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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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エカチェリーナ・ボドロヴァ 3

本日2話目更新で、エカチェリーナ編3話目になります。

食事に関する気持ち悪い描写、残酷な描写が出てきます。

お読みの際はご注意下さい。




 悪い夢を見ていた。

 エカチェリーナの魅力が詰まった身体の一部。

 それも大事に大事に磨き抜いてきた、大切な箇所ばかりが消え失せていたのだ。

 初めからなかったように、跡形もなくなってしまった。

 そんな、悪い夢を。


「お腹が空きました、わ」


 悪夢による後味の悪さが引いており、エカチェリーナは重怠い頭をゆるく左右に振る。

 寝具を使わずに寝入っていたので、全身に軽い打撲を負ったような痛みもあった。

 何より空腹に胃が軋んでいるのが耐えきれない。


「食事は、どこにありますの?」


 腹の空き具合からして、一晩は寝入っていたはずだ。

 食事の支度がされていなければおかしい。

 しかし昨日あった場所に、美味しかった米が山と盛られた器は置いていなかった。



 村ができた当初からの決まり事として、牢屋の中、冤罪を叫びながら何もできずに飢え死にした者を宥める意味合いで、器に山盛った炊きたてご飯の上へ箸を二本立てて捧げている。

 無念の死に至った者を慰める神聖な捧げ物は、生きている人間が決して食べてはいけないものだ。

 補充されないどころか、エカチェリーナに村から饗される食事はこの先、永遠にない。



「喉も、渇きましたわ……」


 水瓶の中を覗き込むも、一滴の水も残されていない。

 ヴォルトゥニュ帝国ですら、水は十分に足る量を補充されていた。

 水さえあれば、人間はある程度の日数生きられるからだ。

 水を制限どころか、一切与えられない。

 つまりは、遠くはない死を望まれている状況なのだが、そこに気付けるエカチェリーナではなかった。


「あぁ、眩しい……明かりは、どこから入っているのかしら? 天井付近の窓からかしら? 窓から、外へ……出られないかしら!」


 呪われし村の悪意を、いっそ見事なまでに察知できないエカチェリーナは、天井付近にある窓を首が痛くなるほど見上げる。

 昨日であれば椅子と机を使って、窓がどうなっているのか詳しく確認できたのだが、どちらも壊れてしまった今となっては困難だ。

 下から見る分には、エカチェリーナの胸と尻が引っかかるのではないか? という大きさのものだ。


「で、でも! 檻の一部が壊れたように、窓の一部も壊せるかもしれませんわ! そうしたら脱出できますわよね? け、けれど、どうしたら窓まで行けるのでしょう……」


 寝具の上に座って顔を埋める。

 昨日は吟遊詩人の物語から閃きを得た。

 今度も何か得られないだろうか。

 エカチェリーナは目を閉じると、聞き心地の良い声で謳われていた様々な物語を思い起こす。

 美しい言葉が織りなす残虐な表現は、何時だってエカチェリーナを満足させたものだ。

 好ましくも煌びやかな想い出を探っている内に、乱れきっていた心が僅かに落ち着きを取り戻した。


「吟遊詩人の声が紡ぐ物語は、夢物語が多いですけれど、現実に役立つお話もあったのですねぇ」


 感慨深げに頷いたエカチェリーナは、覚悟を決める。

 

 それは先程、閃きを得た脱獄物語にあった一つの場面。

 エカチェリーナには永遠に縁がないと思っていた飢餓物語にあった一つの場面。

 二つの物語を統合して、考え出された苦渋の決断。


「壊せるといいのですけれど……いいえ! いいえ! きっと、成し遂げてみせますわ!」


 脱獄物語で主人公は、足枷ではなく足枷を繋ぐ鎖を壊していた。

 飢餓物語で死を目前にした人物は、木を囓って飢えを凌いでいた。


 足枷でなく、足枷を繋いでいる鎖。

 枷に比べると格段に壊しやすい木製の鎖。

 木が食べられるのならば、木製の鎖も食べられるはずなのだ。


 エカチェリーナは身体を折り曲げて、足首近くに首を移動させる。

 意を決して連なっている鎖のうち、壊れやすいだろう繋ぎ目に歯を立てた。

 がりりりっと、嫌な音がする。

 歯の一部が欠けてしまった。


「奥歯で挑戦して正解でしたわね。奥歯なら外から見えませんもの! 一部が欠けたぐらいで、私の完璧な美貌は損なわれませんわよ」


 歯が欠けたのを代償にして、鎖には大きな亀裂が走った。

 接合部分が擦れて他の部分より脆くなっていたのも、功を奏したのだろう。


「このまま噛み砕いてもいいのですが、歯は大切にしないといけませんからね」


 頷きながら机の脚だった棒で鎖を叩く。


「いたっ! 痛いですわ! 全く、もう! これで! どうですのっ!」


 鎖が小さいので目測を誤って幾度か思い切り自分の足を叩いてしまったが、木製の鎖は一部が壊れたようだ。


「痛っ! いたたたっ! と、とげが凄いですわね! これは、食べない方がいいのかしら?」


 爪を使って取り外した鎖は小さく、食べやすそうな大きさではあった。

 物語の中でも美味しいとは語られていなかったけれど、エカチェリーナは珍味にも造詣が深いのだ。

 食べられる物であれば、取り敢えずは食べてみたかった。

 しかし、全体的にとげだらけなのが気になる。

 噛み砕くにしても口に入れた瞬間、口腔を傷付けてしまいそうだ。


 今は食べるのを諦めて、棘で怪我をし血が滲んでしまった指を見詰める。

 目を細めて棘が指に残っていないかを見極めてから、血をちゅうちゅうと吸い上げた。


「ふぅ。私の血は美味ですわねぇ。水がないのなら血を飲めばいいかもしれないわ!」


 正気とは思えない言葉を呟きながら、エカチェリーナは指の腹にぷくりと盛り上がった血の山を凝視する。


「でも確か……飲み過ぎは身体に良くないと言っていたわね。美味しい物を美味しく食べ続けるには、健康でなければ駄目ですもの。今はこれ以上摂取するのは止めておきましょう」


 血が肌に良いと聞いて幾度となく血風呂にも入っていたエカチェリーナだが、他人の血は然程に美味しいとは思わなかったので過度の摂取はしなかった。

 自分の血なら幾らでも飲めそうだが、健康を害する以外にも失血死という危険がある以上、毎食飲み干すのは最終手段にしたい。


「さぁ! これで! 私は自由になりましたわ! どこへでも行けますのよ?」


 木の枷と幾つかの鎖が足首を束縛しているが、足輪アンクレットとでも思えばいい。

 品がないのはこの際我慢しよう。

 装飾品の一つも付けていない方が、エカチェリーナには耐えがたいのだ。


 檻の中で場違いすぎる軽やかなステップを踏んだエカチェリーナは、短くなってしまった衣装に不満を覚えながらも、先程壊した部分を見上げる。

 1本の棒を取り除いただけなのだが、エカチェリーナが落下した衝撃にか、他の部分も脆くなっているようだ。

 何本かの棒が折れはしなくとも歪んでいる。


「さぁ! もうひと頑張りしますわよ!」


 滲んでいた血を一滴たりとも零さずに吸い上げてから、机の脚を手にした。

 不安定な寝具の上に乗って、弾みを付けながら飛び上がると、曲がっている棒を叩く。

 息を切らしながら10回を数えた所で、曲がっていた棒が2本同時に折れた。


「やりましたわ! これでっ!」


 寝具の上で背伸びをすればどうにか届く棒を掴めば、上にあった棒が折れたせいで、すっかり緩くなっているのが認識できた。


「ええと……これで、大丈夫ですわよね?」


 落下した痛みを覚えていたエカチェリーナは、寝具の位置をずらし、衝撃に倒れても受け止めて貰えるように手配した。


「いき、ますわよぅ!」


 爪先立ちをして棒を強く握り直したエカチェリーナは、足を浮かせると棒に引っかけて、足先にあらん限りの力を込めながら仰け反った。

 ばきっと音がして掴んでいた棒ではなく、足を引っかけていた棒が折れる。


「きゃあああ!」


 宙ぶらりんになった身体を大きく揺らせば、今度は掴んでいた棒が折れた。


「あーれー! いたいっ!」


 せっかく寝具をずらして万全の策をとったにも関わらず、足首から下が寝具から外れてしまった。

 思い切り足首を打ったので、エカチェリーナは寝具の上に座ると足首を丁寧に診察する。



幸福だったエカチェリーナは、美しい吟遊詩人の美しい声で、他人の不幸な物語を聞くのを大好きな趣味の一つとしていました。


ヴァルヴァラ編から読んで頂くと、どこがグロいの? となる内容かもしれません。

ちなみにエカチェリーナ編のラストも、あぁ……な感じに仕上がりました。


明日も2話更新になります。

朝方もしくは午前中更新で、やっとホラー企画に提出できます。

良かった……。


明日も引き続きお読み頂けるとありがたいです。

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