表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
11/25

セラフィマ・ゲネラロフ 10

本文中の手記にある、土 3の月という表現は誤植ではありません。

土が月にあたり、3の月が日にあたります。

土の月 3日という感じです。

月は、土、水、風、火、光、闇、生命、精神で8月。

日は、1の月~30の月で30日。

手記を書いた女性が居た世界の暦でした。

本文中で説明する機会がなさそうなので、ここで書いておきます。



『あああっ!』


 籠が鎧の上へ落ち着いた途端、強く引っ張られて縄を離してしまった。

 これは不可抗力だ。

 恨みがましい眼差しが向けられたが、食事の方に気が向いているらしく、ヴァルヴァラは黒い塊に齧り付いた。

 途端に吐き出しているので、セラフィマは慌てて叫ぶ。


『水分を! 水分を取るのじゃ! 細長い容器の栓を抜けば、薬茶が入っているはずじゃ!』


 ヴァルヴァラは噎せ返りながらも容器の栓を抜き、中身を飲んでいる。

 んぐんっぐんぐっと、それこそ噎せてしまうのではないかと心配する勢いだった。

 あれではすぐに飲み尽くすだろう。

 セラフィマの心配は、すぐに現実のものとなった。

 ヴァルヴァラが必死の形相で、容器を傾けて中身を啜っている。


『ヴァルヴァラ様! 容器を井戸の外へ投げるのじゃ! 追加の飲み物を淹れて、再び持ってこようぞ! た、ただ! 用意するのは妾ではないから、すぐには持ってこれぬやもしれぬ! それはご理解くだされっ!』


 セラフィマの経験上、新しい薬茶が補充されるかどうか、半々といったところだ。

 その時の状況に最善と思われる物が提供される。

 それが、この村での約束事のように思う。


『そういえば、この村で過ごすに当たっての決まり事のようなものは、あるのじゃろうか……』


 探索よりも手記を読むのを優先すべきだったかと後悔しているうちに、細長い容器が井戸の外へと放り投げられた。

 栓もきちんとされている。

 これならば、セラフィマにも使えるだろう。


『では、また後程持ってくるからのぅ。時間をかけて食事をしてくだされ!』


 断食に近い状態だったのだ。

 欲望のままにがっついたからこそ、噎せ返ってしまったのだろう。

 ヴァルヴァラはその辺り、セラフィマより余程詳しいと思っていたのだが、意外とそうではないのかもしれない。


 容器をしっかり握り締めたセラフィマは、屋敷へと戻っていった。



 手記はどこで読めばいいだろうかと考える。

 書庫でも良いが、水分補給を考えると食事の間が無難な気もした。

 水屋に空の容器を置いて、今回はヴァルヴァラが飲むのに適した物を淹れて欲しいと願っておく。

 手記が読み終わってから確認すればいいだろう。


 食事の間へ足を踏み入れると、膳の上へ器が一つ載っている。

 湯気が立ち上っているので熱い薬茶だろう。

 寝室へ置いておいた手記を取りに行く。

 移動中は珍しく何も変化がなかった。


 食事の間に戻れば、大きな窓の側に椅子とテーブルが置かれており、薬茶の器がそちらへ移動していた。

 クッションがあるとはいえ、長時間床に座っているのは辛い。

 背もたれがある椅子に寄りかかれるのは本当にありがたかった。

 ちょうど良い温度の薬茶を飲みながら、手記を捲る。



 土 3の月


 この村で生活を初めて、まだ1日しか経過していないのが信じられない。

 罪人が送り込まれるという、この呪われし村へ、私は10人の犯罪者達と共に強制転移させられたようだ。


 自分の置かれた状況を理解できないのか、したくなかったのか。

 全員目が覚めたので状況把握の話し合いをしようとしたのだが、参加しようともせずに村から逃げようとした者は死んだ。

 境界線と思わしき深紅の縄を切り落とした男の首は、縄と同じように見えない何かに、切断面も鮮やかに切り落とされた。

 血飛沫が噴水のように上がった。

 縄を跨いだ女は、身体を真っ二つに裂かれた。

 村側には遺体が残ったが、反対側には○○○○。



 ……やはり完全には読めない箇所があった。

 しかし今回の場合は、十分理解できるので問題はない。

 反対側は別の異界。

 当然その身を維持できるはずがないのだ。

 消滅、したのだろう。


 セラフィマは茶を一口啜ってから続きを読む。



 2人が突然死んで、一番冷静と思われた男が、村の外へ出ると死んでしまうから、村の外へは出ない方がいいだろう、と意見した。

 頷いた一人の女が、まずは遺体を埋めようと提案するので、遺体が埋められるような場所を探しに、8人が散った。

 私は墓場ではないかと思われる場所を見つけたので、元の場所に戻って皆を待った。

 2人が戻ってこなかった。

 私の先導で墓場へ向かう途中に、男女が折り重なって死んでいるのが見つかった。

 2人を知る男が、二人は恋仲だったと言うので、心中と判断する。

 墓穴を掘るのが面倒なのもあって、2人は重ねたまま、一緒の穴に入れた。

 

 続いて探索をすることになった。

 私は冷静な男と組み、大きな屋敷を担当した。

 屋敷は随分と古びていたが、多少の修繕をすれば生活ができそうな状態だった。

 また食料庫も発見できた。

 食料庫にはかなりの食料が保管されていた。

 他にも、寝具、衣類、薬品、玩具に宝物までもが見つかったのだ。

 風呂もトイレも複数あるので、男女別に分けられると喜びもした。


 再び屋敷の前で合流する。

 村の敷地には、何件かの住めそうな家、野菜が植わっている畑、井戸、家畜小屋、日用品が収められている収納庫が複数あるとのことだった。


 一生この村で暮らしたくはないが、頑張れば暮らしていけるだけの状態であると解った時点で、食事をして少し早いが就寝しようと決まる。


 食事は女1人、男1人、私の3人で作った。

 残りの女2人と男1人は高貴な身分らしく、料理ができないようだった。

 文句ばかり言うので、一緒に食事を作った男が一喝すれば、3人は不満そうではあったが、静かになった。


 一番広い部屋を高貴な方々が使うと暴れるので、私達は屋敷を出て違う家へ行った。

 宿屋のような寝るだけの一軒家があったので、そちらで3人自己紹介をしながら、明日やるべき事を夜遅くまで話し合った。


 この手記は、話をしている最中に書いたものだ。

 2人もきちんと明日すべきことを自分の手帳に書き込んでいたようだ。


 就寝時、どこかで断末魔が聞こえたような気がしたが、疲れていたのでそのまま、眠ってしまった。



『ふむ……この手記が書かれた頃は、まだ井戸が涸れていなかったようじゃな。後はこの屋敷以外に家があるというのなら、その家に住む者がいるかもしれぬ。屋敷も全て見回ったことじゃし、明日は村を見てみるとしようかのぅ……』


 1日分を読むだけでも想像以上に時間がかかる。

 やはり古語は難しい。

 額へ浮かんだ汗を拭いながら不意に、ヴァルヴァラが求めた追加の水分を思い出した。

 

『入っているようであれば、届けに行くとしようかのぅ……』


 億劫だが仕方ない。

 セラフィマは重い腰を上げて水屋を覗く。

 持ち上げた容器の中には、飲み物が満ちているようだった。

 村はまだ、ヴァルヴァラを生かしたいらしい。

 その意思に逆らうのが恐ろしいセラフィマは、容器と共に置かれていた3つの黒い塊の入った器を、先程と同じ縄のついた籠の中へ入れて井戸へと持ち運んだ。


『ヴァルヴァラ様! 追加じゃ! 持ってきたぞ!』


 井戸の中を覗き込めばヴァルヴァラの虚ろな瞳に生気が戻っていた。

 食事の効果には素晴らしいものがある。

 籠を降ろせば、限界まで伸ばしたのだろうヴァルヴァラの腕に引ったくられた。

 そのせいで、またしても籠は井戸の中に縄ごと落ちてしまう。

 もしかしたらヴァルヴァラは、この縄を繋ぎ合わせて、再び井戸を登ることを検討しているのかもしれない。


 鎧の件を思い出して意見しようと口を開き書けたセラフィマの額に、何かが勢いよく当たった。

 水を飲み干したヴァルヴァラが、セラフィマに向かって空の容器を投げたのだ。

 気配を察知して目的を害するなど、気力を取り戻したヴァルヴァラには、セラフィマが人を呪うのと同じくらいには簡単なはずだ。


『い、痛っ!』


 痛みを訴える声を上げる。

 ヴァルヴァラの低く不気味な笑い声が聞こえてきそうだ。

 額を押さえながら井戸を覗き込んで文句を言おうとして、止めた。


 こんな嫌がらせをする相手に食事など運んでやるものか!


 セラフィマは、にやりと笑って、容器を手に屋敷へ戻った。



ヴァルヴァラもセラフィマも断罪されるに相応しい、どうしようもない自分勝手な性分です。

あと1人が出てこない理由は、彼女の回じゃないと書けないのが辛いところ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ