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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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セラフィマ・ゲネラロフ 1

日本家屋を知らない人が日本家屋に入った時、どう表現するのかを現在進行形で悩みながら書いています。

何でもありな感じで、この作品では、そういう設定かーと、寛容な感じで読んでいただけたらありがたいです。




 未だ曾てない身体の怠さに重い瞼を開こうと試みるも、痙攣してしまってなかなか開かない。

 目に思い切り力を入れれば、どうにか大きく見開くのが可能となった。


「……どこ、じゃ? ここ、は」


 王妃だった頃に訪れたどんな国にも該当しない場所だと判断したのは、見たこともない部屋の造りだったからだ。

 

「くぅっ!」


 軋む身体の半身をどうにか起こす。

 まだ目眩が抜けない。

 しばらくこめかみに指の腹をあてて優しく揉む。

 思案する時の癖でもあった。


「……ふむ?」


 ゾンスマスティン王国の王妃としてのし上がるまでにも、辛酸を舐め尽くした。

 亡国となる寸前の国が絶望的に荒れていた時分には、散々苦渋を味わった。

 耐えがたい苦難の経験があったからこそ、ヴォルトゥニュ帝国随一の権力を持つ側室にのし上がれたのだ。


 己の判断力に対して必要以上の自負を持っていたセラフィマは、己が身の置かれた状況を冷静に判断する。


「やはり、ここは異界か」


 縄を打たれ王城の大広間に転がされ、マルティンに見下されながら断罪された時の言葉。 マルティンは確かに、異界の廃村へ転移させるような罰を告げたはずだった。


「ふ。神の加護とはかくも凄まじい……」


 神に近しい美貌を持ち聡明なマルティンを気に入り、どうにかして堕とそうと思ったが、全ての手段は神の加護の前に惨敗した。

 挙げ句、元ゾンスマスティン王国の生き残り達の前で無様に断罪されて、罰を下されたのだ。

 ゾンスマスティン王国は神の寵愛の薄い国だったが、神の加護についての知識がないわけでもなかった。

 当然、侮ったはずもない。

 ただ、その御力みちからが、セラフィマの想像を遙かに上回っていただけだ。

 

「転移。それも異界への転移とは……真に興味深いものじゃ」


 大きく頷けば首がごきりと嫌な音を立てる。

 首を摩りながらセラフィマは慎重に周囲を伺った。

 マルティンが言っていた、呪われし廃村への転移、という文言を思い出したからだ。


 ゾンスマスティン王国はヴォルトゥニュ帝国よりも呪術に長けていた。

 セラフィマ自身も、一流の呪術師だ。

 だからこそ、呪いの悍ましさを知り尽くしている。

 神の御力同様に、何が起こっても不思議ではないのだ。


 部屋の造りが違うと一目で看破できたのは、窓もしくは扉と覚しき物が初めて見る造りだったからだ。

 身体に怪我を負った系列の痛みがないのを判別しながら身体を摩る。

 身に纏ったドレスはセラフィマの誇りを挫く粗末な物で、カビの臭いまでが鼻をつく。

 更に横たわっていた床はやわらかく腐っており、よく観察すれば同じ種類の草を丁寧に編み込んだものらしかった。

 酷い腐臭に眉根を寄せながらも、セラフィマは扉だろうと認識した取っ手を押した。

 黒い金属のような物でできている取っ手は丸く、周囲には飾りがついており中央部分が窪んでいる。

 押してもびくともしないので引いてみようと思ったが、凹みが浅く指が上手に引っかけられない。

 

「きゃああああああ!」


 引けないならば致し方ないと、もう一度渾身の力を込めて取っ手を押せば、取っ手周囲の黄ばんだ部分が破れて、手首までが扉を突き抜けてしまった。

 しかも掌には湿って柔らかい感触がある。

 大急ぎで手を引き抜いた。


「ひぃいいい!」


 掌を見るとカビのようなものがびっしりとへばりついている。

 慌てて浄化の魔法を使おうとするも術が発動しない。

 異界には魔力が存在しないのだろうか。

 舌打ちをしたセラフィマは周囲を見回すが、手を洗う水も、清潔な布も視界には入らない。

 仕方なしに手を叩いて擦る。

 カビは空に霧散したようだ。

 掌にカビ臭さは残るも、それ以上の変化は見受けられないのに安堵する。


「よし、これならば開けられそうじゃな! ふっ!」


 空いた穴に手を突っ込み柔らかな感触に身震いしながらも、思いっきり手を引いた。

 ばきばきばきっ! っと、板が割れるような音がして、扉の一部を破り取った。


「う、うぬ?」


 中からころりと転がり落ちてきたのは、黄ばみもカビも酷かったが見慣れた形状の物だった。


「枕、じゃのう? と、すると。ここは出入り口なのではなく、寝具の収納場所なのかもしれぬ」


 カビ臭さに辟易しつつも中を覗き込めば枕の他にも、掛け布団らしきものやカバーの予備と思われる物がびっしりと詰まっている。

 

「おぉ! なんと!」


 頭を引き抜こうとした時、変な方向に力が入ったのか呆気なく、扉が開いた。

 足下を見れば戸を滑らせるのだろう溝が見受けられる。

どうやら引き戸と呼ばれるものだったようだ。

 故国やヴォルトゥニュ帝国では家具に引き戸は使われていたが、扉には一切使われていなかったので、全く想像がつかなかった。


「これは先が思いやられるのぉ……」


 異界はセラフィマが想像している以上に勝手が違うようだった。

 何より、魔法が発動しないのは厳しい。


 溜息をつけば埃っぽさが限界に達したのだろう、幾度も堪え切れぬ咳が出た。


「水! 誰か! 水を持てっ!」


 反射的に叫ぶも声は聞こえない。

 廃村というからには人はいないのだろうか。

 居たところでセラフィマに水を用意してはくれないに違いないが。


「人、ならざる者がおりそうじゃがのぅ……」


 涙目で咳をしつつも囁く。

 魔法が無理でも呪術が使えればアンデッドなど怖くはないのだが、そのどちらも使えぬのであれば己の身を守るのは難しい。


「せめて呪術だけでも使えれば違うのじゃが、使う相手がおらなんだら、使えるかどうかも解らぬわ!」


 こみ上げてくる咳をどうにかこうにか宥めながらも、格子に紙が貼ってある引き戸を開ける。

 力を入れずとも簡単に開くのは、なかなかに良い造りと言えた。


「むぅ? 出口じゃ!」


 石段が二段程あり、右手には開かれた引き戸の向こう側に庭らしきものが見える。

 左側には水瓶とかまどがあり、何やら火にかかった面白い形の鍋が置かれていた。

 鍋からは湯気が立っている。

 人気はないのに火の気があるということは、知性が高いアンデッドがいる可能性が高くなってきた。

 

「手を……洗うべきか?」


 カビだらけの手や顔がやはり気になる。

 喉の違和感も払拭してしまいたい。

 セラフィマは少しの間迷い、外へ出るよりも先に手洗いうがいを優先した。


「……ふむ。どうやら清水きよみずのようじゃの」


 水瓶には蓋がされており、上には長い棒がついた底の浅い木の器が置かれていた。

 これで水を汲めばいいのだろう。

 蓋を開ければ、中には澄んだ水がたっぷりと入っていた。


「ひぃ! ず、随分と冷たい水じゃな!」


 器で掬い、手にかければ凍えそうな冷たさだった。

 

「清水はありがたいからのぅ、文句は言えぬが……」


 顔を洗うのは適度に温い湯が良かったが、贅沢は言えまい。

 火が熾っている以上湯は沸かせるだろうが、今優先すべきは探索の方だろう。

 

「ひぃぃ……うう……冷たいのぅ……」


 手を洗い嗽をし、顔を洗って、タオルがないのに気が付いた。

 薄く目を開くと、鍋の上にキッチンクロスらしき物が掛かっている。

 爪の先で摘まんで引き寄せれば、ほんのりと穀物独特の甘いような香りがしたが、温かいのが良い。

 顔を拭き取れば冷たかった頬も温まった。


「ふむ。このキッチンクロス? は貰っておこう」


 綺麗なクロスはこれから先も重宝するだろう。

 セラフィマは懐にまだ温みが残るクロスを収めると、入り口に向かって歩いて行く。

 そっと外の様子を伺うと、どこからか声が聞こえた気がする。


「ここでは、よく聞こえぬな……アンデッドの声でなければいいのじゃが……」


 周囲を警戒しながらドレスの裾を持ち上げて歩く。

 靴があって良かった。

 足下は先の尖った石がごろごろと転がっている。


『おーい! 誰かおらぬか! 助けてくれ! 我はここだ!』


 助けを呼ぶ声がアンデッドの者でない可能性は否めない。

 だが、声は見知った者にとても似通っている。

 

「まぁ、声真似をするアンデッドもおるがなぁ……」


 しかしその声は、セラフィマと一緒に断罪され、尚且つ同じ罰を言い渡された者に似ていた。

 本人である可能性が高い。

 しかも彼女は側室一の戦闘能力の持ち主だ。

 ここがどんな場所であれ、重宝するだろう。


 声のする方へ近付いてゆく。

 相変わらず周囲に人の気配はない。


明日も更新する予定になっています。

合い言葉、和ホラーだけでも作品提出! で、頑張ります。


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