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騎士とJK  作者: ヨウ
序章 始まりの森
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第11話 旅立ち

「アスカ、少し先にマッドボアが二体いる。そこの茂みに隠れてろ」


「うん。気を付けてね」


 俺は発動していた【潜入】に、より意識を集中する。潜入スキルは、身体を薄い魔力で覆い、衣擦れの音や足音などを抑える効果がある。


 匂いも発しにくくなるので、聴覚や嗅覚が発達した魔物にも気付かれにくくなる。アスカはエンカウント率低下と先制攻撃成功率アップの効果があると言っていた。


 俺は気配を殺し、少しずつマッドボアに近づいていく。二体のマッドボアは木の陰で、寄り添うように横たわっている。今は真夜中だから眠っているのだろう。


 俺は匂いで察知されないように風を読み、風下の方に移動する。出来るだけ足音を立てないように、慎重にかつ素早い動きを心がける。


 左足から右足へ、右足から左足へ、踵から爪先へ、爪先から踵へ。滑らかに重心を移動をさせながら、小股で歩みを進める。


 足を置く場所も出来るだけ音がしないよう、柔らかい下生えの雑草が生えている所や砂利が少ない所を一歩ごとに選んでいく。歩き方は、潜入スキルを取得した後になんとなく直感でわかるようになった。これが加護の恩恵であり、スキルの力なのだろう。


 大きく迂回しながら少しずつ距離を詰めていき、一瞬で肉薄できる間合いまで近づく。マッドボアの身体がわずかに膨らみ、そして縮む。繰り返す呼吸を見極め、攻撃する好機を見計らう。


 ……今だっ!!


 俺は寝転がるマッドボアが息を吐き出しきった瞬間を狙い、一足飛びに間合いを詰め、喉元めがけてダガーを突き出す。


「ブギイィィーーッ!!!」


 ダガーを抉りながら引き抜くと傷口から赤黒い血が噴水のように流れだす。急所を一突きし絶命させることが出来たようだ。すぐにもう一体に目を向けると既に身を起こし唸り声をあげている。目には仲間を殺された怨嗟の炎が宿っているように見えた。


 聖域に生息する動物は人に見つかるとすぐに逃げていく。魔素を取り込んでいない動物は、魔物と違い獰猛な性質を持たず、身体が大きく成長するまでは無用な争いを避けようとするからだ。


 だがこのマッドボアは興奮し我を忘れているようで、逃げ出すような素振りを見せない。もしかしたら一緒にいたもう一体はこのマッドボアの兄弟か(つがい)だったのかもしれない。


 マッドボアは両足で大地を強く踏みしめ、弾丸のような勢いで飛びかかってきた。マッドボアの体長は2メートル、体高は1メートルもある。おそらく体重は100キロを超えるだろう。その巨体が凄まじい速度で突進し、その鼻先に生えた鋭い牙を突き上げてきた。


「うぉっと!」


 俺はとっさに身体をひねり、その突進をすんでのところで躱す。マッドボアは勢いのままにすれ違い、直径40センチはありそうな木の幹に激突してなぎ倒した。


 マッドボアはなぎ倒した木を、その大きな牙で払いのけこちらに向き直り、威嚇するように俺を睨みつける。次の瞬間、「プギィッ!」と短く嘶き、真正面から突進してきた。文字通りの猪突猛進だ。


 俺は牙を突き立てようとするマッドボアを、ぎりぎりまで引き付けてから身をかわし、すれ違いざまにダガーで首元を斬りつけた。砂埃をあげて倒れ込んだマッドボアに間髪入れず詰め寄り、ダガーを逆手に握りなおす。


「……悪いな」


 マッドボアの眉間にダガーを振り下ろした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 狩りと採集を繰り返して二日が経った明け方、俺は夜目スキルを修得することができた。色は判別がつかないけど、見通せる範囲や明るさがさらに増し、まるで昼間と同じように視界が開ける。


 そして、アスカの言った通り、スキルを修得したことで加護のレベルが上がった。アスカによると、このステータスなら周辺の魔物に後れを取ることはまず無いそうだ。


 素材の収拾と加護の強化も終わり、ようやく旅の準備が整った。



--------------------------------------------


アルフレッド・ウェイクリング 


■ステータス

LV   1

JOB  盗賊Lv.2

VIT  94 

STR  90 

INT  99 

DEF  81 

MND  85 

AGL  225


--------------------------------------------




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日の朝、俺たちは予定通りオークヴィルに向けて出発することになった。旅に出るというのに持ち物は、腰から下げた鋼鉄製のダガーだけ。アスカにいたっては手ぶらだ。ほんとにアイテムボックスさまさまだな。


 5年の時を過ごした森番小屋の中には何一つ残っていない。家具から調理道具まで全てをアスカが収納してしまったのだ。


 それにしても、まさか薪ストーブやベッドまで持ち運べるとは思わなかった。使い慣れた薪ストーブがあれば野外で料理をするのにも暖を取るのにも便利だ。ベッドまで持ち出す必要は無いとは思ったが、邪魔になるわけでは無いのでまあいいだろう。


 アスカは小屋も収納できないかと試していたけど、さすがにそれは無理だったみたいだ。どうも地面に埋まっているものや流れる水は収納できないようだ。小屋とは言え建物の基礎はあり、地面に固定されているからダメだったのだろう。


 薪ストーブも最初は収納できなかったが、屋根に連結していた煙突を外したら収納できた。例え重かったり大きかったりしても持ち運びができて、何かに固定されていなければ、収納できるというのことなのだろうか。


 ちなみに土は袋に入れれば、水は甕や瓶等に入れれば収納できる。石や岩はそのままでも大丈夫だ。その差がよくわからない。


「さ、行こう、アル」


 アスカに呼びかけられて、俺は小屋を出る。森番となって長い時間を過ごした聖域から、街道に向けて歩みだす。がらんどうになった森番小屋を背にすると、様々な思いがこみ上げて来た。


 ここに来たばかりの時は絶望のどん底で、俺を縛り付けるこの森を憎んだ。でもその森が、豊かな自然の恵みを与えてくれて、俺を生かしてくれた。


 少ないけど、俺のことを気遣ってくれる優しい人たちもいた。二か月に一度は、たくさんのお土産を持って会いに来てくれるクレア。町の送り迎えを買って出てくれる幼馴染の兵士エドガー。そんな人たちのおかげで俺は、孤独から救われ、自分を見失わずに済んだ。



 森番の加護が与えられたことも、何かの運命だったのかもしれない。始まりの森の転移陣にいたからこそ、アスカに出会えたのだから。


 ここを出て行くことになるなんて、ついこの間までは考えもしなかった。森番の役目を放棄することは、無責任なのではないかという思いもある。


 だけど、俺に新たな未来を与えてくれたアスカに報いたい。彼女の願いを叶え、ニホンに送り届けてあげたい。彼女には非常に有用なスキルがあるとは言え、魔物と戦う力は無い。今の俺なら、魔物から守ってあげることもなんとかできるだろう。



 ……そうだ。俺はアスカの騎士になろう。



 ウェイクリング家とは、とうの昔に縁も切れている。たとえ騎士の加護を得られたとしても家には戻れない。


 アスカはニホンに帰るために世界中を旅することになると言っていた。旅に危険はつきものだ。魔物や盗賊に襲われることもあるだろう。


 幸いにもアスカのおかげで俺は戦う力を得ることが出来た。魔物を倒してレベルを上げられれば、さらに強くなれる。俺は強くならなくちゃいけない。彼女を守るために、戦う力を身につけないといけない。


 力をつけて、アスカを守り抜き、ニホンに送り届けるんだ。彼女にもらったこの力を、俺の『騎士の剣』をアスカに捧げよう。


 俺は歩みを止めて振り返り、転移陣の聖域に向かって軽く一礼する。さあ、旅立ちだ。


「アスカ、俺はレベルを上げて強くなってみせる。絶対に君を守り抜いて、故郷に送り届けるよ」


 アスカは、一瞬驚いた表情を浮かべた後に、顔を赤らめて微笑んだ。


「うん。ありがと、アル。よろしくね」


 もう少し歩くと聖域から外れて、魔物がひしめく森の真ん中に出る。魔物どもを蹴散らし、経験を重ね、アスカのために強くなるんだ。


「そろそろ、聖域の外に出る。気を付けて行こう」


 アスカがゆっくりと頷く。


「あ、アル、潜入と索敵は発動してる?」


「ちょうど今、するところだよ」


「オッケー。あとさ、オークヴィルに向かう前に伝えておきたいんだけど……」


「ああ、なに?」


するとアスカは胸を張り、こう言った。


「魔物からは全部逃げるからね! いっさい戦っちゃダメ」


 ……ええぇぇ。たった今、レベルを上げて強くなるって言ったばっかじゃんかよ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「この先に魔物がいるな。もうすぐ道を横切るから、このまま行くと会敵しそうだ」


「おっけー。じゃあ少しここで待機してやり過ごそうか」


 俺たちは聖域から街道に向かって小道を移動している。もうすぐ街道に出るぐらいのところまでは来ているが、ここまで魔物とは1体も遭遇していない。それもそのはず俺が索敵を使って、敵と遭遇するのを全て避けているからだ。


 【索敵】は周囲にいる生き物が立てる僅かな物音や息づかいを魔力で感知し、敵の位置を探ることが出来る。周囲の状況を把握しておけば、まず敵の奇襲攻撃を受けることは無くなる。


 アスカは、敵位置マップ表示と奇襲防止の効果だと言っていた。マップってなんのことなんだろう?


 【索敵】で敵の位置を把握したうえで逃げ回り、さらに【潜入】で気配を消せば魔物に襲われるわけがない。敵側も似た様なスキルを持っていることがあるので、完全に防ぐことは出来ないそうだけど。


 それにしても本当にこのまま一戦もせずにオークヴィルまで行くのか? 初の魔物戦だからそれなりに緊張も期待もしてたんだけどな。魔物と戦えるようになるために加護のレベルを上げたんじゃなかったの?


「俺TUEEEEEE!ってやりたかったー? だが、断る!」


「でもレベル上げはどうするんだよ? それに魔物素材や魔石を集めて、路銀を稼がないと」


「ダイジョブ! レベルもお金もまかせといて!」


「いや、でもさ、実戦経験とかさ、必要じゃない?」


「そこらへんはアスカちゃんがちゃーんと考えてるから安心して! それにか弱いJKを連れて旅してんだよ? 魔物に襲われないに越したことないじゃん」


 いや、そりゃそうなんだけどさ。確かに俺のスキルで魔物を避けてるわけだけし、アスカを守ってることにはなるのか? でもさあ……


「ブツブツうるさいなぁ。ほら、魔物はもう行ったでしょ? 行くよ!」


 そう言ってアスカはずんずん進んでいく。まるで勝手知ったる庭先を歩いているかのようだ。そういえばアスカは道も知ってるんだよな。案内も必要ないのかよ。


 ……なんだかなぁ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 潜入と索敵のスキル効果もあり、俺たちは無事に始まりの森を抜け出て街道に出た。ここから北に向かえば城下町チェスター、西に向かえばオークヴィルだ。


 オークヴィルは山の中腹にある町で、牧畜が主産業だ。乳製品や肉、皮革製品などが名産だが、養蜂で蜂蜜や蜜蝋なども作られている。また、牧草地に薬草類も自生しているため、薬作りも盛んに行われているそうだ。


 俺たちはオークヴィルに向かって歩みを進める。山道に着くまでの広い平原では、さほど魔物に出くわすことは無い。


 時おり遠くに魔物を見つけることはあったけど、迂回すれば避けられる。危なげなくオークヴィルがある山の麓にたどり着き、俺たちは昼食をとった。


「ここからシエラ山脈の山道に入る。魔物が多く出るようになるから、気を付けて行こう」


 なんて気を引き締めてみたけど、そんな心配もまったくもって必要なかった。潜入と索敵スキルを発動して、徘徊する魔物をことごとく避けていく。夕方前には、一度も魔物と遭遇することなくオークヴィルにたどり着いた。


 問題があったとすればアスカが長時間の移動で疲れ果ててしまったことぐらい。なんだか拍子抜けするほど平和に、記念すべき旅立ちの一日は過ぎて行った。




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