セラフィマ・ゲネラロフ 4
暑さで消耗した身体が復活しなくて困ります。
毎日更新はストックの減りが異様なのです。
また出かける予定があるので、追い込まないといけないのですが……。
よくある日本のホラー的びっくり描写がそこかしこにありますので、ご注意下さい。
「どのみち情報が足りぬな……調べれば妾の推測が正しかったと証明できるやもしれぬ。妾達より前に来た者が何か残している可能性も決して低くないはずじゃ」
ここは罪人が送り込まれる村。
セラフィマ達が初めてでもないのだろう。
なるべく長く苦しむようにと、すぐ死ぬ設定で造られてはいまい。
「そうなると、村や屋敷の見取り図、滞在した者の手記などを探すとしようかの。ここで生活するのなら、衣食住が足りるかどうかも調査せねばなるまいな」
酷い火傷を負ってしまったヴァルヴァラの手当に使えるような薬も探すべきだろう。
手の甲の痛みを緩和できる鎮痛剤なども欲しい。
魔法が使えないのは想像を絶する不便さだった。
「死んだかどうか確認できていない以上、そう、すべきじゃろうよ……」
生きていたとしても、重度の火傷を負ったヴァルヴァラを井戸から助け出す手段はない。
常のセラフィマだったら、迷いもせずに放置して死ぬに任せるが、現状人手は欲しいのだ。
最低でも敵が現れた場合の、囮として使える。
生かせるならば生かした方が良い。
「……とにかく、移動じゃな」
警戒を怠らないままに、セラフィマが目覚めた部屋へ足を運ぶ。
「も! もう、驚かぬぞ!」
セラフィマが壊してしまった引き戸は元通りになっている。
踏めば足が沈み込むような腐った草の床も、すっかり頑丈なものになっていた。
そっと引き戸を開ければ、中の寝具は先程見た時よりも格段に綺麗な状態へと変化を遂げている。
多少残っているカビ臭さを我慢すれば、寝具として十分に使えるだろう。
柔らかな感触は高級寝具すら思わせた。
「ここは……衣装部屋か? ……」
隣接する引き戸を開ければ、まず衣装を収納していると思わしき家具や床と同じ素材で作られた大きな箱が幾つも重ねて置かれているのに気が付く。
鏡が剥き出しになっている化粧台らしき家具もあった。
部屋の中央には、精緻な刺繍が施された豪奢な衣装が幾つも飾られている。
点検中か虫干し中といったところだろうか?
「素晴らしい技術じゃなぁ……」
漆黒の布に花々をモチーフにした刺繍が所狭しと縫われている。
緻密な刺繍はセラフィマが初めて見る技術の粋を集めた物だ。
「ふむ……」
化粧台の上に、冊子が開いた状態で置かれていた。
飾られている衣装を着た女性の姿が描かれている。
愁いを帯びた、とても美しい女性だった。
「……ふふふ。じゃが、妾には勝てまい!」
衣装を手にすると肩から羽織る。
かなり重い生地だった。
セラフィマの身長よりも遙かに長い裾が、床に広がる。
鏡に映るセラフィマの姿は、冊子の女性より遙かに美しいと自負しながら、きらきらときらめく素材で作られた小さいが豪奢な箱を開く。
鍵穴はあったが、鍵はかかっていなかった。
「ほぅ」
中には装身具が一つ入っていた。
宝石箱だったようだ。
羽織った衣装の絵の中にあった花をそのまま立体化させた頭に飾るらしい装飾品は、全て黄金で作られているようだ。
「まさしく、妾が付けるに相応しい物じゃな!」
冊子を参考にしながら、セラフィマは頭に装身具を付ける。
ティアラに似た装身具は、ティアラよりも重い。
「豪奢な物は重いのが定番じゃから仕方ないとはいえ……長時間付けてはいられぬなぁ」
首を振って鏡を覗き込む。
装身具を調整しようと、髪に手を伸ばした。
「ぬ?」
ぬるりと濡れた感触がした。
装身具を磨く油でも残っていたのだろうか。
額に皺を寄せながら掌を見て、絶叫した。
掌に滴るほどの鮮血がついていたのだ。
「ぎゃあああああ!」
鏡の中に映るセラフィマの全身は何時の間にか血に塗れていた。
黒地だったはずの生地が深紅に染まっていたのだ。
豪奢に輝いていた金色の花々も、色が抜け落ちて真っ白になっている。
その純白の花々も、滴り落ちる鮮血にだんだんと浸食されていった。
「ティアラかっ! それとも衣装なのかっ!」
セラフィマは羽織っていた衣装を脱ぎ捨てて、ティアラを鏡に向かって放り投げる。
鏡はかしゃんと音と立てて割れ、血みどろの衣装は床の上を滑って壁の下に落ち着いた。
「! 一体どんな呪いなのじゃ!」
勢いよく新しい引き戸を開けて、その中に転がり込む。
ちーんと、金属に何かが当たったような音がするので、セラフィマは心を落ち着ける間もなく、周囲を伺った。
部屋の一面を使って大きな祭壇が設けられていた。
祭壇の両脇には、炎が中に入っている紙細工らしき照明具が置かれている。
風もないのに炎が激しく揺れていた。
祭壇の中には、何やら文字が書かれた黒い置物が幾つもある。
黄金の祭具も何種類か見受けられた。
掌ほどの箱の中には灰が詰まっており、棒が二本突き立てられて、小さな煙が登っている。
煙からは高価な香木を燃やしたような香りが漂ってきた。
祭壇の下に置かれたテーブルに生けられている生花は白一色。
花瓶は漆黒。
供物らしき食べ物も籠に盛られて添えられていた。
「見たことない……果物? じゃな!」
咄嗟に手を出しかけて、大きく首を振る。
衣装や装飾品に手を出して、酷い目に遭ったのだ。
祭壇に飾られている物に触れて、何もないはずがないだろう。
漂う馨しい香りに気持ちも落ち着いてきた。
案の定、セラフィマの全身を汚していたはずの血の跡は何処にも見受けられない。
衣装部屋の引き戸を開ければきっと、セラフィマが手を付ける前と同じ状態に戻っているに違いなかった。
「書物を見つけたら、あの良い匂いがしていた鍋のかかっていた部屋へ戻って、一服したいものじゃな……」
魔法があれば念入りに調べたい祭壇の間だったが、抵抗手段がない現状ではそれも難しい。
経験上、祭壇の間には様々な秘密が隠されていることが多いからだ。
セラフィマは溜息をつきつつも、引き戸を開ける。
今度は部屋ではなく廊下と庭があった。
廊下の突き当たりにも部屋があるので、そちらへ向かおうとする。
「ひっ!」
池の方でばしゃんと大きく水の跳ねた音がしたので、飛び上がってしまった。
魚でもいるのだろうか。
足早に廊下を歩く。
ぱたぱたぱたと自分の足音が響くのにも怯えながら、どうにか部屋の前に辿り着く。
貯蔵庫のような造りの離れだ。
鍵がかかっていたので、鍵束を取り出す。
特殊な錠前と察して、鍵の形が複雑な物を選ぶ。
一本目で鍵が開く音が聞こえた。
ばしゃん! と、また大きな音がしたので池の方を振り返る。
池の大きさはさして広いものではない。
しかし池の上、金色の鱗を輝かせながら躍り上がった巨大な魚は、どう軽く見積もってもセラフィマの3倍以上の丈があったのだ。
池に収まりきれる大きさではない。
更に驚くべき事に、その魚は、人の顔を持っていた。
再び池へ落ちる寸前、にや、と笑われる。
貯蔵庫の骨董達が見せたものとまるで同じ、歪んだ微笑みだった。
「害がないと言っても! これだけ驚かされるのは、十分害ではないのか!」
ふーふーと鼻息も荒く錠前を外して、部屋の中に入る。
王妃としても側室としても勤勉だったと自負しているセラフィマには嗅ぎ慣れた匂いに、思わず安堵の溜息をついた。
離れは書庫だったのだ。
入り口のすぐ側に置かれた明かりは、蝋燭を紙の囲いで覆った簡素な物だった。
蝋燭はおろし立てのように新しい。
セラフィマは明かりを手に取ると、薄暗い書庫の中を目的の物を求めて丹念に探してゆく。
「おぉ! 屋敷と村の見取り図ではないか!」
手に取る本手に取る本、読める文字では書かれていなかった。
冊子の中に描かれていた絵ですら、理解不能のものばかり。
唇を噛み締めながら辛抱強く一棚を探し終えて、次の棚に移ろうとした時。
棚の裏側に人一人が座れる椅子とそれに見合った小さなテーブルを見つけたのだ。
テーブルには二種類の紙が置いてあった。
手に取ってみれば、屋敷と村の見取り図だったのだ。
テンプレとか鉄板のネタをなるべく盛り込もうと思ってはいるのですが、自分が鉄板と思っているネタが、実は珍しいネタだったりするのが困ります。
後はアレですね、ホラー好きの方しか解らない、お約束に頼ってしまうのも。
毎回囁いて恐縮ですが、雰囲気重視&独自設定を合い言葉に、ゆるく読んでいただけたら嬉しいです。