第105話 荒野
新章スタートです。
宴から2日後の昼、予定通りに隊商はリムロックの町を出た。次の目的地はエクルストン侯爵領の中心地、領都ヴァリアハートだ。
緑豊かなウェイクリング領と打って変わって、目の前に広がるのはどこまでもどこまでも続く荒野だ。辺りに見えるのは点在する仙人掌や灌木の茂み、巨大な岩。それ以外には赤茶けた大地と風に舞い上げられる乾いた砂しかない。
ひたすらに真っ直ぐ続く街道の上からは、何にも遮られることのない太陽の光が刺すように降り注いでいる。赤茶色の大地は光を受け止める事なく跳ね返し、まるで辺り一面に火魔法でも撒き散らしたかのような熱気をばらまいていた。
「あっづーーー」
「言うな。余計に熱くなる」
「ねぇーーアルぅ。冷たい水出してー」
「はいはい。水袋、貸して」
「ありがと!」
「おっアルフレッドさん、俺もいいかい?」
「あ、私も私も」
「はぁ、しょうがないな。【静水】」
アスカに便乗して次々と手渡される水袋に、俺は生活魔法【静水】で水を補充していく。
「ありがとうございます、アルフレッドさん。馬たちの分までじゃぶじゃぶ出してくれてるのに、よく魔力が持ちますね」
「生まれつき魔力はそこそこ高いんですよ」
俺は傭兵の問いかけに適当に答えておく。暑さのせいで上手い言い訳が思いつかないんだからしょうがない。
「アルフレッドさんのおかげで魔法使い連中も魔力を温存できてるんで、ほんと助かります。馬たちもたっぷり水が飲めて元気だから、歩みも早いし。これなら予定よりだいぶ早くヴァリアハートに着けそうですね」
「にしても、アルフレッドさん、【剣闘士】なんですよねー? なんか【魔術師】並みの魔力じゃないすか?」
アスカによると、修得済みの【盗賊】の加護の補正のおかげで、俺はLv.1の【癒者】並みに魔力があるらしい。【魔術師】には一歩届かないそうだけど。
「魔力操作も上手いですしね。こんなキンキンに冷えた【静水】を出せる人ってそういないですよ?」
「一人暮らしが長かったもので。【着火】と【静水】、【乾燥】は得意なんですよ」
「あれ? アルフレッドさんってウェイクリング伯爵家の御曹司じゃなかったっけ? なんでまた一人暮らし?」
「ん……実家とはイロイロとありまして……」
「へぇー。もしかして若いころはけっこうやんちゃだったとか?」
「まあ、そんなところです」
『やんちゃだった』とはどういうことなのか気になるけど、とりあえず受け流しておく。家の事はあんまり深掘りされたくないし、加護の事なんかはなおさらだ。勝手に納得してくれるならそのままでいいや。
「引きこもりだったくせにー」
「ほっとけ」
そんな話をしながら俺たちは荒野を進む。どこまでもどこまでも続く真っ直ぐな街道と、変わらない景色には正直言って辟易としてしまう。だけどアスカや段々と気心の知れてきた傭兵たちとの旅は、家や森に縛られて生きてきた俺にとっては新鮮で楽しいものでもあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【烈功】!!」
紅の騎士剣を右上から打ち下ろす。続けて一歩踏み込んで下段から右上に向かって切り上げる。右からの横薙ぎ、剣を返して左からの横薙ぎ。切り上げ、切り下ろし、刺突と順々に剣を振るう。
「はぁっ……はぁっ……ふっ!!」
再び【烈攻】は発動して、鍛錬を続ける。幼いころから叩き込まれた剣術の型に、【烈功】によるパワーアップを馴染ませていく。
膂力が剣に乗り、放つ斬撃は鋭さと重さを増していく。同時に消費する魔力が少なくなって来たのがわかる。
……掴めてきた。
そう思ったところで、紅の騎士剣から輝きが唐突に失われてしまう。体中に倦怠感が重くのしかかり、軽く頭が痛む。
「ふぅ……魔力、切れか」
「アル、お疲れさま」
「あ、ありがとう、アスカ」
俺はアスカが手渡してくれたタオルを受け取り、噴き出した汗を拭う。荒野の夜は昼間とは打って変わって肌寒いぐらい冷えるから、鍛錬にはちょうどいい。
「【烈攻】、Lv.2に上がったよ。おめでと!」
「あ、やっぱりそうか。途中からなんだかコツが掴めてきたような気がしてたんだ」
「うんうん。なんか、『剛剣!』って感じだったよ」
炎天下の行軍を続けた俺たちは、日が落ちてから見晴らしのいい高台に野営を張った。夕食を済ませた後、俺は野営地から少し離れた場所に出てスキルの鍛錬に勤しんでいた。
昼間は【静水】ぐらいしか使っていなかったので、魔力は余っていた。もったいないので鍛錬で使い果たすことにしたのだ。
「でも、アスカの言う通り、スキルの熟練度は上がりにくいな」
「だよねー。でも、やらないよりはマシだからね」
カスケード山とは違い、荒野に出現する魔物は大して強くない。オークヴィルとチェスターの間の草原に出現する魔物と変わらないぐらいだろうか。
残念ながら、出現する魔物の平均レベルは俺よりも低い。そのためスキルの熟練度上げは遅々として進んでいなかった。
【魔力撃】は敵にくらわせないと熟練度が上がらないので、使うだけ魔力の無駄。雑魚を狩ってレベルを上げてしまうと、さらにスキル上げがやりにくくなるので放置している。
「そうだけどさ。山を下りてから、ずっと使い続けてやっとLv.2だもんな」
「まーまー。ヴァリアハートに着くまでのガマンだよ! そしたらアスカちゃんプロデュースのブートキャンプその3をやってあげるから」
「あ、ああ。お手柔らかに頼むよ」
「楽しみにしててね!」
「出来れば、先に何をやるか教えておいて欲しいんだけど……」
「…………ふふっ」
「ふふっ、じゃねえよ。教えろ!」
「…………ふふっ」
カスケードの山道と違って、荒野の街道に魔物はあまり出現しない。たまにデザートウルフやレッドウルフ、ワイルドバイソンといった魔物が現れたが、支える籠手の傭兵たちにあっさりと討伐されていた。
それに、草原や森に囲まれた山道と違って、魔物達も身を隠す場所が無い。俺がわざわざ【索敵】を使わなくても、支える籠手の斥候が漏れなく見つけていた。
簡単に見つける事ができて、しかも大して強くも無いから道中に俺の出番は全く無い。俺はひたすら水を捻りだす魔道具と化していた。
「……はぁ。じゃあ、せいぜい楽しみにしておくよ」
「うん! それまでは【不撓】と【烈功】を使い続けといてね。スキル上げの効率は悪いけど」
「ああ、どうせ道中はヒマだしな」
スキル上げをしつつ、皆と話しでもしながら進むとしよう。チェスターを出てからずっと、色々なことがあって慌ただしかったから、たまにはのんびりするのも悪くないだろう。
「……アルフレッド」
「ん?どうした、ユーゴー?」
「……執事が呼んでいる」
「ああ。じゃあ、そろそろ野営地に戻るか」
ユーゴーが迎えに来てくれたので、俺たちは野営地に戻る。ユーゴーは口数も少ないし、表情もあまり変わらないから、何を考えているかイマイチわからないけど、少しずつ俺達には気を許すようになってきている気はする。少なくとも俺の名前は覚えてくれたみたいだし。
「さてと。ジオドリックさんの呼び出しか……」
……という事は、尋問が終わったという事だろう。ヤツにはジオドリックさんの質問に全て嘘偽りなく答えるように命令しておいたから、尋問ってよりは質疑応答って感じだっただろうけど。
俺はアスカをアリンガム商会の馬車に送り届け、ユーゴーに見張りを頼んでから、ジオドリックさんのテントに向かった。クレアを攫おうとした黒幕の正体を聞きに。
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