エカチェリーナ・ボドロヴァ 1
本日2話目。
やっとこさ、3人目が出せました。
一番のお花畑さんかも。
無意識に、誰かが何とかしてくれるはず! と信じて疑わない人です。
エカチェリーナ編も全5話予定です。
イラッとする描写が多いと思いますので、ご注意下さいませ。
がちゃがちゃがちゃがちゃと金属が擦れ合う音が聞こえて、エカチェリーナ・ボドロヴァは飛び起きた。
「なっ! なんの音ですのっ!」
優雅にティーカップを傾けて、淑女達と談笑をしながら、新作のデザートについて語りあっている最中に、剣呑な音がして振り返ったはずだった。
「あ、あら?」
手元にティーカップはなく、色鮮やかなデザートもない。
淑女達もいない。
どころか、エカチェリーナは記憶にすらない場所に居た。
覚醒時に聞こえた金属音は、一体何の音だったのか。
何が起こって、自分は全く見覚えのない場所に居るのか。
解らぬままに、人を呼んで尋ねようとする。
「ど、どういうことでございますの? 誰か! 誰か、おらぬのかっ!」
周囲を見回して、叫んで、返事が全くないどころか、静まり返っているのに不穏なものを感じて、エカチェリーナは己の身体を抱き締めた。
「え? この粗末なドレスは何? まるで囚人が着るようではありませんか! え? どうして! 誰が私に足枷などつけたのですっ!」
信じられないほどに貧相なドレスとは到底言えぬ、襤褸切れを纏っているのにも驚いたが、足枷がついているのが理解できない。
「私に枷を付けるなんて万死に値しますわ!」
公爵令嬢として、寵愛される側室して、恥ずかしくないように胸を張る。
大きさも形も色艶も感度も抜群の誇れる胸だ。
精通に至ってない幼子でも、射精に至れない老人でも、焦がれ狂うだろう自慢の胸を軽く揉んだエカチェリーナは、そこでようやっと己の身が置かれた異常な状況を理解し始める。
「……ここは、どこですの? 私が居た牢屋ではありませんわね。大体私、牢屋から出されたはずですわ。マルティン様に、罪を贖う為に異界へ転移しろと命じられて、まさか異界なんて存在するはずもございませんわと、私はマルティン様の冗談を笑って差し上げたのだけれど……え? まさか……ここは、本当に、異界、ですの?」
エカチェリーナは足枷を付けられて、檻に閉じ込められている。
まず、この檻と枷が木製だった。
これならば、深窓のご令嬢であるエカチェリーナでは難しいが、ヴァルヴァラ辺りなら素手で壊せるだろう。
ヴォルトゥニュ帝国の檻や枷は鉄製で、更には魔法がかけられていたので、どんな力自慢でも才溢れた魔術師でも脱獄は不可能とされていたのだ。
「異界、ですのよね? 魔力が全く感じられませんもの……」
真っ当な勉強というものを全くしてこなかったエカチェリーナだったが、脈々と受け継がれていた公爵家の血統のお陰で魔力の察知ぐらいはできた。
「でも、異界だとしたら、どうして私だけが、囚われの身のままですの? 村へ転移させられたのは罪人だけのはずですわよね? セラフィマ様とヴァルヴァラ様は何処にいらっしゃるのかしら?」
エカチェリーナの質問に答える者はいない。
蘇ってくる記憶の中で、罪が特別に重いとされて、呪われた村へ強制転移させられる罰を与えられたのは3人だけだった。
なのにエカチェリーナ以外の姿は見えない。
先に脱獄していたとしても、伝言くらいは残していくだろう。
万が一エカチェリーナを使えない人材と決めつけたとしても、肉盾や囮として、エカチェリーナを確保しておくはずだ。
二人ともエカチェリーナとは比べるべくもない、計算高く鬼畜非道な人物なのだ。
「檻の中は安全と言えば、安全ですけれど。食事はどうなるのかしら?」
檻は本来犯罪者を閉じ込めておく為にあるものだが、犯罪者に恨みある者による害意から守る意味合いもあるのだ。
エカチェリーナとしては、食事がきちんと出るのであれば、少々監禁されたところで不満はなかった。
「あら? あらあら! あれば、食べ物ではなくて? 良い香りがするわ!」
檻の向こう側、テーブルの上に大きな器が置かれており、その中には真っ白く輝く穀物がたっぷりと盛られている。
上に二本の棒が突き刺さっているのは、何の意味があるのだろうか。
ヴォルトゥニュ帝国では育てられず、他国から取り寄せた穀物の中に入っていた米と呼ばれる穀物は、調理の仕方によって大変美味しくなるものだと聞いていた。
「もしかしてあれは炊いたお米、かしら? まあまあ! あんなに綺麗に炊けているのだとしたら、さぞ、美味しいに違いないわ! 誰か! 誰かいないの! 私に、そこの米を食べさせなさい!」
枷がある以上、檻からは出られない。
出られないのならば、誰かの手を借りればいい。
エカチェリーナは単純に考えていた。
呪われた村と言われていても、村と呼ばれる以上、人はいるだろうと信じて疑っていないのだ。
「おかしいわね? 誰も居ないのっ! 私の世話人はどこなんですの!」
ヴォルトゥニュ帝国で収監されていた時も、エカチェリーナは牢屋の見張り番を身体で釣って、自分に都合良く使っていた。
男性さえいれば、エカチェリーナはそれがどんな性癖を持つ男性であっても、完全に従わせられる自信を持っている。
エカチェリーナの牢番に女性が派遣されなかったのは、ただの人材不足と処分方法が早い内に決まっていたからと、何より牢番も処分の対象だったからなのだが、エカチェリーナがそれを知る日は永遠にやって来ない。
「もう、怠けているのかしら? きっと女性なのね! 私の美しさに嫉妬したからと言って、食事もさせないなんて人間以下だわ! そんな女性は一生男性を知らないで過ごしますのよ!」
一人自分勝手なことを叫んでいたエカチェリーナだったが、良い香りを漂わせている食事が、あと少しで手の届くところにあるのに食べられない現状に耐えきれない。
「もぅ、我慢できませんわ! 仕事に不熱心な者が悪いのよ!」
エカチェリーナは牢屋の中を見回して、何か使える物はないかと丹念に探し始める。
牢屋はヴォルトゥニュ帝国よりも広く、清潔で明るい。
部屋の隅には蓋のされた底の抜けた瓶が埋まっており、開ければ悪臭が漂ってきたので便所と判断する。
便所の側には汚れた水が入った瓶に器が入っていた。
用を済ませたら、水を流せということなのだろうか?
悪臭が薄いのはそのお陰なのかもしれない。
便所掃除専用と思われる汚れた布も、水瓶に掛けられている。
「使いにくそうですけれど、気をつければ清潔を保てそうですわね」
牢屋では悪臭に酷く悩まされたので、それが格段に軽減されているのは嬉しい。
他にも、小さな机と椅子、飲めそうな水が底に僅かに残っている水瓶。
敷き布団、掛け布団、枕と思わしき物も部屋の隅に置かれている。
他には何枚かの汚れた布、比較的綺麗な布、紙と筆記具らしき物、何冊かの本などが見つかった。
「使えそうな物は、ないですわねぇ……どうしたらいいのかしら?」
腕を組んで思案するも、食事の匂いに気を取られてしまって、何一つとして良策が浮かばなかった。
「困ったわ! 困ったわ! このままでは、せっかくの美味しい食べ物が、冷めてしまうではないのっ!」
苛々と爪を噛んでいる最中に、ふと吟遊詩人に無理矢理謳わせた、脱獄失敗の悲劇的物語を思い出す。
「声と顔は良かったけど話がヘタだったから、すぐに玩具にしてしまったけれど。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったわ!」
物語の主人公は脱獄する際に檻を調べて、一箇所だけ檻が壊れかけているのを発見する。
そして力任せに壊した檻の一部を道具として、脱獄に挑むのだ。
「鉄と違って錆びないけれど、木は腐るものね! 私ったら、やっぱり閃きの天才だったわ」
暢気に鼻歌を歌いながら、手の届く場所から1本ずつ、強度を確認していく。
さすがに手が届く範囲はきちんと整備がされているようだ。
エカチェリーナは椅子の上に立ち、再び手の届く場所を調べていく。
見つからない。
仕方ないので、バランスが悪いのを承知の上で、机の上に椅子を乗せて、上部分を確認していった。
「あ! あったわ! 良かった! これでどうにかなりそうですわ!」
美味しい食べ物を早く食べたい! という、エカチェリーナの貪欲な願望が、珍しく彼女自身で行動をするのを背中押しした。
普段のエカチェリーナであれば、檻の弱い箇所を一つ一つ調べるなどという地道な作業を、最後まではやり遂げられなかったはずだ。
「こうして、力を入れて、思いっきり引っ張れば、私のか弱い力でも、取れる、はず……ですわ!」
1本の棒を掴んだエカチェリーナは、限界まで仰け反った。
背中を倒すことによってバランスが崩れて、足場が覚束なくなるといった誰にでもできそうな予測を、エカチェリーナはできなかった。
自分の身体がとにかく自慢の人なので、微妙にエロっぽい描写が多くなるかもしれません。
気が付けば、提出〆切まで後3日。
明確には2日半ぐらい?
明日には本文全部完成できるはず……。
頑張ります。




