単に沈められるぐらいの魔物だ。そんなのが現れたら大騒ぎじゃ済まなかったよ……。ただでさえ宿屋襲撃の件で騒がせてしまったって言うのに。
「でも、レイクサーペントってレベル50超えてるから、かなり効率よくスキルレベル上げ出来たんだよねー」
「ごじゅっ!!? そんなヤツと戦えるわけないだろ!」
「なに言ってんのー。チェスターで戦った魔人族だってレベル40ぐらいだったんだよ? 守りに徹すればなんとかなったって」
「アイツそんなに強かったのか。歯が立たなかったわけだよ……」
いや待て。その魔人族相手に死にかけたじゃないか。
訓練のためにそうそう命を張れるわけないだろうが……。アスカの特訓ってなんだかだんだん危なくなってきてる気がするな。今度からは必ず詳細を聞いてからやるようにしよう……。
「あ、そう言えば、ユーゴーのレベルとか加護とかってどんな感じなんだ?」
ふと気になったので聞いてみる。なんか珍しいスキルも使ってたし、種族限定の加護とかっぽいけど……。
「え? ステータス見れないから、わかんないよ」
え、そうなの?
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