第112話 襲撃者
「【盾撃】!」
「ぐぉっ!」
突然開いたドアに驚き、身をすくめた男に問答無用で盾の一撃を叩き込む。男は暴走する馬車に跳ねられたかのように吹き飛んだ。
「くそっ! 出てきやがった! 勘づかれてたか!」
「こいつらが目標のヤツらか!?」
「中年オヤジと犬耳を狙え! 殺した奴は金貨3枚だ! 行けっ!」
「逃がすなっ! 囲め囲め!!」
宿正面の車寄せと表通りの間にいるのは10人強。装備はバラバラで騎士や兵士ではなく、冒険者崩れといった様相だ。それぞれが得物を抜き放ち、こちらに駆け寄って来る。
「【魔力撃】!」
「はぁっ!」
「フンッ!」
俺とユーゴーの斬撃が男たちの身体を切り裂き、ジオドリックさんが投擲した投げナイフが喉に突き刺さる。
「一気に駆け抜けるぞ!」
俺は駆け出しつつ正面にいた男に【魔力撃】を放ち、ユーゴーは大剣を振り回して別の男を弾き飛ばす。
奥の方にいた魔法使いらしき女が杖を掲げ、魔力の高まりに合わせて杖の先端が鈍く光り出すが……
「グゥッ!」
ジオドリックさんの放ったナイフが、魔法使いの女の胸へと吸い込まれるように突き刺さる。
すげえな、ジオドリックさん。急所に百発百中じゃないか! おかげで敵の数はあっという間に半分以下だ。
「らぁっ!!」
まるで嵐の様に大剣を振り回して突進するユーゴーを追い、打ち漏らしたヤツに【魔力撃】をお見舞いする。
よしっ、この程度の相手なら突破は容易だ。俺たちは手傷を負いうずくまる襲撃者達に目もくれず表通りに向かって走る。
「うっわ、マジかよ……!」
襲撃者をなぎ倒しつつ表通りに飛び出した俺達に向かって、左右から十数人の襲撃者が迫って来ていた。
「街中でここまでやるとは……相手も本気のようですな」
「逃げ場は無い……か。迎え撃ちましょう。ユーゴー、ジオドリックさん、そっちはお願いします」
「……了解」
「ふふっ……腕が鳴りますな」
間にアスカ達を挟んで俺は単騎で左側、ユーゴーとジオドリックさんは右側からやって来た襲撃者に刃を向ける。
一対一の実力的にはユーゴーに劣る俺だが、アスカ達を護る盾として戦うのなら俺の方が秀でているだろう。【騎士】のスキルは、護りに特化してるからな。俺は、【不撓】と【烈攻】をかけなおし、迫る襲撃者を睨みつけた。
「賊ども! 死にたい奴から、かかって来い!!」
俺は【挑発】を放ちつつ、火喰いの円盾と紅の騎士剣に魔力を注ぎ込む。
「なめんなぁ!!」
「この人数にたった一人で敵うわけねぇだろうがぁ!!」
あっさりと【挑発】に引っかかった前衛が我先にと俺に駆け寄って来る。先頭の男が突き出した槍を躱し、続く男が振る戦槌を火喰いの円盾で受け流す。
俺は迫る前衛の男たちと等距離となるように、ちょうどいい位置へとサイドステップで移動して、盾をどっしりと構えた。男たちは一斉に俺に向かって得物を突き出してくる。
「【大鉄壁】!!」
火喰いの円盾を中心に展開した紅い魔力の壁が、襲撃者達の攻撃を受け止める。
多対一の戦闘ならアスカのシゴキで慣れてるんだよ。20匹を超えるスライムに同時に襲われるのに比べれば、たかが4,5人の襲撃者の攻撃を受け止めるなんて屁でもない。
「【盾撃】!!」
「ぐわぁっ!」
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
魔力の壁が、炎の壁となって襲撃者たちに襲い掛かる。【不撓】によって防御力が高められ、『火喰いの円盾』で火属性の追加効果が乗った【大鉄壁】が反転した【盾撃】だ。相当、アツいだろ?
いやー、街中で数十人の襲撃者に襲われている時にこんなことを感じてるのは不謹慎かもしれないけど……久々に全力で戦えてスッキリする!
カスケード山で魔物と戦ってた時は魔素を取り込まないようにと専守防衛で一切攻撃はしていなかったし、盗賊のアジトに潜った時も闇に紛れて背後からサクッだからな。
まともに戦ったのだって、盗賊の頭たちとユーゴーだけ。それだって使い慣れた『紅の騎士剣』やら『火喰いの円盾』じゃなくて、ジオドリックさんから譲り受けた『漆黒の短剣』を装備していたから、剣士としては戦えなかった。ユーゴーとの模擬戦では、木剣でいいようにシバかれてたし……。
思う存分に得意の武器で全力を振るえるってすばらしい!
って、おっと遠距離攻撃が飛んで来た!
「【鉄壁】!」
飛んで来たのは矢やら【火球】やら【岩弾】やら。俺は冷静に飛んで来た矢を剣で叩き落とす。さすがに魔法は斬れないので【鉄壁】で弾く。
うーん、魔人族のバカでかい【火球】に比べると、火遊びみたいだなぁ。単発なら盾で簡単に弾けるし。これならいくら飛んできても守りきれそうだ。
そう思いながら、しばらく【鉄壁】を交えながら遠距離攻撃を防いでいると、段々と攻撃頻度が落ちてきた。もしかして……もう魔力が枯渇してきてるのか?
ちらっと背後を見ると、ユーゴーが縦横無尽に走り回りながら襲撃者を蹴散らし、ジオドリックさんがユーゴーの打ち漏らしに投げナイフやらダガーやらで応戦してる。あっちは任せておいても大丈夫そうだ。
ちまちま魔法やら矢を放ってきてるヤツらも【挑発】で注意を引けてるから俺しか狙ってこない。例えアスカ達に逸れた魔法が飛んだとしても、1,2発ぐらいなら奴隷商が受け止めてくれるだろ。せっかく盗賊から奪った汗臭いけど硬めな装備を着けさせてるんだから、役に立てよ?
「【烈攻】!」
俺は再び【挑発】と攻撃力上昇スキル【烈攻】をかけなおして、後衛のみとなった襲撃者達に襲い掛かる。【盗賊】Lv.★に至った俺の俊足で、一気に詰め寄られた後衛の襲撃者達は杖やらロッドで迎撃してきた。
……そんなトロい攻撃を食らってあげるわけないだろーが。俺は迎撃を躱しつつ【魔力撃】を大判振る舞いして、片っ端から襲撃者たちをなぎ倒していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「無事か? アスカ、クレア?」
「……うん。ぜんぜんへーき」
「アル兄さまこそ、お怪我はありませんか?」
「ん、大丈夫。そっちは?」
「大した怪我はありません」
「……問題ない」
「あ! ジオさんも、ユーゴーもちょっとケガしてるじゃん! ちょっと待ってね……はい、これ使って!」
「回復薬ですかな? 恐れ入ります」
「……感謝する」
思いのほかあっけなく襲撃者を撃退……というか壊滅に追い込めたので、俺達はその場でアスカから受け取った下級回復薬で手傷を癒した。
周囲は、まさに死屍累々。宿の前の車寄せ、表通りの両側にはそれぞれ十数人の襲撃者たちが倒れ伏している。【索敵】の反応を見るに半数は既に絶命し、残り半分も深手を負い身動きが取れないようだ。
気丈に振る舞ってはいるがアスカとクレアの顔は真っ青になっている。さすがに数十人の死者と半死半生の襲撃者に取り囲まれ、むせ返るような血の匂いが漂っていては普段通りとはいかないよな。さっさと隊商のキャンプに避難しよう。
そう思った瞬間、膨大な魔力と突き刺すような殺意が背後で膨れ上がるのを察知する。
「むっ!!」
「なんだっ!?」
俺とジオドリックさんは弾かれるように振り返り、【索敵】が拾った殺意の元に目を向ける。それは、宿の屋根の上から悠然と俺たちを見下ろしていた。
「灰色の……ローブの男……?」
この気配には覚えがある。背筋が凍りつくような殺気と吹き荒れる嵐のように膨大な魔力。俺とアスカ、そしてギルバードを死の間際にまで追い詰めた、圧倒的なまでの強者。
「ま、まさか……魔人族か!!?」
灰色のローブの男はゆっくりと両手を眼前に掲げる。管弦楽団に向き合う指揮者の様に優雅に。さらに魔力が膨れ上がる。
「まずい! 皆、俺の後ろで伏せろ!! 【大鉄壁】!!」
俺は全力で【鉄壁】を発動する。それと同時に、とても数えきれないほどの氷の矢が大通りに降り注いだ。
「ぐ、ぐぅっ……!!」
くそっ! い、一発一発が重いっ! なんって、威力なんだ!! だけど……抜かれるわけにはいかないっ!
俺は【鉄壁】に残る魔力を全て注ぎ込む。永遠にも感じられるほどの氷矢の雨が唐突に止んだ時、辺りは嘘のように静まり返っていた。
嵐のような殺気と魔力は忽然と消え失せ、先ほどまで聞こえていた襲撃者の生き残りの息遣いが全く聞こえない。
宿の屋根の上には灰色のローブの男の姿は無く、ただ下弦の月が夜空にぽっかりと浮かんでいた。
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