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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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ヴァルヴァラ・アファナシエフスキー 4

本日1話目更新。

登場人物が常に痛みを堪えながら苛々している仕様になっています。

上から目線の自分勝手な主張は、溜息しかでない感じです。

お読みの際はご注意下さい。



 鼻息を荒くしながら新しい薬茶を待つ間、常にヴァルヴァラを苛む激痛に耐えながらも、何とか脱出の方法を考える。

 籠に付いていた縄は細いので強度こそ弱いが隙間なく綯われている。

 三つ編みのように編み込んで強度を上げ、積み上げた鎧の上で縄を投げれば、何とかなりそうな予感がした。

 今度は縄を切られぬよう、セラフィマには縄から離れている場所で待機するように命じなければならない。

 しかしセラフィマは、どうやってあの縄を切ったのだろう。

 まさかセラフィマだけ魔法が使える訳でもあるまい。

 よもや呪術で縄を切って捨てる方法があるのか。

 脱出できたら、絶対に白状させてみせる。


「おぉ、そうだ! もう鎧は鎧としては機能せぬからな。これを使って、壁に足場を作ればいい!」


 不意に浮かんだ素晴らしい名案に、ヴァルヴァラは声を上げて一人、大きく頷く。


「ふん!」


 壁に鎧を叩き付ける。


「つう! ぐ、ふっ!」


 ぶつけた鎧から伝わった振動に全身が痺れたように硬直した。

 痛みに息をするのすら辛い。

 脂汗をだらだらと流し、酸欠で顔を真っ赤にしながらも、どうにか鎧を足場にしやすい大きさに壊してゆく。


「はっ! はっ! 後は、クロスを手袋代わりにして形を整えてやればいい!」


 籠の中に敷き詰められていた綺麗なクロスで汗を拭う。

 真っ黒に汚れたが、鎧を加工するのに使うならば全く問題ないはずだ。


 鎧をぶつけた壁に、僅かなへこみができている。

 足場をねじ込むには、もっと深さが必要だった。


「手頃な石を何個か持ってこさせるとしよう。掌に乗るくらいの大きさの物をと伝えれば、さすがのセラフィマも望む大きさの石を落とせるはずだ」


 もっと足場用に鎧を加工せねばと思いつつも、喉の渇きが気になって作業に集中できない。


「まだ持って来ないのか、セラフィマめ! どうしてあやつはこんなにも行動が遅いのだ!」


 叫び声は虚しく井戸の中で反射するだけだ。

 気持ちを落ち着かせるべく、上を向いて大きく息を吐き出す。

 と。

 ひょっこりとセラフィマが井戸から顔を覗かせた。

 気のせいでなければ、随分と小綺麗になっている。

 服も新しい。


『ヴァルヴァラ様! 追加じゃ! 持ってきたぞ!』


 それだけ身繕いをする時間があるのならば、さぞかし豪奢な追加分なのだろうと、腕を限界まで伸ばして籠を奪い取る。

 先程と同じ物しか入っていないのに、愕然とした。

 自分さえ良ければ、後はどうでもいい奴なのだ!


 奥歯をぎりっと噛めば、奥歯が砕けるのが解る。

 やってられるかと、水入れの栓を抜いて、全部を飲み干す。

 相変わらず飲みやすい。

 喉のヒリつきは即座に消え失せた。


「次はもっと沢山、持ってこい! 水も! 食料もだ! その前に、掌に乗る大きさの石を何個か落としてから行くんだ。間違っても我の頭の上に落とすのではないぞ!」


 叫ぶも返事はない。

 

「返事ぐらいしろっ!」


 ヴァルヴァラは水入れを肩にありったけの力を込めて投げた。


『い、痛っ!』


 そんなつもりはなかったのだが、セラフィマのどこかに投げた水入れが当たってしまったようだ。

 わざとではない。

 ただの事故だ。

 まぁ、ヴァルヴァラに酷い事をし続けるから、因果が巡ったのだろう。

 自分のせいだ。

 ヴァルヴァラは、全く悪くない。


「いいな! 早く石を落とすんだ! そうだ! 飲み物だけではなく、身体を拭く用の水も持ってこい。着替えもぞ! 解ったな!」


 やはり返事はなかった。

 事故だというのに、ヴァルヴァラがやったと思って拗ねているのだろう。

 我が儘女王様はこれだから困るのだ。


「ふぅ……この黒い塊は、味も腹持ちも良いが、飲み物と一緒に食したいものだな。全くセラフィマの奴が少ししか水を持ってこないのが悪いのだ」


 もっちりと食べ応えのある塊を咀嚼する。

 色は不気味だが海藻も美味しい。

 塩加減も初めは辛すぎると思ったが、食べている内に、どうやらちょうど良い味付けなのだと思い至った。

 ただやはり、絶対的に水分が足りない。

 きっとセラフィマは恵まれた状況にあって、気が回らないのだ。


「セラフィマ! まだなのかー!」


 叫んでも返事はない。

 井戸と屋敷はそれなりの距離があるのだろう。

 屋敷も狭くはなさそうだ。

 セラフィマが準備している訳ではないので、準備している者の都合もありそうだ。

 最も常識的な人物であるならば、井戸に閉じ込められており難儀しているヴァルヴァラを最優先するはずだ。

 また、セラフィマが我が儘を言って作業を遅らせているに違いない。


「返す返すも腹が立つ女だ!」


 二度と、ゲネラロフ殿と、敬意を込めて呼ぶことなどないだろう。

 最もヴァルヴァラとて、セラフィマの元女王という地位に敬意を払ったのであって、セラフィマ自身には露程の敬意も抱いていない。

 尊敬できる点など、何一つない女性なのだ。


 石を拾うのに、そこまで時間がかかるはずもない。

 きっとそんな手が汚れる作業などしたくないと、他の者に手配させようとしているに決まっている。


「セラフィマ! 少しは自分でやるのだぞ!」


 余りの反応のなさに、ヴァルヴァラは首を傾げる。

 何か問題でも起きたのだろうか。


「石は我慢できるとして、水は早く持って来て欲しいものだな!」


 文句を言いながらも、黒い塊は綺麗に3個とも食べ尽くしてしまった。


「仕方ない……少し、寝て……待つとするか……」


 痛みから逃げる為にも睡眠は有効だ。

 何処かが変わらずに痛んでいるが、悪化はしていないように思う。

 熱湯をかけられた瞬間や、器の欠片を振りかけられた瞬間の痛みには遠く及ばない。

 もう一度同程度の痛みが与えられたら、狂気に堕ちてしまうのではないかという危惧はあったが、今は極力考えないようにしている。


「早く、水分と……食料と、我が……頼んだ物を、持ってくるのだ……せらふぃまぁ……」



 覚えていないが沢山の夢を見ていたらしく、疲れが抜けていない。

 最も痛みも完全になくなっていないので、眠りが浅いのは仕方ないのだろう。


「む……ん? はぁ? 我はどれだけ眠ってしまったのだ?」


 眠る前には、暗くなりかかっている頃合いだったと思う。

 しかし今は、すっかり日が昇っていた。

 少なくとも一晩は寝ていたらしい。


「まぁ、眠りは身体や精神を回復させる効果があるからな……多いに越したことはないが、セラフィマめ! 結局、暢気に一晩寝入っていたのだな!」


 怒りを全てセラフィマに向けているヴァルヴァラは、己の非を何一つ認められないでいる。

 元々と短気な性質ではあったが、鬱屈せざるを得ない状況下で、その自分勝手さが暴走していた。


「っ! 何だっ!」


 何かが落下してきて、ヴァルヴァラは狭い井戸の中で飛び退いた。

 鎧の上に、大きな音を立てて落ちてきたのは、前回、前々回と降ろされた籠よりも二回りは大きい籠だった。

 水入れの入れ物も倍以上はあり、黒い塊も山と積まれている。


「後は、本か? 暇潰しにでもしろというのか、愚か者めが! 石はどうした! 着替えは! 身体を拭く水は!」


 贅沢を言ったつもりはない。

 必要最低限の物を欲しただけなのに、それすらも満足に与えられないというのは、一体どういうことなのか。

 憤慨するヴァルヴァラの目に、本から飛び出ていた、くしゃくしゃだが丁寧に折り畳まれた紙が1枚映り込んだ。


「これは?」


 開いて見ると、セラフィマからの手紙のようだった。

 元王妃、元側室筆頭に相応しい典雅な文字を書くセラフィマの手とは思えない、乱雑でマナーを守れていない文章を、どうにか読み解いてゆく。



 ヴァルヴァラ・アファナシエフスキー様


 妾は禁を犯して呪われた。

 現在、聴覚、視覚、声を封じられている。

 恐らく今後も悪化してゆくだろう。

 今後ヴァルヴァラ様への手助けは不可能だ。

 これが最後の差し入れとなる。

 多めには作っていただいた。

 節約してどうか、自力で脱出して欲しい。

 妾もできうる限りは足掻いてみる。

 手記には村について色々な事が書かれているようだ。

 読めるのであれば、参考に。


  セラフィマ・ゲネラロフ



最後の最後で、セラフィマの現状を知りました。

だからといって、自分の考えを変えないのがヴァルヴァラではないかと思ったりしました。


本日は後1話更新します。

引き続きお楽しみ頂けると嬉しいです。

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