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側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
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セラフィマ・ゲネラロフ 13

視覚を奪われるのは初めてはないので、セラフィマはよく動けている感じです。

ですが、以前のように効率良く行動できないのは、自分より強い存在に疎まれているのを自覚しているせいと、二度と視力が回復することはないと理解しているからです。

なまじ頭の回転が良い分、無駄な恐怖に囚われているという仕様。



 こうなってしまった以上、ヴァルヴァラへの手助けは難しいだろう。

 心情的にではない、現実的に、だ。

 しかし放置してしまえば餓死必須は間違いない。

 だから見えない目でどこまで書けるか解らないが、現状を書き連ね、今後の手助けは難しい旨を伝えようと決めた。

 

(食事も一度でセラフィマが運べる限界の量を作って貰って、ゆっくりでいいから確実に運ぶとしようかのぅ。ヴァルヴァラならば、他の誰よりも長く保たせられるはずじゃ)


 そうとなれば、紙と筆記具を入手せねばなるまい。

 書庫にならあるか、いや、薬部屋の方にこそあるだろう。

 セラフィマは壁まで這っていき、衣装部屋から寝室へ移動し、寝具に足を取られないように気を遣いながら、水屋に降りる。

 目が見えないと些細な段差でも簡単に転んでしまう。

 土で鼻を汚しながらもセラフィマは水屋の奥にある引き戸を開けた。


(なんじゃ!)


 一歩足を踏み入れたら、すてんと転んでしまう。

 何かを踏みつけて滑ってしまったようだった。

 したたかに腰を打ち、しばし硬直しながら唸り声を上げる。

 

 程なく良い香りが漂ってきて、手の甲に軽く乾いた物が触れる。

 そっと手を伸ばしてみれば、くしゃくしゃになった1枚の紙切れだった。

 転んだ原因は紙だったようだ。

 奥まで行かずとも入り口付近に用意してくれていたらしい。


(せっかく用意して貰ったのに、くしゃくしゃにしてしまってすまなかったのぅ)


 香りは強くなった。

 許して貰えるらしい。

 新しい紙を強請ろうか迷い、止めておく。

 自制できる限りは控えめな態度を貫いておこう。


 何かが転がってきて指先に当たる。

 指先で確認した結果、恐らくは筆記具だと推測した。

 目的の物を手にしたセラフィマは、薬部屋から食事の間に移動する。


 広いので移動に苦労した。

 膳は二つ用意されているようだ。

 一つには、深い籠の中に山盛りの黒い塊が入っている。

 塊はしっとりしており、前に触れたのと同じ大きさで独特の形だったので間違いないはずだ。

 水分が入っている容器は、二回りも大きい。

 持って行けるだろうか?


 重さを確認しようと籠を持ち上げて、落としそうになった。

 慌てて膳の上に降ろす時に籠の下が、滑りの良い板で補強されているのに気が付く。


(おぉ! ありがたい。縄で引き摺っていっても良いということじゃな! これなら、妾でも損なわずに持って行けるであろう!)


 あの方と警告人形達に感謝の意を示しておく。

 この村では恐らく、こういったことが大切なのだ。

 案の定、優しい香りに包まれる。


 焦げ臭い匂いがする食べ物がセラフィマに用意された料理なのだろう。

 牢で食べた物と同じならば、どうにか食べられるはずだ。

 しかし、積極的には食べたくない。


 セラフィマは先にヴァルヴァラへの伝言を書くことにした。

 窓辺まで這いずっていけば、椅子とテーブルがあった。

 テーブルに紙と筆記具を置き、椅子に深く腰をおいて座る。

 近くに手記が置かれていたので試しに触れてみると、何の問題もなく開いた。

 目が見えないので意味がないのが残念だ。

 もしかしたら、ヴァルヴァラにも読めるかもしれないので、手記も籠の中に入れることに決める。


 筆記具はセラフィマの知らない物だった。

 念の為に筆記具の先を指の腹に押し当てれば濡れる感触があった。

 インクかそれに類する物が出ているのだと見極めて、書きにくい紙にどうにか筆記具を走らせる。


 ヴァルヴァラ・アファナシエフスキー様


 妾は禁を犯して呪われた。

 現在、聴覚、視覚、声を封じられている。

 恐らく今後も悪化してゆくだろう。

 今後ヴァルヴァラ様への手助けは不可能だ。

 これが最後の差し入れとなる。

 多めには作っていただいた。

 節約してどうか、自力で脱出して欲しい。

 妾もできうる限りは足掻いてみる。

 手記には村について色々な事が書かれているようだ。

 読めるのであれば、参考に。


  セラフィマ・ゲネラロフ


(目が見えない上に、初めての筆記具で皺の寄った紙に書いた物だからのぅ。きちんと妾の意図が伝わると良いのじゃが……)


 伝言の紙は手記の間に挟み、解りやすく半分を引っ張り出しておく。

 椅子を降りて籠の中に手記と紙をしまって、食事にかかった。


 手探りで器を手に取り、近くに置いてあった木匙を器の中に入れると、中身を掬う。


(うぅううう。泥の味じゃ)


 食感的には美味しかった穀物を煮た物に近いのだが、味は全く似ていない。

 香りは焦げ臭く、味は泥そのものの味だった。

 食べられる、泥。

 恐らく健康には良い。


 セラフィマは涙目で中身を残さずに食べきった。

 残せば何か、制裁があると思ったからだ。

 

(おお! 薬茶ではなく、ただの温い白湯だじゃが、美味しく感じるぞ!)


 木匙の近くに置かれていたの器には、中途半端な温度の白湯が入っていたが、先に食べた物が不味かったので、とても美味しく感じた。

 最後の一滴までを飲み干したセラフィマは、段差に注意しながら縄を引き、籠を引き摺っていく。


 靴を履き替えて、真っ直ぐ井戸に向かう。

 幾度か小石に引っかかって籠が倒れそうになったが、その都度直しながら進んで、中身を落とさずに井戸へ辿り着く。

 重いのでゆっくり落とそうと頑張ったが、掌を縄が勢いよく滑って、縄ごと井戸の中に落ちてしまった。

 ヴァルヴァラは怒っているだろうか。

 伝言に、気が付いてくれるだろうか。


 セラフィマには確かめるすべは何一つなかった。


(妾も頑張るのでな。ヴァルヴァラ様も頑張ってくだされ!)


 縄が滑って痛む掌を擦りながら屋敷へ戻ろうとして、村にある他の家の存在を思い出した。

 ヴァルヴァラの助けが聞こえない場所にあって、人が住んでいても助けに出てくれなかったのだ! という、僅かな望みにかけて、セラフィマは村の見取り図を頭の中で展開しながら、すり足で歩いて行く。


 初めて来る場所まで必死の思いで歩いてきたが、良い匂いも、人の匂いもしない。


(来るだけ無駄じゃったのかのぅ)


 肩を落としながら歩くと、集中力を欠いていたらしく、派手に転んでしまった。

 思い切り顔が埋まったのは、やわらかな土だった。


(ぬ? 先程とは違う感触じゃ。ここは一体どこじゃ? 土がやわらかいとなると、畑か?)


 収穫物を残さず食べねばならないと記されていたくらいだ。

 畑ならば作物を荒らしてはならない。

 作物を踏みつけたりはしていないだろうか? 

 セラフィマは泡を食って四つん這いで、やわらかな土の場所から移動しようとして、落下した。


(はぁ?)


 害獣駆除の落とし穴か? と思っている内に、尻の下で硬い物が割れた感触があった。

 落とし穴なら、回収しきれなかった獣の骨かもしれない。

 尻に突き刺さった鋭い物を指先でなぞる。

 目が見えれば、これが何かも、今どこにいて、どういう状態におかれているのかが解るのだが。


(うっ! 何じゃこれは!)


 酷い悪臭が漂ってきた。

 セラフィマが現時点で感知できる数少ない警告が、匂いだ。

 良い香りなら問題ない。

 むしろ歓迎するべきだ。

 セラフィマの行動が正しいと肯定してくれる、ありがたい匂い。

 だが、初めて嗅ぐ悪臭は、間違いなくセラフィマが禁忌を犯してしまったと、警告している。


(妾は何をしてしまったのじゃ? 大変申し訳ないが、許してたも! れ?)


 セラフィマの手の上へ、何か硬い物が落ちてきた。

 丸い物だった。

 所々穴が空いている。

 セラフィマは、手の中で丹念に輪郭をなぞった。


(まさか! これはっ! もしや、ここはっ!)


 セラフィマは、丸い物が何か。

 この場所がどこかを、正確に理解してしまった。


 手の中にある丸い物は、頭蓋骨。

 やわらかい土の場所は、墓場。


 *墓を荒らしてはならない。


 その、禁忌を犯してしまったのだと。



次回でセラフィマ編完結です。

一緒にヴァルヴァラ編の2も投稿したいところですが、風邪のせいで思うように進んでいないので微妙なところ……。

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