第1話 始まりの森
皆さまの小説を読みふけっていたら書いてみたくなり投稿しました。こういった書き物をすること自体が初めてですのでお見苦しい点もあろうかと思いますが、どうぞお付き合いください。感想、ご意見など頂けましたら嬉しいです。
「うっぜえんだよ! いつまで騎士気取りでいやがるんだ!!」
「ぐぁっ!!」
「おいおい、そのぐらいにしてやれよ、ダリオ。アルは騎士どころか無能の【森番】なんだ。【喧嘩屋】のお前がマジで殴ったら、死んじまうかもしれねぇぞ?」
「ハハッ! ちげえねえ。おいアル、これ以上痛い目にあいたくなかったらとっとと失せな」
いってぇ……。軽く小突かれただけでこのざまかよ。
「やめて! アル兄さまをいじめないで!!」
倒れ込んだ俺の前に身を呈し、庇う様に両手を広げたのはクレア。三つ下の女の子で、数少ない友人の一人だ。
「虐めてなんてねえよ、クレア。ちょーっと小突いたぐらいでアルが大げさに倒れただけだろ?」
「そうそう、そんなことはいいからさ。俺たちと酒場に行こうぜ? 王都で人気のルーレット台が設置されたらしいんだよ。ぜったい楽しいぜ!?」
「賞金首ハントでDクラスの魔石が手に入ったんだ。軍資金はたっぷりあるからよ。行こうぜ?」
「酒場になんて行きません! お願いですから私につきまとわないで!」
「そう言うなよ、クレア。なあ、アル?」
そう言ってダリオがつま先で俺の腹を蹴る。
「うぐぉっ!!」
俺の身体は衝撃で宙に浮き、ゴロゴロと地べたを転がった。
「うぅ……、ゲホッ!!」
気管支に詰まった血の塊が口から零れ出る。我ながら自分の貧弱さが悲しくなってくる。
「やめて!! わ、わかりました……。酒場にお付き合いすればいいんですね。その代わり、もうアル兄さまに暴力をふるわないでください!」
「や、やめろクレア。俺のことはいいから……」
まずい、クレアを助けるつもりだったのに……。逆に俺のせいでクレアが連れて行かれそうだ。
「おっ、いいねー。じゃ、行こうぜクレアちゃん!」
「じゃあな、アル。【森番】らしく身の程をわきまえて、森にすっこんでな」
「ま、待て……」
立ち上がって追いかけようとしたけど、痛みで足腰が立たない。馴れ馴れしくクレアの肩に手を回したダリオ。俺は離れていく3人の後ろ姿を、這いつくばって睨むことしかできない。
「君たち、何をしてるんだ」
そこに現れたのは栗毛の馬の背に跨った騎士。白銀の鎧に身を包み、ダークブラウンの長髪を馬の尻尾のように束ねた男だった。
「げっ……ギルバード、様!!」
「お、俺たちは何も……」
とたんに二人はオロオロしだした。それはそうだ。相手は【騎士】の加護を持つ次期領主、ギルバード・ウェイクリングだ。
「そうか? クレア嬢を無理に連れて行こうとしていたようだったが……私の勘違いだったかな?」
「そ、そんな……めっそうもない……」
「お、俺たちは酒場にでも繰り出そうとしてただけなんすよ……」
「ほう? クレア嬢は嫌がっているように見えたが?」
「い、いや! め、飯でも奢ってやろうとしてたんですよ! な、なあ?」
「そ、そうなんすよ! 賞金首ハントで良い魔石が手に入ったもんで……」
「賞金首ハントか。ご苦労だったな。だが、もうそろそろ夕刻だ。クレア嬢は私が責任もって送っていく。酒場には君たち二人で行きたまえ」
「は、はい」
ギルバードが、あっという間に場を収めてしまう。はぁ……。【森番】の俺なんかとは役者が違うな。
「ギルバード様! この二人は私を無理やり連れて行こうとして……止めに入ったアル兄さまに暴力をふるったんです!」
「て、てめっ! クレア!」
「ちょっ、ち、違うんです、ギルバード様! これには訳があって……」
慌てふためくチンピラ二人。それに対しギルバードは深くため息をついた。
「君たち、そう虐めないでやってくれないか」
「ももも、申し訳ありません」
「もういい。行きたまえ」
「はいっ!」
チンピラ二人は脱兎のごとく走り去っていく。何にせよクレアを連れて行かれずに済んだのは助かった。
「助かったよ、ギルバード。ありがとう。おかげでクレアを連れて行かれずに済んだよ」
そう礼を言うも、ギルバードは冷たい眼で俺を馬上から見下ろした。
「ギルバード様、だ。不敬だろう」
「……すまない。ギルバード様」
「フン……余計な騒ぎを起こすなアルフレッド。またウェイクリングの家名に泥を塗るつもりか」
「ああ……。迷惑をかけたな」
言い方には腹も立つが、俺は文句を言えるような立場には無い。
「ギルバード様……アル兄さまにそのような言い方は……」
クレアが悲しげな表情を浮かべる。
「クレア嬢。あなたはアリンガム商会の令嬢なのだ。付き人もつけずに出歩くのは控えるべきではではないか? それに付き合う相手も選ぶべきだ」
「そんな……」
「貴方の一挙手一投足は耳目を集めるのだ。お父上の立場にも気遣いたまえ」
「父様の……」
「ふう……クレア嬢、送っていく。乗りたまえ」
そう言ってギルバードは鐙を空けて、クレアに手を差し伸べる。クレアは申し訳なさそうな表情で俺を見た。
しょうがないさ。領主であるウェイクリング伯爵家の次期当主が、家に送ると言ってくれているんだ。それに騎士であるギルバードなら、俺と違って安心だ……。
「俺のことは気にするな、クレア。大した怪我じゃない」
「アル兄さま。……助けてくれて嬉しかったですわ」
「クレアを助けたのは俺じゃない。ギルバード様さ」
俺はそう言ってギルバードを見上げる。
「迷惑をかけてすまなかったな。クレアを頼んだ」
「……言われるまでも無い。いいかアルフレッド。余計な面倒をかけるな」
「……わかった。用が済んだら、すぐに森に帰るさ」
「フンッ……」
「ごめんなさい、アル兄さま! どうかくれぐれもお気を付けて! また会いにうかがいますわ!」
ギルバードとクレアが去っていく。俺は肩を落として安宿に向かった。
この町にいてもろくなことはない。明日の朝には、とっとと森に向かおう。始まりの森……俺の人生の牢獄に。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、俺は護衛の兵士に付き添われ森に戻ってきた。俺だけでは町から森に一人で向かうこともできない。最弱の魔物ホーンラビットにさえ歯が立たないからだ。弱い魔物しか出ないこの森であっても、あっという間に食い殺されてしまうだろう。
「聖域に着いたぞ。ここからはひとりで行けるな」
「ああ。送ってくれてありがとう。助かったよ、エドガー」
「気にするな。日曜学校でイジメから何度も助けてくれた恩があるからな。仕事でなくても助けになるさ」
「そんな昔の事は忘れてくれよ。俺にはもう誰かを助けるどころか厄介になることしかできないんだからさ」
「……本当に……なんで神龍様はアルに【騎士】の加護を与えなかったんだろうな……。お前ほど優秀なヤツはいなかったのに……」
「ありがとう。でも、しょうがないさ。すべては天の配剤だからな……」
「……でも、お前の様に公平な男なら……いや、すまない。詮無いことを言ってしまったな。もう町に戻るよ。早く帰らないと日が暮れちまう」
「ああ。気をつけてな。ありがとう」
護衛をしてくれた幼いころからの知り合いでもある兵士エドガーが帰っていく。
「……とりあえず転移陣に行っておくかな」
今日は町に行っている間に放置した転移陣の掃除だけでもやっておこう。俺は聖域の中心へと足を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
始まりの森。王国の辺境、ウェイクリング伯爵領の城下町チェスターから10キロほど南に位置する森だ。なぜ『始まりの森』なんて名で呼ばれているのかは誰も知らない。いつからそう呼ばれているかもわからない。
その森の奥深くには魔物が寄りつかない聖域があり、その中心に転移陣がある。転移陣とは、その名の通り世界各地に一瞬で転移する事ができる魔法陣だ。
俺は、そんな森の奥深くにたった一人で5年ほど暮らしている。転移陣の維持管理を担う、森番になってしまったからだ。
転移陣の維持管理といっても特別なことをするわけではない。野ざらしになっている転移陣に土埃や枯葉が積もらないように掃除をするぐらいだ。あとは周囲の植物を適当に剪定して、転移陣が使えるように整えておけばいい。
到着した俺は、たまった落ち葉を掃いていく。転移陣は一辺7,8メートルぐらいの正方形の舞台に描かれている。それほど広いわけではないので、丁寧に掃除をしても数分あれば終わってしまう。
「ふう……なんだか疲れたな」
町に行って気疲れしてしまった。こんな時は早く休んでしまうに限る。まだ少し早いけど、もう小屋に戻ろう。
そう思い小屋に足を向けたところで、描かれた転移陣が淡く輝きだした。
「転移か……こんな遅い時間に……」
ここから城下町チェスターまでは徒歩で半日はかかる。この時間だと、転移してきた人が町に着く前には日が落ちてしまうだろう。
日が落ちると魔物の活動が活発になる。兵士や冒険者だけならいいけど、少人数の商人とかなら夜の移動は避けた方がいい。
「めんどうだな……」
転移してきた人を小屋に泊めることになるかもしれない。そう思い溜め息をついた。そんな中、転移陣は少しずつ輝きを強め、だんだんと直視出来ないほどになっていく。
「ん……なんか、おかしいな」
普段はこんなにも強く転移陣が輝くことは無い。淡い光が転移陣に行き渡ったあとに、雷が落ちるときのようにピカッと光って、次の瞬間には転移してきた人が現れている。
「なんだってんだ……この光は……」
とても目を開けていられない。辺りが真っ白な光につつまれていく。
周囲の樹も、舞台の四隅に立つ円錐状の柱も、敷き詰められた石床も照らされた光で色を失う。全てが白に包まれ、何も見えなくなった。
そんな光が数十秒は辺りを照らしていただろうか。激しい光の氾濫は唐突におさまり、俺はおそるおそる目を開けた。
眩しさでぼやけた視界が少しずつ元に戻る。辺りの光景を見渡せるようになると、転移陣の上に人影が見えた。
なんだったんだ、あの光は。俺はそう思いながらも、人影に向かってお決まりのセリフで呼びかけた。
「ようこそ、始まりの森へ」
そこにいたのは、一風変わった衣服を纏った少女だった。
2023.11.05
おかげさまで完結しました。
かなり長い物語ですが、最後までご覧いただけますと幸いです。