第113話 決着
「魔人族が!?」
「あくまで、推測です。灰色ローブの男からは、チェスターで対峙した魔人族に匹敵する魔力を感じました」
翌日の早朝、俺たちはエクルストン侯爵に呼び出され、あらためて宿屋襲撃事件の説明を求められていた。
宿屋襲撃のあらましについては侯爵騎士団からの取り調べで既に説明していた。会食の後に宿に戻ったところ真夜中に数十人もの襲撃者に取り囲まれたこと。なんとか襲撃者の制圧に成功したが、直後に新手の魔法使いから奇襲を受けたこと。そして、その魔法使いはすぐに姿を消したこと。
俺たちは起こった事実を正直に報告した。町中で数十人の者が死んだ大事件だったにも拘わらず、騎士団からの聞き取りは意外なほどあっさりとしたものだった。大通りで起こった事件だけに多数の目撃者がいて、俺たちの証言に疑いが無かったという事もあるだろうが、おそらくは他領の貴族への礼儀を失しないようにと侯爵からの指示があったのだろう。
領主としての権限があれば俺たちやユーゴー、奴隷商の身柄を拘束することぐらいは出来ただろうに、侯爵はその手段を選ばなかった。そのため、侯爵を信用するわけではないけれど、ある程度の情報提供をすることにしたのだ。
奴隷商に『隷属の魔道具』を融通したという灰色ローブの男のこと。奇襲を仕掛けた魔法使いが灰色ローブと同一人物と思われること。そして魔人族と同程度の強力な魔法使いだったことなどを報告すると、侯爵は驚きのあまり大きく口を開けて絶句した。
「い、一体何が起こっているというのだ……この短い間に魔人族の襲撃が三度も……しかも我が領地が襲われるなど……」
「三度……ですか?」
灰色ローブが魔人族だったとしても、チェスターと合わせて2回目ではないのか? もしかして他所でも魔人族の襲撃事件が起こっているのか?
「ああ……。つい先日に知ったことなのだが、王都近郊でマーカス王子が魔人族に襲われたそうなのだ。近衛騎士団が撃退し、王子はご無事だそうだが……」
「そう、だったのですか……」
「チェスター、王都に続き、我が領都ヴァリアハートにも魔人族が現れるとは……」
「ローブを羽織り、深くフードをかぶっていたので魔人族と確認出来たわけではないので……おそらくは、ですが」
あれほど膨大な魔力と濃密な殺気を放つ者がそうそういるとは思えないので魔人族だとは思うが。それにしても、王都でも魔人族の襲撃事件があったのか……。
「ふむ……。それで、クレア嬢の誘拐を企んだ奴隷商に『隷属の魔道具』を売った男が、その魔人族だと……?」
「ええ。そして、その灰色のローブの男は、奴隷商に『侯爵の使い』と名乗っていたそうです」
「なんだとっ!?」
痩せぎすの侯爵は弾かれたように立ち上がり、大声を上げた。
うん……この様子を見る限り演技をしているようには見えないな。やっぱり、侯爵はシロかな……?
「ええ。褒められた方法ではありませんが、奴隷商に奪った隷属の腕輪をつけて聞き出しました」
「そ、そんな……バカな……」
「奴隷商は侯爵の使いを名乗る灰色ローブの男から『隷属の魔道具』を買い付け、違法に奴隷化した者を国外で売りさばいた。そして、奴隷商にクレア嬢の誘拐を指示したのも侯爵の使い……だそうです」
「そ、そんな事実は無い!!」
侯爵は青ざめた顔で、足をぶるぶる震えさせて叫んだ。違法奴隷を扱ったという汚名を着せられ、ウェイクリング家とアリンガム家と敵対し、さらに魔人族と繋がっていたかもしれないと疑われそうになっているのだ。とても冷静ではいられないだろう。
「落ち着いてください、侯爵閣下。灰色ローブの男は侯爵閣下の名を騙っていたのでしょう」
「そ、そうだ! 貴公らの話を聞くまで、私はその奴隷商の事など会ったことも、聞いたことも無かったのだ!」
「……一つお伺いしたいことがあります。侯爵の使いと名乗った男は、侯爵閣下の封蝋を施された書面と指輪印章を持っていたそうです。お心当たりはありますか?」
「封蝋と指輪印章? そ、それは偽物に違いない!」
「では、侯爵閣下以外に、封蝋と指輪印章を扱える者は?」
「私以外には……我が家の家令には会計事務の便宜上、預けてはいるが……」
家令……か。奴隷商は封蝋の紋章と指輪印章は侯爵家のもので間違いないと言っていた。だとすると怪しいのは……。
「その家令は、ハーヴィ・マッカラン准男爵となんらかの繋がりがあるのでは無いですか?」
「あ、ああ。確かに、ハーヴィの紹介で我が家に勤めている者だが……。そう言えば、今日は見ておらんな……」
よし、予想通り。これで繋がった。
「……クレア嬢の誘拐を指示した灰色ローブの男。侯爵家の封蝋が施された書面と指輪印章。その封蝋と指輪印章を扱えたのはマッカラン准男爵家の関係者。我々が襲撃された宿を紹介したのは商人ギルド。そして領都の商人ギルドに最も影響力があるのは……」
「ま、まさか……」
「ええ。灰色ローブの男とマッカラン准男爵はなんらかの繋がりがあるとみて間違いないでしょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
急行した侯爵騎士団がマッカラン准男爵家で見つけたのは、折り重なったいくつもの変死体だった。
ある者は身体に風穴を開けられ、ある者は矢傷を負わされ絶命していた。その遺体の中にはハーヴィ・マッカラン准男爵と侯爵家の家令も含まれている。
凶器はどこにも見当たらず、その遺体に刺さっていたであろう矢も見当たらなかった。そして、全ての遺体は不自然に冷たく、創部が凍りついていたそうだ。
明らかに強力な水属性魔法で殺傷されたマッカラン准男爵一家。下手人は考えるまでも無いだろう。
そして、侯爵騎士団が次に向かったマッカラン商会の管理する倉庫からは、数十個の『隷属の魔道具』が見つかった。少なくとも、奴隷商・灰色ローブの男・マッカラン准男爵の繋がりは明らかになったわけだ。
『隷属の魔道具』は【隷属】の闇魔法が付与された魔道具だ。そして、闇魔法を扱える人族は極端に少ない。ただし、魔人族を除けば、だ。
クレアの誘拐を企んだのはマッカラン准男爵家で、マッカラン准男爵家は魔人族となんらかの繋がりがあったと見て間違いない。関係者は奴隷商を除き、全員が死亡するか姿をくらましているから、決定的な証拠や証言は無いのだが、全ての状況証拠がそれを指し示していた。
そこに侯爵家が繋がっていたかどうかはわからない。だがその繋がりを示す証拠は無いため、それ以上に探りを入れるのは難しかった。侯爵の様子を見る限り、本当に関係なかったのだろうとは思う。
その後、侯爵と何度かの話し合いを経て、今回の一連の騒動を以下のように決着する事になった。
まず、カスケード山での盗賊による拉致事件から、魔人族と思われる灰色ローブの襲撃に至る全ての経緯を書いた王家への報告書を、クレアに預けること。
集団拉致事件の迷惑料をアリンガム家と隊商、支える籠手のそれぞれに支払うこと。
そして、奴隷商の身柄は侯爵家に引き渡し、ユーゴーを無罪放免とすること。
アーヴィン・エクルストン侯爵の直筆で書かれ、侯爵家の封蝋がされた報告書があれば、今回の一通りの事件が無かったことにはされない。もちろん文書の内容は俺も確認させてもらっている。
また、侯爵が謝罪し、迷惑料を支払うことで、今回の件については水に流すことになった。クレアとジオドリックさんとしても、アリンガム家の体面が保たれるので今回の件は不問にしてもいいということだった。実際には、迷惑料は取り潰しとなったマッカラン准男爵家の私財から支払われることになるわけだけど。
奴隷商を引き渡すのは、侯爵家が奴隷商に対し入念な取り調べを行ったうえで厳罰に処したという実績を作り、侯爵の体面を守るためだ。魔人族と関わっていた配下を取り潰し、関係した者を厳しく処分したのであれば、多少は汚名をそそぐことも出来るだろう。
そして、奴隷商の証言から、ユーゴーは奴隷にされて悪事を犯すことを強いられていただけだという事が証明され、無罪放免となった。奴隷の罪は、基本的に主人の罪になるからな。
侯爵にとっては、寝耳に水の災難だったかもしれないが、カスケード山での拉致事件から続いた色々な問題が一気に片付けることができた。
魔人族の目的については謎のままだけど……。
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