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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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セラフィマ・ゲネラロフ 2

何故かセラフィマをマルティナと勘違いして書き続けてしまいました。

慌てて置換したら、17箇所も間違えていました。

思わず投稿済みの1話も確認してしまった次第です。

暑さ、暑さのせいなんでしょうかねぇ……。



『誰かー! 誰かおらぬのか! 我は井戸の中にいる! 涸れ井戸の中だ! 出られぬのだ!』 


 どうやら涸れた井戸の中に居るらしい。

 落ちたのだろうか? 

 だとしたら彼女らしくないミスだが、転移の先が井戸の中だったのかもしれない。

 酷い話だ。


「大丈夫かの?」


 セラフィマは座り込んで井戸の中を覗き込んだ。


「その声は、ゲネラロフ殿か!」


 井戸の中から必死の面持ちでこちらを見上げている顔は、間違いなく元側室の一人ヴァルヴァラ・アファナシエフスキーのものだった。


「うむ、わらわじゃ」


「ありがたい! 目覚めてから、ずっと声を上げていたのだ。気付いて貰って良かった!」


「妾は古びた屋敷の中で目覚めたのじゃ。屋敷から脱出したところで、声が聞こえたのでな、来てみたのじゃが……怪我などはしておらぬか? 何が入り用じゃ?」


「そうか……我は気が付けば井戸の中であったよ。ありがたいことに、怪我は全くない。はしごがあれば一番ありがたいが、ゲネラロフ殿では持ち運びが難儀であろう。縄を探してきてはくれぬか? 我の体重に耐える縄が何本かあればありがたい」


「妾では引き上げられぬぞ?」


「それは問題ない。しっかりした場所に縄を結んでさえ貰えれば、自力で登れるからな!」


 さすがは戦狂いと陰で囁かれた女性にょしょうだ。

 元王女とは思えないほどに逞しい。


「すまぬが宜しく頼む! 我は消耗を少しでも押さえるべく、静かに待機しているから、縄が用意できたら声をかけて欲しい!」


「了解じゃ」


 狭く暗い井戸の中で、どれぐらいの時間か解らないが閉じ込められていて、然程の消耗も見られないようだ。

 セラフィマだったら、そこが涸れ井戸であると気が付くのにも、時間を要しただろう。


 誰よりも始めにヴァルヴァラが見つかったのはありがたい。

彼女がいれば外敵から身を守れる可能性が格段に高くなる。


 セラフィマは廃村ならば地図などはないだろうかと思いつつ、まずは井戸の背後に聳え立つ、大きな石造りの貯蔵庫らしき物に目を付けた。


「貯蔵庫の中なら、縄もはしごもあるじゃろう」


 はしごも縄で引き摺っていけば何とか持ち運べるかもしれない。

 しかし、貯蔵庫の前には大きな錠前がかけられており、鍵は近くに見当たらなかった。


「屋敷の敷地内にあるのじゃ……鍵も、屋敷の中にあるじゃろうな」


 セラフィマは元来た道を戻ると、再び屋敷の中へ足を踏み入れる。


「鍵は……普通であれば、玄関先にあるものじゃが……」


 念入りに探すも水瓶や竈の近くにはなかった。

 鍋からの湯気は何時の間にかおさまっている。

 

「なん、じゃと?」


 鍋の近くにおいてあったクロスはセラフィマの懐に入れたはずなのに、初めて見た時と同じ場所にかけられているのだ。

 セラフィマは慌てて懐の中に手を入れる。

 クロスはあった。


「どういうことじゃ? やはり人がおるというのか? うぬ……人の目には見えぬアンデッドかもしれぬなぁ。シルキー的な者であればありがたいくらいじゃが……」


 考察をしながらもセラフィマは水屋から玄関に戻り、反対側にあった引き戸を開いた。


「おぉ!」


 部屋は数十人が寛げる広さで、中央には鉄製と思われる器具が天井からぶら下がっており、その器具に鍋が引っかけられている。

 鍋の下には当然にように火が熾っていた。


「あれは……木炭か?」


 ヴォルトゥニュ帝国でも特に北方で重宝されていたようだ。

 魔法を使わずとも長時間燃え続けるのが利点と聞き及んでいる。


 正方形に灰が敷き詰められた囲いの中心に木炭が形良く重ねられており、周囲はとても温かい。

 床も艶やかに磨き込まれている綺麗な板敷きだ。

 四方には平たいクッションらしき物まで置かれている。

 鍋の中からは、先程とは違う良い香りが漂ってきた。

 人が普通に生活している雰囲気に、何処か違和感を覚えながらも喉を鳴らす。


「食事もしたいところじゃが……」


 さすがに井戸に閉じ込められているヴァルヴァラが不憫なので、近年まれに見る忍耐力で食欲を押し殺したセラフィマは周囲の壁を眺める。


「おぉ!」


 入り口近くの飾り棚に鍵の輪が何本かかかっていた。

 文字札には恐らく、何の鍵かが書かれているのだろうが、セラフィマには読めない。

 見たことのない難解な絵のような文字だった。

 三つの鍵束を手にしたセラフィマは、良い匂いのする鍋に後ろ髪を引かれながらも、貯蔵庫へと急ぎ足を運ぶ。


 面倒で仕方ないが一つづつ試していくと、二つ目の鍵束の中にあった一つが貯蔵庫の鍵だった。


「ふぅ」


 懐にしまい込んでいたクロスで掌と額に浮かんでいた汗を拭い、貯蔵庫の中に足を踏み入れる。

 意外にもきちんと整理されており、埃やカビ臭さがないのに驚かされた。

 視界に入る骨董品は見事な細工で思わず目を奪われる。

 色こそ一色で描かれていたが実に精緻な図案であった。

 異国を思わせる装束を着た男女が従者らしき者に巨大な扇を仰がせながらゆったりと歩いている。

 歩いて、いる?


「なん、じゃと?」


 王宮でも見たことのない風合いの大きな飾り絵皿に描かれた人物が、動いているのだ。

 人物だけではない、動物も植物も、絵の中で生きている。


 有り得ない光景に一歩後退った。

 首筋に硬い感触があり、こここんと小気味良い音を立てて、小鉢が床へ転がり落ちた。

 その、瞬間。


「ひぃいいいいいい!」


 絵皿に描かれた人物が、否、貯蔵庫に収納された物全ての目線がセラフィマに向けられる。

 全身の毛が怖気立ち目を見開いたまま硬直していれば、セラフィマの視界に映り込んだ生き物が揃って、にぃ、と口の端を吊り上げて残忍に笑う。

 

「!!!!!!」


 腰が抜けてその場で崩れ落ちた。


「誰か! 誰か! ヴァ、ルヴァラ様っ!」


 あらゆる方向から向けられた目線がセラフィマを見下す。

 まるで断罪の場を再現されたような悍ましい目線の数々に晒されて、セラフィマは一瞬だけ目を閉じた。


「え? あ?」


 さして間を置かずに目を見開けばそこには、高価ではあるのだろうが古びた骨董品がただ静かに佇んでいる。


「妾が見たのは……幻覚、だったのか?」


 既に生き物の気配は一切ない。

 先程まで感じていた細やかなざわめきすらも聞こえなかった。

 

「と、とにかく何か妾に危害が与えられた訳ではないのじゃ……ここは、冷静に……そうじゃ、縄を探さねばなるまい!」


 壁に背中を預けながらどうにか立ち上がって、周囲を見回す。

 骨董品を収納している貯蔵庫だとしたら、日用品の道具はないかもしれない。

 しかし縄は部屋の片隅に置かれた箱の中、他の日用品と共にしまい込まれていた。

 両端を持って思い切り引っ張る。

 ぴしっと良い音がした。

 見る限りはしっかりと編み込まれた縄のようだった。

 これも何本かの塊になっていたので全てを手にする。


「これだけあれば十分であろう」


 はしごは見つけられなかったが、縄が手に入ったので問題はないはずだ。


 セラフィマは一人で大きく頷くと、急いで貯蔵庫を出る。

 怪異が頭の片隅に残っており、施錠をしようとする目の前で、錠前は勝手に閉まった。


「ま、魔法はなくとも他の術はあるやもしれぬしな! そ、そういえば勝手に鍵が閉まるからくりもあったのぅ!」


 忍び寄る恐怖を少しでも払拭しようとわざと大きな声を出しながらしかし、セラフィマは足早に貯蔵庫を後にする。


「ヴァルヴァラ様! 縄を持ってきたぞぇ!」


「おお! 感謝する、ゲネラロフ殿。この井戸には何もないのだ! 縄の他に手頃な石なども幾つか落としてくれぬだろうか?」


「了解した! まずは縄を二本。それから……小枝と小石を落とそうぞ!」


 手元にも縄を残し、ヴァルヴァラが中央で手を差し伸べているのを目視してから、全部を一度に落とす。


「おぉ! 助かった! これで脱出できる! ゲネラロフ殿! すまぬが井戸の側で待っていては貰えぬか?」


「無論じゃ! 準備ができたら声をかけてたもれ!」


 井戸から少し離れた場所でセラフィマはしばし待機する。

 ふと屋敷の方から声が聞こえた気がした。


布巾をどう表現しようか迷って検索した結果。

キッチンクロス、ティークロス、ディッシュクロスなど、各種クロスの存在を知った次第です。

豆知識が増える度に、必要不可欠知識がところてん方式で抜けていく気がしないでもないのが怖い今日この頃……。


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