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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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ヴァルヴァラ・アファナシエフスキー 1

1日2話投稿とか、やればできるじゃん! とか、思ってみたり。

でも、連続とか毎日は無理だと、しみじみ限界を感じています。

 

セラフィマ編でも出てくる、ヴァルヴァラのお話です。



 汗と血の臭いが鼻につく。

 人のものであればむしろ馨しいのだが、自分のものとなると途端に悍ましいのはどうしてなのだろうか。


 己の身体から発せられた不愉快な臭いにヴァルヴァラ・アファナシエフスキーは目を開ける。


「ぬ?」


 しっかりと目を見開いているはずなのに、視界が暗い。

 また違う牢屋にでも閉じ込められたのだろうか。


照明ライト! はぁ? 馬鹿な! 術が発動しないなど、有り得ぬ! つう!」


 立ち上がろうとしたヴァルヴァラは何かに思い切りよく頭をぶつけた。


「くそう……どういうことなんだ!」


 手首を見ても魔法封じの枷は見当たらない。

 足首を見ようと思えば足鎧サバトン脛鎧グリーヴが邪魔で確認できなかった。


「……落ち着け、ヴァルヴァラ・アファナシエフスキー。まずは、落ち着くんだ」


 状況が読めない時に一番必要なのは冷静沈着な行動だ。

 大きく息を吐き出したヴァルヴァラは目を閉じて、何度か深呼吸を繰り返す。

 狭苦しい中でもなるべく楽な姿勢を取った。

 できれば鎧も脱いでしまいたかったが、この場所が敵地である可能性もあるので止めておく。

 

「敵地……! そうか! 確か我はマルティンに異界へ飛ばされたのだった!」


 目を閉じて記憶を辿れば、何時だって明確に己の身に何が起こったのかを思い出せたヴァルヴァラだったが、さすがに異界転移は経験した例がないので、心が乱されてしまったようだ。


「なるほど……異界であるから、魔法は使えぬと、そういうことか……」


 ヴォルトゥニュ帝国も故国ルカビングでも、魔法は日常生活に必要不可欠な物で、末端に至るまで何かしらの魔法が使えたが、物語の中では魔法そのものが存在しない世界が幾つもあった。

 物語の中の世界も、呪われた異界も似たようなものだろう。


「まぁ、よい。魔法が使えぬからと言って、我の価値が下がるべくもないからな!」


 魔法が一時的に使えなくなる呪術があると、呪術を得意とする側室の1人であった者が言っていた。

 もし、一時的に使えぬのだとしたらありがたいが、現時点で使えない以上甘い推測はしない方が無難だろう。


「……しかし……ここは、どこなのか……」


 足下は湿気のある地面。

 周囲は継ぎ目のない壁に囲われている。

 座った状態で完全に足を伸ばせない狭苦しい空間なのだ。

 上を見れば女性にしては背の高いヴァルヴァラの身長の、4倍近い高さがあるようだった。

 天井は塞がっておらず、ぽっかりと丸く空いた場所には、青空が映り込んでいる。


「そうか! 井戸! 古井戸、いや。涸れ井戸か……」


 湿った土を触りながら叫び声を上げる。 

 涸れ井戸の中に閉じ込められているのだと状況把握できたのは良かったが、環境は余りに過酷だった。

 井戸の壁に繋ぎ目がないので、繋ぎ目を足がかりに登ることもできない。

 また、井戸の中には湿った土以外にはヴァルヴァラしかいないのだ。


「……剣も、ないか」


 鎧も頭鎧グレートヘルムはない。

 起きた時にぶつけた後頭部が、まだじくじくと痛んでいる。

 携帯バッグがあれば薬も入っていたのだが。


「おーい! 誰かおらぬのか! 井戸に閉じ込められているんだ! 助けてくれ!」


 1人ではどうにもならないと判断したヴァルヴァラは外へ助けを求める。

 ヴァルヴァラの記憶が正しいならば、あと二人、同じ罰を受けた者がいたはずなのだ。


「どうして、名前が思い出せぬのか……」


 ただ叫んでいるだけでは不信感を煽るだけだ。

 名前を呼べれば、ヴァルヴァラの望む助けが来る可能性が高くなるというのに、どうしても思い出せないのが口惜しい。

 ヴァルヴァラは敵対する者が現れて、抵抗もできぬまま嬲り殺される悪夢を振り払いながら必死に助けを呼び続ける。


「誰かー! 誰かおらぬのか! 我は井戸の中にいる! 涸れ井戸の中だ! 出られぬのだ!」


 そろそろ喉が枯れそうだ。

 一滴の水でも飲めれば、まだまだ叫べるのだが。

 井戸の中に居るのに、水に不自由するとは、何とも人を馬鹿にした話だ。

 心が乱れるのを押さえ込んで、空咳を幾度かして、叫ぼうとしたその時。 


「大丈夫かの?」


 元側室の中でも比較的親交があった女の声がした。

 井戸の中を覗き込んでいるようだが、逆光で顔が全く見えない。

 別人ではないと信じて、その名前を呼んだ。


「その声は、ゲネラロフ殿か!」


 ヴァルヴァラの状況が解っていないのだから仕方ないのだが、セラフィマ・ゲネラロフは暢気に手などを振ってみせる。


「うむ、妾じゃ」


 偉そうな態度は何時も鼻につく。

 元王妃とは言え、同じ側室だったはずなのに、ゲネラロフは何時だって不遜な態度を崩そうとはしないのだ。

 奥歯をギリギリと噛み締めながらも、内心の苛つきを悟られぬように平静を心がけて声を上げる。


「ありがたい! 目覚めてから、ずっと声を上げていたのだ。気付いて貰って良かった!」


 来るのが遅いと暗に文句をつける。


「妾は古びた屋敷の中で目覚めたのじゃ。屋敷から脱出したところで、声が聞こえたのでな、来てみたのじゃが……怪我などはしておらぬか? 何が入り用じゃ?」


 悔しいことにゲネラロフはヴァルヴァラに比べて随分良い場所で目覚められたようだ。

 犯した罪の重さなら、絶対にゲネラロフの方が重いはずだというのに。

 ヴァルヴァラの類い希なる戦闘能力を畏れられたのだろうと考え直し、ヴァルヴァラは現状と希望を告げる。


「そうか……我は気が付けば井戸の中であったよ。ありがたいことに怪我は全くない。はしごがあれば一番ありがたいが、ゲネラロフ殿では持ち運びが難儀であろう。縄を探してきてはくれぬか? 我の体重に耐える縄が何本かあれば助かる」


 本当は飲み物や食べ物が欲しいが、一番に希望すれば、浅ましい奴! と、胸の内で唾棄されるだろう。

 そんな屈辱、ヴァルヴァラには耐えられない。


「妾では引き上げられぬぞ?」


 さすがのヴァルヴァラもセラフィマに力仕事なぞ望みはしない。

 下々のやることじゃ! と言って、鼻で笑っているのを幾度となく目にしている。

 王妃や側室に腕力を求めるのは無謀なのが一般常識。

 ヴァルヴァラが規格外に素晴らしいだけだ。

 こっそりと溜息をついて、それぐらいなら子供でもできるだろう? と侮蔑の色を隠しながら告げる。


「それは問題ない。しっかりした場所に縄を結んでさえ貰えれば、自力で登れるからな!」


 縄さえあれば、どんな場所からでも脱出してみせる。


「すまぬが宜しく頼む! 我は消耗を少しでも押さえるべく、静かに待機しているから、縄が用意できたら声をかけて欲しい!」


 どうせ無駄に時間がかかるだろう覚悟はしておく。


「了解じゃ」


 解りやすく頷いて見せたゲネラロフの顔が消える。

 縄を探しに行ったようだ。


「あの様子では村どころか、起きたという屋敷の探索すらできていないだろうな!」


 はっ! と鼻で笑う。

 ヴァルヴァラの身体能力が異常であって、セラフィマはよく状況を把握した上で行動しているのだが、常に上から目線で、自分こそが正妃であると胸を張っていたセラフィマが、ヴァルヴァラは大嫌いだった。


「あやつが呪術師でなければ簡単に殺せたものを!」


 側室達の仲はヴァルヴァラの完璧な謀略によって、最悪の状態を維持させられていた。

 断罪された時には12人しかいなかった側室だが、ヴァルヴァラが側室になった時は倍以上の人数がいたのだ。

 殺し合って12人まで減ったのだが、その大半はゲネラロフの呪術で死んだのだとヴァルヴァラは信じて疑わない。

 彼女さえいなければ、自分が直接殺せたのだと思えば腹立たしさは募る。

 呪術など卑怯な手を使わないと人を殺せない弱者の癖に、一時が万事図々しいのだ。

 自分で術を放ってヴァルヴァラを散々苦しめておきながら、セラフィマが親切ごかしにやってきて、治癒してさしあげるのじゃ! と言い放った時は、この手でくびり殺してやろうと思ったくらいだ。


 誰にもばれはしなかったが、ヴァルヴァラが気が付けば石女うまずめになっていたのも、セラフィマのせいだと信じて疑わない。


「……ふぅ。気持ちを落ち着けて、今後の事を考えねばなるまい……」


 そのセラフィマに命を託さねばならないのは業腹だが、精々こき使ってやればいいと思い直せば留飲も下がった。



ヴァルヴァラの被害妄想炸裂ですが、一部正しいのが、彼女の思考を頑なにさせているのでしょう。

ちなみに石女の件は、別の側室によるものです。

こちらはセラフィマ編より短い話になる予定で書いています。

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