ヴァルヴァラ・アファナシエフスキー 2
ヴァルヴァラ編2話目です。
5話で完結できるかなぁ……。
3人目のエカチェリーナ編も書き始めました。
明日には1話目が投稿できると思います。
痛い系の残酷描写がありますので、ご注意下さい。
「ヴァルヴァラ様! 縄を持ってきたぞぇ!」
外へ出たらどういった行動を取ろうかと試行錯誤を重ねている内に、寝入ってしまったようだ。
時計でもあればどれぐらいの時が経っているのか解るのだが、空の色だけでは細かな時間は読めない。
「おお! 感謝する、ゲネラロフ殿。この井戸には何もないのだ! 縄の他に手頃な石なども幾つか落としてくれぬだろうか?」
縄を井戸の外に投げるには重しが必要だ。
手甲などは形状的に良さそうだが、今後何があるか解らないので防備は固めたままにしておきたい。
「了解した! まずは縄を二本。それから……小枝と小石を落とそうぞ!」
小枝を何に使えというのか。
燃やして暖や明かりを取れろ言う意図ではないだろう。
ただ、周囲を見回して適当に思いついた物を言ったに違いない。
もう少し考えて欲しいものだ。
機嫌を損ねられても困るので、上を見ながら沈黙を守る。
一度に全部落とされた。
順番に落とした方が確実だと思うのだが、面倒だったのだろう。
井戸の壁を滑るように落とされたので、縄が引っかかって途中で切れたり、小石が砕けたりせずにヴァルヴァラの足下に収まった。
せっかく手を伸ばした意味が全くなかったが、変な場所へ落とされて怪我をさせられるよりはましと判断し、礼を告げておく。
「おぉ! 助かった! これで脱出できる! ゲネラロフ殿! すまぬが井戸の側で待っていては貰えぬか?」
「無論じゃ! 準備ができたら声をかけてたもれ!」
常にヴァルヴァラを待たせているのだ。
たまには待つのもいいだろう。
ヴァルヴァラはまず縄の両端を持って強度を確かめる。
しっかりと綯われた縄のようだ。
細めではあるが、ヴァルヴァラの体重を支えるのにも問題はなさそうだった。
落ちてきた縄は二本。
絶対に解けない方法で繋ぎ合わせる。
繋ぎ目から解けてしまったら目も当てられない。
先端に石を括り付けて完成だ。
セラフィマが考えたにしては偶然にしても、縄を縛り付けやすい形状の大きさだった。
「ん?」
一瞬、微かではあったがセラフィマの声ではない声が聞こえたような気がした。
「あと1人いるはずだが、まだ合流できていなかったのではないか?」
もう1人いたとしてヴァルヴァラの身体を鎧ごと引っ張り上げられるとは思わないので、今は特にいなくてもいいかと考えて、井戸の外に出てから質問することにした。
「よし、完成したぞ! これを投げればどこかに引っかかって……や。もっと確実な方法があるな」
自分の思いつきに思わずにやりとほくそ笑んだヴァルヴァラは、セラフィマに声をかけた。
「ゲネラロフ殿! すまぬが井戸が狭くて上手く投げられぬ。井戸の上に腕を突き出して貰えぬだろうか? そこに重しの石をつけた縄を絡めたい!」
「……石が妾を傷付けぬように頼むぞ」
生意気にもヴァルヴァラの腕前を心配しているらしい。
元側室の中では断トツで投擲能力があるというのに、疑うなんて業腹だ。
何しろヴァルヴァラが確実に外へ出られる方法なのだから、否定するのは許さない。
「心得た!」
見上げれば井戸の縁からセラフィマの細い腕が突き出されている。
失敗しない為にはセラフィマの腕に石が当たるかもしれないが、それぐらいは我慢して欲しいものだ。
額に手をかざして逆光が眩しい中で観察していると、石を括り付けた縄はセラフィマの腕にくるくると回って絡みついた。
「痛ぅ!」
想定通り石がぶつかってしまったのだろう。
あの程度の小石がちょっと当たっただけなのに、わざとらしく痛みを訴える声が井戸の底まで聞こえる。
どれほど大きな声を出したのだろう。
淑女とは思えないはしたなさだ。
「す! すまぬ! 気をつけたつもりだったが、大丈夫か!」
必要最低限のご機嫌は取っておく。
「っち! ……骨折などはしておらぬようだ。打撲だろうの。冷やせば落ち着くじゃろうて」
舌打ちをした挙げ句、許しの言葉がない。
あの程度で打撲とは鍛え方が足りなすぎる。
淑女を気取るならば、舌打ちは有り得ないだろうに。
「すまなかった! 十分に注意したつもりだったが、貴婦人は想像以上に繊細であったようだ。打撲などの治癒は任せていただきたい」
たっぷりの嫌味を込めて治療を申し出ておく。
治癒の魔法が苦手だった分、道具を使った簡単な治療は得意なのだ。
「こういった状況では致し方ないことじゃ。水場は見つけてあるので、そこで傷を癒やしながらヴァルヴァラ様も喉を癒やされるが良かろう」
「かたじけない!」
いちいち恩着せがましいのは腹立たしいが、水分はありがたい。
未だに痛みが引かない頭部の傷も、水で洗えば落ち着くはずだ。
縄の端をしっかりと握り締めて待っていると、縄が張る。
さぁ、これで登れるぞ! と気合いを入れたら、セラフィマの間抜けな声が聞こえた。
「……どうやら縄の長さが足りぬようじゃのぅ。妾では上手く結べぬ。もう少し縄を継ぎ足して欲しいのじゃ!」
馬鹿も大概にしろと言いたい。
心の底から叫びたい。
普通は距離ぐらい測れるだろうに。
肩を竦めて呆れきっていると縄が落ちてきた。
最初から全部落とせば話は早いのに、一体何を考えているのか。
空中で受け取ったヴァルヴァラは、手早く縄を固く結び長さを伸ばしてゆく。
全ての縄を繋ぎ合わせて後は、腰に手をあてて、ひたすら完成の報告を待った。
上を見続けて首が痛いので、幾度となく首を回す。
「よし! ヴァルヴァラ様! 登ってくるが良かろう!」
まだか?
いい加減にしろ!
愚図にもほどがある。
などなどと、セラフィマには聞こえない声で悪態をついていたところで、ようやっと完成の報告があった。
「おぉ! ありがたい! いざ! 登ろうぞ!」
掛け声と同時に縄を強く引く。
縄がびしっと張り詰める音が聞こえた。
目視できる限りでは、縄の強度に問題はなさそうだ。
足鎧と壁の相性は悪かった。
幾度も滑りかけながらも、徐々に登っていく。
時々激しく壁にぶつかった。
足鎧がなければ足を壁に打ち付けて酷い怪我をしてしまっただろう。
登りにくい事この上なかったが、脱がなくて正解だ。
ようやっと井戸の外が見えてきた。
セラフィマが薄汚れたドレス姿で様子を伺っている。
さすがのセラフィマも己の身を繕う余力はなかったようだ。
みっともない様に満足する。
「ヴァルヴァラさ、まぁああああああ?」
感極まったように名前を呼ばれるので、手を振ってやった。
「え?」
ぶつん!
ちょうどセラフィマの位置。
張っていた縄が何かで切断されたのだ。
「がっ!」
セラフィマが何かしでかしたのか? と推測する間もなく、井戸の中に落下する。
途中、頭を激しく打ち付けた。
ちょうど怪我をしていた場所だった。
肉のえぐれる感触だけが妙に生々しい。
「ヴァルヴァラ様っ! ご無事であるかっ!」
セラフィマの必死な声が遠くで聞こえる。
縄を切断したのがセラフィマだったとしたならば、見事だな演技だと褒めてやってもいい、悲痛な声音だった。
「ヴァルヴァラ様! ヴァルヴァラ様! 気を確かに持つのじゃ!」
意識はちゃんとある。
ただ声は出せない。
鎧のお陰で衝撃はかなり緩和されたが、6メートルはあるだろう高さを落下したのだ。
後頭部以外にも傷ついている可能性が高い。
全身も痺れてしまったようで感覚がないのだ。
経験上、大人しくしていれば、自分の身体がどうなったのか、きちんと把握できる時間がやってくるのを知っていたヴァルヴァラは、指一本動かせない窮地から脱却できるのを呼吸すら慎重にして辛抱強く待った。
待っていた、のに。
突然上から大量の熱湯が降り注いだのだ。
「ぎやあああああああ!」
反射的にヴァルヴァラは絶叫を上げた。
意識が鮮明になり、動けるようになったのだけは、不幸中の幸いだ。
ただし、最大の不幸の中にある、極小の幸いだ!
は!
セラフィマ編完結したら、異世界転移タグを異界強制転移タグにして、ホラー特化にしようと思っていたのを忘れてました。
準備ができたら修正します。