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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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セラフィマ・ゲネラロフ 8

和物ホラー設定において、日本人形が出てくるだけで怖いと思うのですが、更に怖くならないか? と思って考えた結果。

この話のようになりました。

日本人形は、まだまだ出てくる予定です。



 引き戸を開けたセラフィマは、溢れ出た光の眩さにきつく目を閉じてしまった。

 適当な時間を置いてから目を開けてみれば、そこに広がる光景にしばし絶句する。


『……ここは……宝物が収められた部屋、じゃのぅ……しかし……素晴らしい……』


 セラフィマは至福の吐息をついた。

 最後の部屋は黄金で作られた部屋だったのだ。

 引き戸だけが他の部屋と変わらなかったが、それ以外は全て黄金だった。

 壁も天井も置かれた宝物全てがまばゆく輝いている。


『手に取るくらいなら、大丈夫であろう? 妾の物にする訳ではないからのぅ』


 誰も聞いていないと知っているはずなのに反射的な言い訳をしながら、鞘に繊細な透かしの細工が施されている黄金尽くしの剣を手に取る。

 静かに鞘を抜き取れば、変わった形のやいばまでもが金色をしていた。


『黄金では何も切れぬだろう。恐らく儀式用の剣じゃな』


 殺傷能力がある剣ならヴァルヴァラの護身用に渡しても良いと思ったのだが、儀式用では渡さない方が無難だろう。

 ヴァルヴァラは人が殺せない剣を、意味なき剣だと唾棄して、どれほど著名な物であれど毛嫌いしているからだ。

 

『しかしここまで妾が魅了されるとなれば、人ではないモノが切れる剣……とも考えられようなぁ』


 儀式用の剣が美しいだけでなく実用的な意味を持っている例もないではない。

 ただ、大変希少なだけだ。

 そんな剣だとしたらヴァルヴァラも喜ぶだろう。

 彼女は武器狂いの面も持っている。

 今までの事故も許して貰えるかもしれない。


『や、駄目だ! 駄目だ!』


 セラフィマは湧き上がる欲を押し込めながら剣を鞘に収め直した。

 

 恨みを煮詰めたように凄絶な憎悪の眼を思い出したからだ。

 ヴァルヴァラは執念深い。

 井戸から出たら即座にとは言わずとも、この村でセラフィマが役に立たないと解った時点で残酷極まりない方法で殺すだろう。

 自分を殺してしまえる得物を渡してどうする。


『やはり思考が乱されているようじゃなぁ……』


 慎重に行動しているつもりなのに、致命的な失敗を犯そうとしてしまう。

 ヴァルヴァラに対しては、必要最低限の接触に止めていた方がいいだろう。


『薬と食事は必要だろうが、ヴァルヴァラ様の希望を聞ける耳が封じられておるからのぅ』


 そう言えばセラフィマは、己の耳の話もしていない。

 弱点を晒す危険は避けたいと、無意識に思っていたのだろう。

 

『まぁ……今後も伝える必要は、ないか……のぅ?』


 黄金だけではなく巨大な宝石までついたティアラを前に、セラフィマは耐えきれなくなって己の頭に載せる。

 ヴォルトゥニュ帝国での販売価格で考えたら幾らになるだろう。

 伯爵辺りまでなら、一生不自由せずに暮らせそうな金額になるに違いない。


『おぉ! これは、ティアラと揃いの装身具じゃな!』


 繊細な黄金の細工と使われている宝石の種類が同じだった。

 セラフィマはいそいそと揃いのネックレス、イヤリング、ブローチ、アンクレット、腕輪、指輪を身につけてゆく。

 

『これは……どう使うのじゃ……む? 額飾りか!』

 

 かぶっていたティアラを取り外せば両端に額飾りを付ける金具がある。

 丁寧に付けたセラフィマは、再びティアラを頭へ載せた。

 額へあたる大ぶりな宝石が冷ややかに気持ち良い。


『しかし……この部屋には、姿見がないのじゃな?』


 本来の宝物庫には姿見は勿論、手鏡などが必ず置いてあるのだが、この部屋には一つも見当たらなかったのだ。

 セラフィマは宝飾品で美しく着飾った己の姿を見たい欲求が、どうしても抑えきれなかった。


『奪うのではないのじゃ、衣装部屋の、あの大きい姿見に、自分の姿を映すだけじゃ! すぐ、すぐに戻ってくるからの!』


 セラフィマは引き戸に手をかけて軽い足取りで部屋を出ようとした。

 一歩だけ、出られた気もする。


『っ!』


 足首を何者かに掴まれて、びたんと転んでしまった。

 痛みに呻きながら起き上がろうとするも、足首を掴む何者かがそれを許さない。


『ひぃいいいいいいい!』


 黄金張りのよく滑る床をセラフィマは引き摺られた。

 置かれた宝物に全身をぶつけて、身につけた宝飾品が剥ぎ取られてゆく。

 床に転がった宝飾品は、セラフィマの目の前で浮き上がると、収められていた箱の中へと戻っていった。


 大きく見開いたままの瞳に、引き戸が閉める様子が映り込む。

 足首から拘束の感覚が消えた。

 四つん這いになってから座り込んで足首を撫でる。

 黒く長い糸のような物が足首に絡んでいたので、取り外す。

 外している内に、気が付いた。

 隣の部屋に引きずれ込まれたのだと。

 そして。

 隣の部屋は、×印がつけられていた部屋なのだと。


『なんじゃ! なんじゃ! これはっ!』


 天井には縄が張られており、縄からは無数の札が吊り下げられている。

 札は風もないのにそれぞれが勝手な方向に大きく揺れていた。

 部屋の四隅には明かりが灯っており、明かりの火もまた札と同じように揺らめいている。


『なっ! 先刻、外したではないか!』


 部屋の様子を伺っていると足首に違和感を覚えるので指を伸ばせば、先程外したはずの黒く長い糸が絡みついている。

 ただ先程とは違う点があった。

 部屋の中央に置かれた、札が余すところなく貼られた箱の隙間から、糸が伸びているところだ。


『気持ち悪いんじゃ!』


 今度はぶちりと引き千切る。


『ふ! ぎゃああああ!』


 鼻を鳴らす間もなく、箱の中から糸が今度は縄のような太さで伸びてきて、セラフィマの足首を拘束した。


『だからっ! 気持ち悪いと、言って、おるじゃろ!』


 今度は引き千切ることも、取り外すことも叶わない。

 セラフィマは躍起になって糸に爪を立てながら、刃物はないか部屋の隅々まで目を凝らす。


 痛いわ……痛いわ……どうして、そんな酷いことをするの?


 不意に、声が聞こえた。

 聞こえないはずの耳に届いたのは、女児の愛らしい声音だった。


『思念、ではないのか?』


 セラフィマは耳を澄ます。


 悪いのは、貴女なのに。

 宝物を盗もうとした貴女なのに。

 酷いわ。

 痛いわ。


 やはり聞こえる。

 女児の声にしか聞こえない。

 聞こえないのだが……セラフィマの封じられた耳に聞こえる以上それは、人の声ではないのだ。


『盗もうとした訳ではないわ! あの部屋に姿見がないのが悪いのじゃろう? 着飾った姿を見たいと思うのは女の業じゃ! それとも女児には解らぬのか? 解らぬのだろうなぁ?』


 誰が聞いても幼子を苛めている己の言葉に、セラフィマは愕然とする。

 思考がそのまま声になってしまったようだ。


 嘘吐き。

 貴女は嘘吐きね?

 着飾った姿を見たい気持ちは、私も解るわよ。

 だって、私。

 貴女より、ずううううううううううううううううと。

 気高く美しいから。


『何を言っておるのじゃ? 幼女が妾より美しいなど有り得ぬ!』


 それなら見るといいわ。

 私が、どれほどに。

 美しいかをね!


 次の瞬間、目の前の箱が炎に包まれる。 

 セラフィマが初めて見る紫色をした美しい炎だった。

 不思議な事に炎が燃やすのは、箱に貼られていた札のみ。

 現れた箱は、目の覚めるような美しい深紅。

 鍵穴も扉も見受けられなかった。

 なのに。

 扉が開いた。

 箱の一面が開いた、と表現するのが正しいだろうか。


 箱の大きさは小さい。

 背が高い方ではないセラフィマの膝丈しかない。

 その、小さな箱の中から女児が現れた。

 整っている容姿の中で、女児の髪の毛が一部浮き上がっているのに違和感を覚えれば、セラフィマの足首に繋がっていたのだ。

 黒い糸と思い込んでいた物は、どうやら女児の髪の毛だったらしい。


『ド、ドール?』


 セラフィマに向かってとことこと歩いてくる生き物を人形ドールだと思ったのは、ヴォルトゥニュ帝国にも存在したアンティークドールに似ていたからだ。

 美しい衣装と、動かない表情が。


 人形では、ないわ。


『あっ! あっ!』


 セラフィマは失禁していた。

 足下まで歩いてきた人形の身体が、一瞬で大きくなったからだ。

 

 無様ね、貴女。


 大きくなったそれは、確かに美しかった。

 セラフィマが失禁するほどに、禍々しくも美しかった。

 人外の美貌だと認識した瞬間に、セラフィマの視界は暗転した。



ちなみに昔アンティークドールが欲しくて仕方なかった頃、実母がテレビの通販で購入しプレゼントしてくれたのですが、顔が好みじゃなかったのです!

自分で選びたかったなぁと思いつつ、今はあちこち覗いてみても好みの子がいないので、そこまで欲しくはないという。

定期的にスイッチが入って、可愛い子はいねがーと捜すんですけどね。


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