第101話 交渉
カスケード山の麓の町リムロックに到着した俺たちを待ち受けていたのは、町の守護に当たるエクルストン侯爵騎士団の分隊長だった。
盗賊が馬車を引く、あからさまに怪しい隊商が騒ぎを起こしてしまうのは火を見るより明らかだったため、支える籠手が先触れを出して事情を伝えていたのだ。
隊を率いるマルコさんやサラディン団長は町に着くなり騎士団の庁舎に招かれて事情を説明することになった。当事者である俺とその雇い主であるクレアもそれに同行する。ここ数年の間に勢力を拡大させていたという盗賊団の制圧報告は、リムロックの騎士団から概ね好意的に迎えられた。
「それにしても、たった一人で盗賊団を制圧してしまうとは……にわかには信じられんな……」
「アル兄様にかかれば盗賊団の一つや二つ物の数にも入りませんわ」
「言いすぎだよ、クレア。あの人数と正面から戦ったら、さすがに勝ち目はないさ」
「またまた、ご謙遜を。ただ殺すよりも無力化する方がはるかに難しいでしょう。あれほどの人数を捕縛するなど聞いたことがありませんよ」
しきりに俺を持ち上げてくるクレアとマルコさん。あまり大げさに報告されても困るんだけどな。実際には眠らせたり痺れさせたりして捕らえたんだから。
「それで、盗賊共はお任せして宜しいのですか?」
討伐報酬や盗賊の処分についての交渉はマルコさんが買って出てくれたので、お任せした。こういった交渉は海千山千の商人に任せた方が良いだろう。盗賊を連れて行くことを主張したのもマルコさんなのだし。
「ああ、もちろんだ。ここのところ人手不足でカスケード銀山の採掘量が減っていたからな。犯罪奴隷として鉱山に送ることになるだろう」
「盗賊団がため込んでいた貴金属や魔道具、資材などの処理はいかがですかな? こちらはもちろん盗賊を討伐されたアルフレッド殿が所有する権利を持つということでよろしいですね?」
「ああ、その通りだが……盗賊共がため込んでいた貴金属や魔道具の一部には、エクルストン侯爵領の貴族の私財も含まれているだろう。それらについては返却してもらうことになる」
「それはもちろんです。相場の代金をお支払い頂けるのであれば、ですが」
「……貴族の私財を盗品と同様に扱うわけにはいかん。それぐらい貴殿も理解できるだろう」
「何を仰います。あれらは貴族様の私財ではございません。盗賊団が貯め込んでいた盗品です。盗賊団の持つ盗品は、魔物の素材と同様に討伐した者が所有する。国内だけでなくアストゥリア王国やジブラルタ王国でも認められている冒険者に関する慣習ではありませんか」
「それはそうだが……」
俺もこの町に来て初めて知ったのだが、冒険者が盗賊を倒した場合、その盗賊が持っていた財産は冒険者が総取りすることが出来るそうだ。これは騎士や兵の手が回らない田舎や僻地で横行する盗賊を、冒険者の力を利用して取り締まることを目的にしているらしい。
利益をもって冒険者達を動かす、実に良く考えられた慣習と言えるだろう。魔物を倒して素材を売却するよりも実入りが良いということで、有名な盗賊団ばかりを狙う冒険者パーティもいるという話だった。
だが、その権利にも例外はある。盗品が元々は貴族の所有物だった場合、強制的に返却を求められることがあるらしいのだ。貴族を敵に回すと碌なことが無いということで、大抵の冒険者は不承不承ながら返却に応じるそうなのだが……。
「アルフレッド殿は冒険者ギルドに所属する冒険者ですからな。彼一人で盗賊団を制圧したのですから、当然ながら盗賊団が持っていた盗品は全てアルフレッド殿に所有権がございます。これから3日間はリムロックに滞在させていただきますので、その間であれば売却の交渉に応じましょう」
「マルコ殿。それでは貴族が黙ってはおらんぞ? 強制的に徴収されることもありうる。盗賊団討伐の報酬や犯罪奴隷の売却金額分配については、割り増しを検討してやろう。大人しく返却しておいた方が良い」
「強制的に徴収ですか……。ウェイクリング伯爵家の嫡男であらせられるアルフレッド殿の私有財産を徴収されるというのですか?」
「ウェイクリング伯爵家!?」
やっぱり実家の名前を出したか……。ウェイクリング家とは袂を別って旅に出たので、出来るだけ家の名は出してほしくなかったのだが。
まあ、この次に交渉する件では、ウェイクリング姓を出さないわけにはいかないだろうから別にいいのだけど……。
「ええ。こちらのアルフレッド殿はアイザック・ウェイクリング伯爵のご子息です」
「し、失礼いたしました! ウェイクリング伯爵のご子息とはつゆ知らず……ひ、平にご容赦を!」
分隊長は座っていた椅子から転げ落ちるような勢いで跪き、首を垂れた。まいったな。出奔した身とバレたらえらいことになりそうだ……。
「か、顔をお上げください。一冒険者としては無茶なことを言っているのはわかっていますから……」
「そ、そう言うわけには……誠に申し訳ございません!」
「そう言わずに。問題にする気はありませんから」
多少の尊大さはあったものの、商人と冒険者を名乗っていた俺たちにも丁寧に接してくれていたので不快には思っていなかったしね。
それから恐縮する分隊長を元のように椅子に座らせるのには苦労した。今さら俺はもう貴族じゃないなんて口が裂けても言えないな……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ようやく分隊長を席に座らせた俺たちは、いよいよ本題に移る。盗賊討伐の報酬とか犯罪奴隷売却額の分配とか、盗賊から奪った財宝とかなんて、前置きみたいなものだ。
「奴隷商がカスケード盗賊団と結託していたと……?」
「ええ。カスケード盗賊団が山道を通る者を不法に拘束し、その奴隷商に流していたようなのです」
「なるほど。しかしそんな事をどうやって……。奴隷の売買契約や犯罪者の奴隷化は国家によって厳しく管理されている。無理やりに奴隷化したとしても、すぐに足がつくはずだ」
「どうやら『隷属の魔道具』を用いて奴隷化し、北の小国家群で売っていたようなのです。おそらく王都を経由せず、ウルグラン山脈沿いに北上して奴隷を捌いていたのでしょう」
「『隷属の魔道具』か……しかしそんな物がそう簡単に手に入るはずが……」
「実際にその奴隷商は『隷属の魔道具』をいくつか所持していました」
「ふむ……」
眉をひそめて考え込む部隊長。
「その奴隷商と扱っていた奴隷の身柄を、我々に預けていただきたいのです。責任をもって、王都に連行いたします」
「いや、しかし……我が領地で捕らえられた犯罪者は、こちらに引き渡してもらわねばならん」
「ウェイクリング伯爵のご子息とアリンガム准男爵の令嬢を害した者であってもですか? それに盗賊団のアジトがあった場所はカスケード山の山頂付近です。ウルグラン山脈の奥深くは、不要な衝突を避けるため原則としてどちらの領地にも入らない緩衝地帯となっています。強いて言えばセントルイス王家に所属するはずではないでしょうか」
「む……それは……」
「なにも犯罪者を野に放とうというわけではないのです。王都でしかるべき処分を受けさせます。どうかご理解ください」
「ふむ……仕方がない。だが、私の一存では判断できん。領都ヴァリアハートで、領主に判断を仰いでいただきたい」
「かしこまりました。それでは、それまで奴隷商と扱っていた奴隷の身柄はこちらで預かります」
クレアを狙っていた奴隷商とユーゴーの身柄を確保すること。それが、今回の交渉でウェイクリング家の姓を出した理由だった。




