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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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セラフィマ・ゲネラロフ 3

グロ描写有なのでご注意下さい。

現実では有り得ない描写が多々でてきますが、ホラー的雰囲気重視&異世界仕様ということで、独自設定とご理解下さいませ。




「うぬ? まだ誰かおるのか? そういえば同じ場所へ転移された者が、他にもおったようなはずじゃったが……」


 何故か記憶に霞がかかっているようで思い出せない。

 敵の可能性もあるので、ヴァルヴァラが井戸から脱出した後で確認しても遅くはないだろう。


「ゲネラロフ殿! すまぬが井戸が狭くて上手く投げられぬ。井戸の上に腕を突き出して貰えぬだろうか? そこに重しの石をつけた縄を絡めたい!」


「……石が妾を傷付けぬように頼むぞ」


「心得た!」


 セラフィマは不安を抱きつつも井戸の上へ腕を差し出す。


「ぐっ!」


 危惧していたとおり、腕にぐるぐると回った縄の先に取り付けられた拳大程の石が勢いよく手の甲に当たった。


「痛ぅ!」


 もしかしたらひびがはいったかもしれない。

 手の甲に激痛が走った。


「す! すまぬ! 気をつけたつもりだったが、大丈夫か!」


 馬鹿力のヴァルヴァラでは仕方ないと思いつつ、聞こえないように舌打ちをする。


「っち! ……骨折などはしておらぬようだ。打撲だろうの。冷やせば落ち着くじゃろうて」


「すまなかった! 十分に注意したつもりだったが、貴婦人は想像以上に繊細であったようだ。打撲などの治癒は任せていただきたい」


 乱雑に扱われて悪化する予測もできたが、さすがにそれはないだろうかと、不信感を拭いきれないままに、それでも声を張り上げる。


「こういった状況では致し方ないことじゃ。水場は見つけてあるので、そこで傷を癒やしながらヴァルヴァラ様も喉を癒やされるが良かろう」


「かたじけない!」


 ずるずると縄を腕に巻き付けたまま移動する。

 結ぶ予定の木まではまだかなりの距離があるというのに、縄が張ってしまった。


「……どうやら縄の長さが足りぬようじゃのぅ。妾では上手く結べぬ。もう少し縄を継ぎ足して欲しいのじゃ!」


 セラフィマは井戸へ戻って残りの縄も落とす。

 空中で受け取ったヴァルヴァラは、手早く縄を固く結び長さを伸ばしてゆく。

 全ての縄を繋ぎ合わせれば、木に回して括り付けても十分に余裕のある長さとなった。


「ふむ……これで問題ないじゃろう」


 自ら木に縄を括り付けるなど下々のやる作業にしか過ぎないが、記憶力の良いセラフィマは幾度となく人を括らせる作業を目にしていたので、そつなく縛り付けられた。

 念の為にセラフィマの限界の力で縄を引っ張って、括り具合を見極める。

 ほどけてしまう心配はなさそうだった。


「よし! ヴァルヴァラ様! 登ってくるが良かろう!」


「おぉ! ありがたい! いざ! 登ろうぞ!」


 掛け声と同時に縄が井戸と木の間でぴしっと張り詰めた。

 木も軋まず、見る限り縄の綻びも伺えない。

 セラフィマは固唾を吞んでヴァルヴァラが井戸から登ってくる様子を見守った。

 ようやっとヴァルヴァラの手が井戸から見えた次の瞬間には、縄をしっかりと握ったままの上半身までもが見える。


「ヴァルヴァラさ、まぁああああああ?」


ぶつん!


 全身鎧姿のヴァルヴァラが片手を上げてセラフィマの声に応えるかのように、ひらりと手を振った瞬間に、その音が聞こえた。

 縄が、切れたのだ。

 咄嗟に見定めた縄の切り口は綺麗だった。

 鋭利な刃物で切断したとしか推察しようがない、理不尽な切り口にセラフィマの思考が僅かの時間止まる。


「がっ!」


 ヴァルヴァラは井戸の入り口部分に思い切り頭をぶつけたと思ったら、再び井戸の中へと落ちてしまった。


「ヴァルヴァラ様っ! ご無事であるかっ!」


 ドレスの裾に転げそうになりながらも全速力で井戸を覗き込む。


「ヴァルヴァラ様! ヴァルヴァラ様! 気を確かに持つのじゃ!」


 後頭部がぶつかったと覚しき場所には、べっとりと鮮血が髪の毛と僅かな肉片と共にへばりついている。

 井戸は見たこともない繋ぎ目のない石でできており、本来ならよくよく使われて丸みを帯びているはずの縁は鋭いままのようだ。

 頭部を守るかぶとを、どうしてつけていなかったのか。

 出血量から考えると死んではいないはずなのだが、頭ともなると判断が難しい。

 打ち所が悪ければ即死も十分あり得る。

 井戸の中を覗き込んで見るも、うつむいているため血にまみれた金髪しか見えなかった。


「水でもかければ、目が覚めるじゃろうか……?」


 傷口を洗い流す意味でも、それは良い手段かもしれないと考えたセラフィマは、屋敷へ戻ると清水を盥に汲み上げる。


「く、くぅ! お、重いのぅ!」


 盥になみなみと汲んだ水は重い物を持ち慣れていないセラフィマにたいそうな負担を強いる。

 井戸に辿り着くまでに随分と零しながらも、どうにか井戸まで盥を運びきった。


「う、うむ。これで良かろう。後は少しずつ後頭部に向かって水を落とせば……この高さだと痛みが強いやもしれぬが……緊急時と心得て欲しいものじゃな」


 まだ己の手も痛むことだし……と思いつつ、セラフィマは井戸の縁に盥を置いて、水を掌に掬い取りそっと落とそうとした。


「なぁ!」


 盥を支えていた手を目に見えない何かが掴んだのだ。

 驚きに据わりの悪い場所に置いていた盥が大きく傾ぐ。

 中の水の大半が井戸の中へと勢いよく落ちてしまった。


「ぎやあああああああ!」


 死に至る人間の発する断末魔にとてもよく似た凄まじい絶叫が、井戸の中からセラフィマを襲った。


「あづぃ! あづいぃいい!」


 続いて漂ってくる肉が焼けただれた臭いに愕然とする。


「あ、つぅ!」


 我に返るより先に盥を手放す。

 信じられないことに、盥から残った僅かばかりの水からは大量の湯気が出ていた。

 どれほどの、高温だと言うのか。


「ゼラビマァ! よぐも! よぐもぉおおおおお!」


 がしゃんがしゃんと井戸の中から金属音が鳴り響く。

 狭い井戸の中で鎧をどうにか脱ぎ捨てているのだろうか。

 熱湯で熱せられた鎧を脱ぎ捨てるのは、二次被害を最小限に抑える為にも必要な行動だが、ヴァルヴァラの状態を考えると狂気じみている。

 肉が焼けただれる臭いが一層強くなってセラフィマを悩ませた。


 この状況では、死にかけて使えなくなったヴァルヴァラを、熱湯をかけて殺そうとしたと判断されても仕方ない状態なのだ。


「ご、誤解じゃ! ヴァルヴァラ様! 私はヴァルヴァラ様の傷口を洗おうと思って水を少量落とそうと……ひぃいいいいいいいいいいいい!」


 セラフィマは井戸の中を覗き込んでヴァルヴァラに言い訳をしようとして、井戸から飛び退いた。

 上を見上げていたので、焼けただれヴァルヴァラの顔を真正面から見てしまったのだ。

 男装の麗人と誉めそやされた美貌は跡形もなかった。

 鼻も耳も口も溶けていた。

 顔の一部からは骨まで見えている。

 瞼も溶けたのか眼球が剥き出しになっていた。

 化け物としか思えない容貌だ。


 セラフィマはヴァルヴァラの怨嗟が聞こえぬように、硬く耳を塞ぎながら屋敷に向かって走り去った。


「おかしい! おかしいぞ! 確かに私は水を入れたはずじゃ!」


 屋敷の中へ走り込んだセラフィマは、引き戸を閉めて玄関内にへたり込んで呼吸を整えるうちに、不自然だと感じた数々の出来事を怒濤のように列挙する。


「水が一瞬で沸騰したとでも言うのか? 妾の手を掴んだのは誰じゃ? そもそも縄が切れたのはどうしてじゃ? 貯蔵庫で見たものも幻覚だったのか? 妾は幻覚に囚われているのか? ……じゃがクロスが何度も現れるのは、幻覚ではないはずじゃ。クロスはこの手の中に間違いなく存在しているのだからな。握り締めるこの感触まで幻覚とは到底思えぬ……」


 懐から取り出したクロスはだいぶ汚れていたが、幻覚では有り得ない現実の感触をセラフィマに与えた。


「……水を、飲むとしよう。冷たい水を飲めば、少しは気分が落ち着くかもしれぬ」


 汚れたドレスの裾を軽く叩いて立ち上がると、水場へ足を運ぶ。

 長い棒のついた器で水を掬い取り恐る恐る口をつける。

 やはり冷たく美味しい水だった。


「やはり、水は冷たい……とすると……ああ! そうか! ヴァルヴァラ様が呪われていると、そういうこと、なのじゃろうか……」


 井戸の中へ転移されたのも、呪いを隔離する為とも考えられる。

 戦闘強のヴァルヴァラは多くの罪亡き者を殺し尽くした。

 マルティンが世界を超えた呪いをかけたとしてもおかしくはない。

 神の加護ならばその程度は成すだろう。

 呪われた村であるならば、他者のかけた呪いを良しとはしない気がすると、呪術者としてセラフィマは推察する。


 この村の自衛手段が働いた結果、ヴァルヴァラが悲惨な目に遭ったのではないかと。



は! タグに大好きな、ざまぁ、を入れ忘れていました!

付け加えておきます。

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