第102話 奴隷解放
交渉を終えて騎士団の庁舎を出た俺は、クレアが手配してくれた宿に向かった。紡績の町エスタガーダでは俺とアスカそれぞれに個室を取ってくれたが、今回は複数人で宿泊することが出来る大部屋を取ってもらった。
「あ、おかえり、アル」
「ただいま」
「どうだったー?」
「ああ、交渉はマルコさんが上手くまとめてくれたよ。カスケード盗賊団の討伐報酬は、この町にいる間に冒険者ギルドを通して支払われるそうだ」
「うんうん」
「盗賊達は全員、終身の犯罪奴隷になるってさ。人数が人数だから処分に時間がかかるらしい。それも売却が終わったら分配金を王都の冒険者ギルドで受け取れるそうだ」
「どれくらいもらえるんだろうねー。でも本当にあたし達が全部もらっていいの?」
「マルコさんが、どうしてもって言うからな……。お金はどれだけあっても困らないから、素直に受け取っておこう」
隊商長のマルコさんの厚意で、盗賊団の討伐報酬と捕らえた盗賊達の売却分配金は全て俺たちがもらえることになった。盗賊のアジトを制圧するのと、捕らえた盗賊達をここまで連れてくるのには隊商や支える籠手の助力が無ければ出来なかったので、少なくとも半分は受け取って欲しいと言ったのだが、ほとんどが俺の手柄だから受け取るわけにはいかないと譲らなかった。
そればかりか、王都に着いたら商人達と団員を救ってくれた御礼を必ずさせてもらうと宣言された。商人達と傭兵団員を助けたのは、あくまでもアスカを助けるついでであり、状況によっては囮にして俺とアスカだけで逃げ出すつもりでいたと正直に打ち明けたのだが、それとこれとは話が別だと一蹴されてしまった。
「んふふ。じゃあ王都に着いたら新しいアクセ買ってね、アル!」
「ああ、そうだな。エスタガーダでアクセサリーを買っておいたおかげで、アスカが無事で済んだんだからな。効果が高いものなら、金を惜しまず購入しよう」
「えっ、ほんと!? やたー!! 今度は魔石シリーズが欲しいな!」
オークヴィルで買った体力を上げる『オニキスのペンダント』や敏捷を上げる『マラカイトのアンクレット』はかなり役に立っていた。その勢いで購入した防御力を上げる『ラピスラズリのピアス』だったが、本当に買っておいて良かった。
これが無ければ奴隷商に暴力を振るわれてアスカの心が折れていたかもしれない。きっと魔法防御を上げるという『ピンクオパールの指輪』もそのうち役立ってくれるだろう。
「さてと、ユーゴー。こっちに来てくれないか」
「…………わかった」
大部屋の端で直立不動の姿勢をとっていたユーゴーに声をかける。ユーゴーはソファに並んで座る俺たちの前に立つと、あらためてビシッと背筋を伸ばした。
「あっと、その、そこに座ってくれないか」
「…………ああ」
促されてようやく対面の一人掛けソファに座るユーゴー。柔らかい背もたれには寄り掛からず、背筋をピンと伸ばしてアゴを引いた美しい姿勢だ。堅すぎて、こっちまで緊張してくる。
「楽にしてくれよ、ユーゴー。君はもう奴隷じゃないし、俺も君の主人ってわけじゃ無いんだから」
「…………ああ」
そう答えたもののユーゴーは姿勢を崩さない。これは規律の厳しい傭兵団にいた時の習慣なのか、それとも奴隷にされていた時の名残なのだろうか。俺は、諦めて軽くため息を吐いた。
「この町の騎士団と話をつけてきた。あの奴隷商とユーゴーの身柄は俺が預かる事になった」
「…………?」
言葉を発さず、目線を少しだけ動かして説明を求めるユーゴー。奴隷商に命令されていたから話さないのかと思っていたが、もしかしたら元々無口なのかもしれない。
「捕らえた俺たちが王都に移送して王家騎士団に突き出すことになった。あの奴隷商は違法な手段で国民を奴隷にして売り捌いていた犯罪者だ。残念だけどユーゴー、君もあの男と一緒にいた以上は無罪放免というわけにはいかない」
「…………」
ユーゴーは僅かに眉をひそめた。あの奴隷商の話を聞いた限り、無理やりに奴隷にされて犯罪の片棒を担がされたようだから、気の毒としか言いようが無い。
かといって、ここでユーゴーを逃がしたとしても、お尋ね者になってさらに不幸になるだけだ。こればかりは致し方ない。
「ねえ、アル。そんな脅してばっかりじゃユーゴーが可哀そうじゃん。ちゃんと説明してあげないと」
「ああ、わかってる」
俺はユーゴーに微笑みかける。ユーゴーは先ほどと同じように目線で『説明?』と問いかけてきた。
「安心してくれ、ユーゴー。君は無理やりにあの奴隷商に従わされていただけだと俺が証言する。罪に問われるようなことにはさせないよ」
「…………」
ユーゴーは目を大きく開いて俺を見る。驚きと懐疑……それと僅かな希望といったところかな。実に雄弁な瞳だ。
「それまでは俺が君の身元保証人ってとこかな」
通常、主人の罪を奴隷が被る事は無い。ユーゴー自らの意思で罪を犯したのでない限りは、罪を問われることは無いはずだ。ユーゴーは『隷属の腕輪』で無理やりに従えられていただけだと、奴隷商を捕らえた俺が証言すれば大丈夫だろう。
「王都に着けば君はきっと自由になれる。あと少しの辛抱だ」
そう言うと、しばらく沈黙した後にユーゴーの目じりから、一筋の涙がスーッと零れ落ちた。
「…………か、感謝する。」
ユーゴーは少しだけ俯いて肩を震わせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜、深く。俺は一人で町の外に出た。
町の出口の側には隊商の商人達と支える籠手の傭兵達がキャンプを張っていた。俺がそこに近づくと、二人の人影が現れた。
「遅かったな」
「すみません。アスカが寝付くのを待っていたものですから」
現われたのはサラディン団長と奴隷商。奴隷商は猿轡をはめ、両手両足をロープで固く縛られている。
「さて、そこの陰でやるか?」
「ええ、とっとと片付けましょう」
俺たちはキャンプから離れて近くの林の中に入る。奴隷商はサラディンさんに首根っこを掴まれ引きずるように運ばれている。
「さてと……あんたからは色々と聞きたいことがあるんだが……」
地面に放り投げた奴隷商を見下ろして語りかける。奴隷商の目には、怯えが浮かんでいる。良い調子だ。
「拷問して吐かせてもいいんだが嘘をつかれる可能性もあるからな。これを使わせてもらうよ」
俺はポケットから怪しく黒光りする腕輪を取り出す。隣のサラディンさんは、湾曲した刀身を持つナイフを懐から取り出した。
奴隷商は『うーうー』と唸り、ミミズのように這って逃れようとする。俺はその身体を抑えつけて、腕輪をはめる。奴隷商の目には、怯えに加えて絶望が浮かんだ。
「さて、どこまで持つかな? 早く諦めれば、痛い思いは短くて済むぞ?」
『皮剥ぎ』ことサラディン団長は、月光を反射し妖しく輝くナイフを奴隷商に向け、ニヤリと笑いかけた。




