セラフィマ・ゲネラロフ 6
今更なのですが、異世界転移ではなくホラー特化のタグにした方がいいのか思案中……。
まだ提出できていないけど、ホラー企画用の作品ですしね。
提出する時に変えようか、セラフィマの話が終わったところで変えようか、今変えようか迷っています。
「寝る前に薬を探した方が良いじゃろうか……」
手の甲は角度によって痛みを覚える状態だ。
僅かな時間躊躇してヴァルヴァラについては明日の朝考えることにして、今は自分の環境改善を優先する。
ティーポットの中に入った茶を飲み干しながら、セラフィマは鎮痛剤を探そうと決めた。
常時痛いのではないのだが、だからこそ勘に障って仕方ないのだ。
「×印の部屋を挟んだ両方の部屋を探して……なかったら、諦めて明日にするとしよう」
セラフィマは膳の横に置かれていたクロスで口元を拭い席を立つ。
ふと、誰が片付けをするのか見たい衝動に駆られたが、背中を冷たい掌で優しく撫でられた感覚がして止める。
「せめて気配察知の魔法だけでも使えればいいのじゃがのう」
勘は悪い方ではなかったはずなのだが、この村もしくは屋敷内では本来の力を発揮できていない気がした。
魔法だけでなく、セラフィマの持つあらゆるモノが思うとおりに使いこなせていないのだ。
「妾の最大の利点は、妾の力を掌握し、完璧な制御の元で使いこなせるというところにあるのじゃがなぁ……」
神の加護もなしに、それらを成していた自分は天才以外の何者でもないはず。
マルティンは理解できなかったが、セラフィマほど大国に相応しい正妃はいなかったというのに、こんな訳のわからぬ場所に飛ばされてしまった。
「今、考えるべきは、それ、ではない、はずじゃ。切り替えねば……」
気持ちの切り替えには酒が欲しいところだが、食料の収納庫はまだ見つかっていない。
「ああ、寝酒も一緒に探すとしようかのぅ」
向こうでは毎日違う最高級の酒を必ず一杯飲んでから眠りについていた。
異界へ来たからといっても、いきなりそれまでの生活環境を変えるのは難しい。
なるべく近しい形で実現していかないと精神にも負荷がかかって、混乱や幻覚症状が酷くなってしまいそうだ。
腰を上げたセラフィマは食事の間を抜けると、水屋の奥にあった引き戸を開ける。
「おぉ!」
部屋の中に入った途端、独特の薬草臭が鼻をついた。
よく隣の部屋にまで匂いが漏れなかったものだ。
それほどに凄まじい匂いだった。
慣れぬ者には厳しいだろう。
セラフィマは薬草には慣れていたから問題なかった。
薬草の中に、毒草も含まれるからだ。
むしろそちらに、セラフィマは滅法強かった。
「しかし……随分と違うようじゃなぁ……」
天井から乾燥させる為にだろう、ぶら下がっている物は、セラフィマが知る薬草に似た草や花だ。
しかし、床に置かれた籠や箱の中に溢れるほど入っているのは、石や木の根っこ、枝、皮、種子、キノコなど薬と思えない物が多い。
セラフィマが知る薬と言えば、草と花を中心として薬を作るハーブ薬学と呼ばれるものなので、違う系列の薬なのかもしれないが。
民間療法と呼ばれる物の中には、乾燥したキノコを使う方法があった気もする。
「これだけ色々な素材を使うとするならば……薬学が進んでおるのかもしれぬなぁ」
壁の一面は薬に関するのだろう書物が隙間なく収まった書棚になっており、違う一面は小さな引き出しが数えきれぬ程ついている薬棚になっていた。
テーブルの上には、薬剤の加工に使うらしい機材が雑多に置かれている。
ことん、と音がするので、音のした方向に目を向ければ、テーブルに置かれたトレイの上に小瓶が一つ載っていた。
セラフィマが幻影に囚われていないのであれば、音がするまで小瓶はなかったはずなのだ。
「これが妾の求める鎮痛剤ということか?」
返事は当然ない。
だが今の所、こうしてセラフィマに向けられて出された物は、全てセラフィマを満足もしくは納得させていた。
飲まない、という手はない。
「……ふむ。香りは良いな」
小瓶の蓋を開けて、匂いを嗅ぐ。
ガーデニアにとてもよく似た、全身が蕩けるような甘さの香りだ。
高級菓子に使われている香料にも感じられる。
何にせよ、香りだけなら全く抵抗がない。
「おぉ! 甘い!」
舌先に極々少量を載せた。
香りに負けぬ甘さだった。
名も知らぬ国とも呼べぬ小国から貢ぎ物として受け取った、濃厚な糖蜜の味に近い。
「……うむ。美味じゃ! 毎日でも飲みたいのぅ!」
小瓶を大きく傾け中身を空にして、蕩けるような香りと甘みに目を潤ませたセラフィマは、痛んでいた手に様々な角度で負荷を与えてみた。
痛みは全く感じなかった。
「即効性か! 素晴らしいのぅ! ぜひとも処方を知りたいものじゃ!」
セラフィマは鼻息も荒く小瓶の中身を啜った。
一滴たりとも残したくない素晴らしい味なのだ。
「同じ香りの物があれば、よく眠れそうじゃが……」
鼻をひくつかせても濃厚な香りは、小瓶の中からしかしなかった。
薬棚の中にもしかしたら素材が収納されているかもしれないが、全ての引き出しを開けて確認する気力が今のセラフィマにはなかった。
「……ヴァルヴァラ様への薬は……あるかのぅ?」
あれほどの火傷に効く薬があるとは思えないが一応呟いてみる。
何より鎮痛剤として、先程飲んだ物が現れるかもしれないと考えたのだ。
わざとトレイから視線をずらして、もう一度トレイの上を凝視すると。
「塗り薬と……先程の、鎮痛剤と同じ物じゃな!」
鎮痛剤が現れたのに小躍りする。
痛みで気絶しているはずのヴァルヴァラに鎮痛剤は必要ないだろう。
今は外もすっかり暗くなっている。
明日明るくなってから、塗り薬だけ井戸の中に落とせば十分なはずだ。
「うむうむ! 今宵はこれで十分であろう! さぁ、寝室へ向かうとするか!」
塗り薬の入った容器と鎮痛剤の入った小瓶を握り締めたセラフィマは、寝具の置いてあった部屋へと向かう。
「誰ぞか知らぬが……良い仕事をするのぅ」
寝具は床に敷かれていた。
何枚もの分厚いマットが敷かれており、低いベッドのような造りになっていたので、床に直接敷かれているのも気にならない。
掛け布団は触れたは肌に優しく掌が沈み込むやわらかさだ。
枕は掛け布団の柔らかさはないが、頭を優しく保護して健やかな眠りに誘ってくれそうな絶妙な硬さを保っている。
想像していたようにカビ臭さなど全くなくなっていた。
一番の変化は、床が薄い緑色に変化しており、鼻に優しい草の良い香りが部屋に充満している点だろう。
「これは……おぉ! 寝間着ではないか!」
枕元に畳まれて置かれていた衣装を広げてみれば、ガウンのようにヒモで縛る作りの寝間着らしかった。
衣装部屋の物とは違うようだ。
生地は薄く肌に良く馴染んだ。
靴を脱いだセラフィマは、いそいそと掛け布団を捲り上げる。
マットレスは背中に心地良い反発を与えてくれた。
「寝る前に……これを飲まんとな! 酒の代わりじゃ!」
鎮痛剤の小瓶を開けて一息に飲み干す。
蕩けるような甘さが全身を支配していった。
「明日は、まず、何からすべき……じゃろう……なぁ……」
思考は間を置かずして霧散し、強い睡魔に襲われる。
抵抗する気もなくセラフィマは、未だ曾て経験した事のないような深い眠りへと落ちていった。
ゆっくりと目を開き、身体を起こす。
昨日とは違い、驚くほど身体が軽やかになっている。
『誰ぞ、水を持て!』
と言った所で、人が来る気配はない。
ただ、昨晩にはなかった部屋の片隅に、水差しとカップが置かれているのが目に止まった。
『靴はどこじゃ?』
マットレスの下に脱ぎ捨てた靴がない。
ただ、靴が置かれていた場所に、底の薄いルームシューズと思わしき物があった。
『なるほど、草の床を傷付けそうな靴でない物を使えということなのじゃな?』
セラフィマはルームシューズに足を入れて伸びをする。
大きく欠伸をしながら水差しの水をコップに注いで飲み干した。
氷も入っていないのに、魔法で冷やしたかのような冷たさが保たれている。
不思議だ。
『顔を洗って……朝食を食べて……行きたくないが、薬を渡しに……』
ぶつぶつとやるべき事を羅列しながら引き戸を開ける。
『ひぃっ!』
寝ぼけてしまったのだろうか。
何時の間にか池が見える廊下に立っていた。
『ひぃいいいい!』
しかも廊下では巨魚が、早く水の中に戻せとばかりに、激しく身体をくねらせて暴れていたのだ。
『妾の力では無理じゃ! 頑張って自力で戻るのじゃぞ!』
人の目と目線が合うのを畏れて顔を背けつつ、足早に食事の間へと向かった。
『……あ? ああああああああ?』
そこで、ふと、思い当たった現実に大声を上げる。
しかし、上げたはずの絶叫は、セラフィマの耳に届かなかった。
巨魚があれだけ激しくのたうっているにもかかわらず、その音が聞こえなかったのに、気が付いてしまったのだ。
続けて起床してからの独り言も、全て思考として認識できていたのだと。
呪われた村で一晩を明かしたセラフィマの耳は、何も、聞こえなくなっていた。
掛け布団と同表現したらいいのか散々迷って結果。
そうだ、掛け布団と書いてデュウェイとルビをふれば良いんだ! と開眼。
ありがとう、ルビ!
飲み会には行けそうですが、帰宅できるかどうか心配になってきた……。