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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
20/25

ヴァルヴァラ・アファナシエフスキー 5

本日1話目更新でヴァルヴァラ編最終話。

食事に関する不愉快な描写、残酷描写、後味の悪い描写などが多くなっています。

お読みの際は、あらかじめご了承の上でお読み下さい。



 事故を全てヴァルヴァラのせいにして、切り捨てると決めたのだろうか。

 最後の慈悲が、目の前の籠の中身だけなのか。


「禁を犯して呪われた?」


 そもそもここは呪われた村。

 だからこそ、ヴァルヴァラはこの忌々しい井戸の底でのたうち回っているのだ。

 脱出できないのも、きっと呪いのせいだ。

 なのにセラフィマは禁を犯して、更に呪いを悪化させたらしい。

 どんな禁を犯せば、聴覚、視覚、声を封じられてしまうというのか。


 酷く言い訳めいていたが、感覚を失っていたのだとしたら、ヴァルヴァラの要望が聞き届けられなかったのも解る。

 そもそも要望が聞こえていないのだ。

 責めるのはさすがに酷だろう。

 セラフィマが真実を告げているのであれば。


「これだけ、なのか?」


 飲み物も食料も心許ない。

 どんなに引き延ばしても、1週間が限界だ。

 狭苦しい空間で激痛に耐え続けなければならない最悪の状況下では、食料は足りても精神が保たないに違いない。


「手記! 手記はどうだ! 我に読めるか?」


 今ならまだ十分に明るい。

 井戸の底でも文字は読めるだろう。


「古代語! 我に読めるはずもなかろうが!」


 多くの国で、王族は精通していなければならないとされている言語だ。

 セラフィマは読めたのだろう。

 マルティンも恐らく読めるだろう。

 当然、宰相であるその兄も。

 しかし将軍であるもう1人の兄はどうだろうか?

 マルティンの兄である以上、読める気もする。

 戦闘に全身全霊をかけていたヴァルヴァラは、古代語の勉強時間をほとんど訓練にあてていた。

 必要最低限の文法を理解している程度でしかない。

 それも、勉強していた当時の話。

 今はどれほど理解できるだろうか。

 古代語を一切見なくなって10年以上が経過している。

 手記を捲って顔色が変わるのが解った。


 ほとんど、読み取れない。


「くそっ! くそっ! どんな者が転移されるか解らないのだ! 誰でも読める言葉で綴るのが、呪いの村の義務ではないのか!」


 呪いの村に意思があるとしたら、きっと激怒したに違いない。

 そもそも罪人に与えられた慈悲が、生きている状態での村への転移なのだから。


 ヴァルヴァラは怒りながらも必死に手記を捲った。

 一部でも読める箇所があればと、思ったのだ。


「おぉ!」


 滑っていた目が、読める単語を見つけて止まる。

 古代語で、井戸。

 何故、そんな単語だけ覚えていたのか、ヴァルヴァラは解らない。

 ただ光明が見えた気がして、解る単語を切っ掛けに文章を読み解いていく。

 基本の文法に基づいて書かれていたようで、僅かな部分であるが理解できた。

 

「井戸……並々と水が湛えていれば、極々一般的な井戸として、利用できる?」


 手記が書かれた時点では、井戸は涸れていなかったようだ。

もし水を湛えた状態で転移させられていたら、ヴァルヴァラ目覚めることなく溺死していたのだろうか。

 それとも目覚めた後で、何の手も打てぬまま溺れ死んだのであろうか。

 どっちにしろ、悍ましい話だ。


 ヴァルヴァラは水が入っていなくて良かったと胸を撫で下ろした次の瞬間、絶句した。


「水が涸れていた場合。井戸は呪われている。新たな水を湛える為の生け贄を欲している状態なのだ」


 ぶるぶる震える指先で、手記の文章をなぞりながら、呼吸すら止めて、その部分を読み切った。


「か、涸れた井戸に転移した者は、井戸が満足するまで、脱出不可能。し、死して、尚、囚われる……ばかなばかなばかな! そんな馬鹿なことがあるかっ!」


 井戸から出られさえすれば、ヴァルヴァラには生き抜ける自信があった。

 誰がいなくとも、自分しかいなくとも、むしろ自分だけの方が気楽に生きていけると、夢見ていた。


「ふざけるなぁ! だせだせだせだせ! 我をここから、出せっ!」


 セラフィマが真っ当な状態であれば、助けを求められた。

 井戸の中でも生きていけたかもしれない。

 しかし、セラフィマも呪われており、ヴァルヴァラの助けを呼ぶ声が聞こえない。

 絶望するヴァルヴァラを、その目にも映せない。

 ヴァルヴァラが、セラフィマ同様もしくはそれ以上に呪われているのに、気付けないのだ。


「我が殺した者は、皆、死んだではないか! 死ねたではないか! どうして我だけが、こんなに狭苦しい所で、餓えて死に続けなければならないのだぁ!」


 戦って死ぬのなら、何度死んでも生きる希望を見いだせたかもしれない。

 次こそは解放されるはずだと、頑張れたかもしれない。

 でも、駄目だ。

 戦いではなく飢えて死ぬなど、耐えきれない。


 ふと、兵糧攻めで滅ぼした幾つもの村を思い出す。

 

 兵糧攻めは戦いではないとヴァルヴァラは嫌がったが、財政を司る者達が、ヴァルヴァラ様は戦いにお金をかけすぎます! 国を滅ぼすおつもりですか! と、うるさかったから仕方なく経験せざるを得なかったのだ。


 難癖付けて事前に備蓄食料を税として慰謝料として根こそぎ奪って、逃げられないように周囲を囲み頃合いを見て攻め込む、簡単すぎる作業だった。

 戦いとも、思っていなかった。


 餓えた村は、ほとんどの人間が理性をなくす。

 

 家畜が根こそぎ食べられるのは、序の口。

 虫の音も聞こえなくなる。

 赤子や幼子が、実の親兄弟に食べられるのも、当たり前。

 老人は美味くないからと、出汁にされる話を聞いた時は、まだまだ余裕じゃないかと思った。

 自らの手足を食いちぎって、出血死した者は、その後の地獄を見なくてすんだだけ、良かったのだろう。

 そうやって村にある普通に食べられる物を全てを食べ尽くすと、家の柱にすら齧り付く。

 噛みきれない食感が、飢えを僅かに満たすらしい。

 最終的には、墓を暴き遺体を食べ、腹を壊してのたうち回った者が垂れ流した糞便すら啜るのだ。


 ヴァルヴァラも、そうなってしまうのだろうか。


「我は! ならない! 最後の最後まで足掻いてやる!」


 セラフィマは呪いに屈するのかもしれないが、ヴァルヴァラは呪いになど屈しない。

 まずは、井戸を脱出して、村からも逃げおおせてみせる。


「よし! やるぞ!」


 火傷の痕も酷い頬をぱんぱんと叩く。

 激痛に腰を折って耐えてから、静かに身体を起こした。

 

 まずは使えそうな物を再確認する。

 最後の大きな籠を降ろした時に、ぶつかって欠けてしまったのだろう。

 見上げれば井戸の縁の一部が大きくかけていた。

 手に握り金槌ハンマー代わりに使うのに、ちょうど良い大きさの石は鎧の下敷きになって転がっていた。


 また、大きな籠には非力なセラフィマが籠を引き摺るために強化したのだろう、抜群の強度を誇る金属が貼り付けられていた。

 ヴァルヴァラはこの金属を、足場を埋め込む為のへこみを深く大きくするのに使おうと決める。


 金属の角を壁にあて、クロスで包んだ石を打ち付けた。


「おぉ!」


 金属は一気に深く壁にのめり込んだ。


「ひ、引き抜くのが大変だが、これならば十分に足場を嵌め込めるぞ!」


 想像以上に食い込んでしまった金属を引き抜くのには、痛みと時間を要したが、次には加減を覚えて時間短縮もできたので良しとする。


 ヴァルヴァラは鎧を壊して作っておいた足場用の金属を、穿うがった穴に深々と押し込んでいく。

 少し大きさが足りない足場ではあったが、井戸の壁を登る足がかりとして考えるのであれば、立派な代物だった。

 

 所々に休憩を入れ、黒い塊を囓り、薬茶を啜り、己を言葉で鼓舞してから、同じ作業を繰り返す。 

 前回とは違い鎧の重さがない分、成功率は格段に上がっているはずだ。


「これから先は、登りながら足場を作っていかねばなるまい。覚悟を決めようぞ!」


 ヴァルヴァラは足場に足をかけて、第一歩を登る。

 足場はびくともしなかった。


「うむ、うむ! 我ながら素晴らしい出来映えだ! 見てろよ! 必ず脱出してやる!」


 片手で高い位置にある足場を握り締め、削り取る先端を残してクロスで包んだ金属を口でしっかりと噛み、壁に押しあてて石を叩き付ける。

 深い凹みができたのを目視してから、口の中の金属を下履き(ズボン)と腰の隙間に差し込み、ポケットに突っ込んであった足場を取り出して押し込んでから、石を叩き付けた。


「はぁ! はぁ! はぁ! 後、もう、少しだ!」


 クロスで包み忘れた金属によって唇は大きく裂け、同じく包んでいるクロスが滑り落ちてしまった石を握り込んでいた掌は血塗れになった。

 汗で滑って手が外れそうになっり、危うく落ちそうになったりもしたが、どうにか後一つを打ち込めば、井戸の縁に手がかけられる高さまで登り詰めることができたのだ。


 ヴァルヴァラは大きく息を吸い込んで、首を振って汗を払うと、最後の一つを打ち込んで、握り締めた。

 ぐっと手に力を入れて残っていた力全てを振り絞り、半身を井戸の縁に乗せる。

 セラフィマが過ごしてるのだろう立派な屋敷が映り込んだ。

 

「これで! これでやっと脱出できる! 足を伸ばして眠れるぞ! ああ! 水浴びもしたい! 井戸だというのに、この井戸は水が、なっ!」


 ヴァルヴァラはそこで、井戸の中を見てしまった。

 登り切るまで、決して見てはいけなかった。

 最後まで気を抜くな! と、ヴァルヴァラ自身が戦場で言い続けてきた教訓が、頭の中を埋め尽くす。


 井戸の壁から無数の手が生えて揺れていた。

 透明の手の一部が協力して下から順番に足場を外している。

 信じがたい光景だった。

 決して見入ってはいけない情景だった。


「嫌だ! 我は出るのだ! ここから出るのだあああああ!」


 足場に力を入れて下半身を井戸の外側へ出そうとする試みるも、足場が引き抜かれた勢いのまま均衡を崩し、ヴァルヴァラは再び井戸の底へと落下した。


「いやだ! 嫌だ! 嫌だああああああああ!」


 壁に立てた爪は全て剥がれた。

 足場の抜けた隙間に入れようとした指は粉々に砕けた。

 挙げ句。

 痛みに仰け反った頭を壁に強打した。

 何度も何度も強打した。

 

 落下時間が、奇妙なほどに、長い、気がした。


 瞳に、夕焼け色に染まった空が映り込む。

 とても、とても綺麗だった。

 戦場で初めて勝利を収めた時に見た、感動的な景色と瓜二つだった。


 だから、ここが戦場だと思い込んでしまったヴァルヴァラは。

 意識の喪失が、井戸の底で迎える最初の死なのだと、理解できぬままに死んだ。



ヴァルヴァラは井戸の中で生死を繰り返すことになる、ループ系バッドエンドでした。

反省するかなぁ……魂が摩耗してくればできるんじゃないかなぁ……。

反省すると、取り敢えず井戸の中からは出られる仕様ですが、その先は……ヴァルヴァラの安寧は遠いですね。


本日エカチェリーナ編の3話も更新します。


引き続きお読み頂ければ嬉しいです。

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