表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
側室達の末路  作者: 綾瀬紗葵
10/25

セラフィマ・ゲネラロフ 9

このままでは、セラフィマ編しか投稿できない気がしてきて、同時進行で他者視点の話も書き始めました。

ストックができましたら、他者視点も投稿していきたい所存です。

というか、投稿していかないと切実に終わらない気がしてなりません。



 頬を幾度も叩かれて覚醒する。


『誰が妾を叩いておるのじゃ! 極刑に処すっ!』


 飛び起きて頬を執拗に叩く手を掴もうとしたが、失敗した。

 ぬるっとした感触と生臭い匂い。


『どうして、ここにいるのじゃあ!』


 セラフィマは何故か廊下に横たわっていた。

 頬を執拗に叩いていたのは、巨魚の尾びれだったのだ。


『お主は大人しく池の中に潜っておればよいのじゃっ!』


 八つ当たりで背びれを蹴り飛ばせば、頬を叩く強さが驚くほど加減されていたのだと解るほど激しく腰が叩かれた。


『きゃああああ!』


 悲鳴と共に池の近くまで転がっていく。

 池を囲っていた岩にぶつかって、どうにか池の中へ落ちる災難からは逃れられたが、巨魚が、お前の言うとおりにしたぞ? 満足か! と、いった感じの怒りに満ちた人間の眼差しでセラフィマを凝視して、池の中へ水飛沫を高く上げて潜っていく。

 水飛沫はセラフィマの全身をくまなく濡らした。

 粗相の始末をせずにすんだ、と思ってしまう。


『……着替えじゃ! 着替えをして、昼食を!』


 生臭い水を掌で拭い取っていると腹が鳴るので、空腹に気が付いた。


『ん? 朝食はしっかり食べたはずなのに、随分と空腹を覚えるのが早くないじゃろうか?』


 首を傾げながらも廊下へ上がりながら、記憶を探る。

 巨魚に頬を叩かれて覚醒する前に、セラフィマは何をしていただろうか?


『宝物部屋で宝飾品を身につけて、鏡で己の美しく着飾った姿を見ようと衣装部屋へ移動しようとした所で、封印された部屋に引きずり込まれて……』


 美しくも悍ましい、人型の化け物を見たのだ。


『くっ! 寒気が止まらぬ! 湯浴み! 湯浴みはできぬのかっ!』


 衣装部屋を通り過ぎると、新しい衣装が置かれていた。

 セラフィマは素早く衣装を脱ぎ捨てて、一緒に置かれていた大きなクロス(バスタオル)を身体に巻き付けると、新たな衣装を手に水屋へ足を速める。

 探索で風呂は見つかっていない。

 ならば水屋で湯を沸かして、身体を拭うのが良いだろう。

 どうせ誰も見ていないのだから、庭で湯を幾度か頭からかぶってもいいかもしれない。

 

『ふ、ふぅ。よし、あやつは封印部屋から出てこないのだな?』


 水屋には大きな鍋に、身体を拭くのにちょうど良さそうな温度の湯がたっぷりと湧いていた。

 

『……何も庭まで出ることもないかのぅ?』


 水屋の床は水はけを良くするためだろうか、何本もの太い隙間がある。

 ここでならば身体を洗っても、汚れた湯は綺麗に流れていくだろう。

 それならばと頷いたセラフィマは、濡れぬように離れた場所に新しい衣装と大きなクロス置いて、大鍋の側に置かれていた長めの取っ手がついた木の器に湯を汲んで、頭からかぶった。

 温くもなく熱すぎもしない快適な温度だったのに気分を良くしたセラフィマは、数度湯をかぶって、生臭さと汚れを落としてゆく。


『シャボンがないのは残念じゃが、クロスには不自由しないからのぅ』


 身体をクロスで擦り立てれば、クロスが真っ黒になった。

 驚くほどの汚れにセラフィマは目を見開く。


『目覚めた時の壊れた家屋で過ごしているのであれば汚れの酷さも解るのだが……ここまで汚れるものじゃろうか?』


 思い返してみると、庭で転んだり、埃だらけの収納庫に入ったり、そもそもこの村へ来る前にも清潔とは縁遠い生活を余儀なくされていたのだ。

 汚れの酷さは当然だったのかもしれない。


 頭の何処かに、どうしても引っかかるものが何か解らないまま、汚れが落ちたので全身の水分を拭い取る。

 大きいクロスは抜群の吸水性を保っており、髪の毛が乾くのもあっという間だった。

 身体を拭く流れの中で、恐る恐る触れた足首に髪の毛は巻かれていない。

 目視でも確認して人心地ついた。


『そういえば、ここには下着はないのじゃろうか?』


 新しい衣装の上には、着古された下着が洗濯された状態で載っている。

 一度着た衣装は同じ物が出てこないので、たぶんそうなのだろうと思う。

 衣装の肌触りは良いので尚更、罪人に与えられる程度でしかない下着が気になってくるのだ。


『寝る前にでも強請ってみるとしようかのぅ……』


 先程まで着ていた物と同じ型の衣装だが、色と刺繍は違う物だ。

 夜空色の生地に、彩り豊かな刺繍が施された玉が幾つも描かれている。


『ほぅ。美しい玉じゃのう。これは一体何に使う!』


 立ち上がって図案を見ているセラフィマの視界に、あの、人型の化け物が小さかった時ととてもよく似た面立ちの、黒髪に豪奢な衣装のアンティークドールが二体映り込んだ。

 アンティークドールはセラフィマが着ている衣装の中から玉を一つずつ取り出して、足下に弾ませながら、庭へと出て行ってしまった。


『あ、遊び道具のようじゃな』


 セラフィマは顔を引き攣らせて玉が抜け出てしまった衣装を眺めながらも、人形が害意を持っていないのに放心しつつ手を洗った。

 

『ん? これはもしや、ヴァルヴァラ様用の食事かのぅ?』


 うるさく鳴る腹を摩りつつ食事の間に足を運べば、膳が二つ用意されていた。

 一つの膳には大きな深い器が、もう一つの膳には長い縄のついた籠の中に握り拳ほどの黒い塊が三個と細長い木の容器が入っている。


『ほぅ。この容器はどうやら薬茶が入っているようじゃな』


 持てばちゃぽんと水の跳ねる音がする。

 出っ張った飲み口部分に栓がついているので、中身が零れないのだろう。

 これなら間違いなく井戸の中へ降ろせそうだ。


『黒い塊は気味悪いがきっと、ヴァルヴァラ様の身体にあった食事なのじゃろう』


 火傷も癒え、食事が満足にできればヴァルヴァラも、自力で脱出できるようになるかもしれない。


『そうじゃ! 鎧を階段のようにすれば上がってこれるのではないか?』


 セラフィマは良い提案だとばかりに、大きな声を上げて手を叩く。


『食事が終わったら早速届けるとしよう』


 すっかりヴァルヴァラに対する義務を果たした気になったセラフィマは、目の前の食事に手を付ける。


『美味じゃが……食べにくいのう……』


 たっぷりと汁の入った器には、パスタらしき物が入っている。

 麺は真っ白で太い。

 食べ応えはありそうだ。

 しかし置かれているのはフォークではなく、二本の棒。

 仕方ないのでセラフィマは、先に汁を飲み干してから麺を棒で掻き出して食べた。


『これもまた、もちもちして……腹持ちも良さそうじゃな!』


 麺の他には、蒸された肉と茹でた野菜、磯の香りがする野菜のような物、鼻がつんとする野菜などが入っていた。

 

『汁が塩辛いから、後で喉が渇きそうじゃのぅ』


 初めて飲む冷えた薬茶を堪能しながらも危惧したセラフィマは、こめかみに指先を押しつけながら思案する。

 

『携帯できる飲み物入れはあるかのぅ? ヴァルヴァラ様用とは別に、妾用に!』


 思案した結果は、素直に頼むことだった。

 目を閉じてゆっくりと開いたが、そこにセラフィマの望む物は現れなかった。


『うむ……ヴァルヴァラ様用の容器を自分の物に! いやいや。駄目じゃ。それは駄目じゃ。また、嫌な思いをすることになるじゃろう』


 聞こえるはずもないヴァルヴァラの怨嗟が、頭の中を埋め尽くしたような気がして大きく首を振る。


 食事を持っていけば、己の罪悪感も多少は払拭されるに違いないと、セラフィマは食事の間を後にした。



『ヴァルヴァラ様! 食事と飲み物を降ろしますぞ! 気をつけて受け取って下され! 妾にはよく解りませぬが、ヴァルヴァラ様の身体に良い食べ物と飲み物のようなので、きちんと召し上がって欲しいのじゃ!』


 井戸の底へ向かって叫べば、眼球が剥き出しになった顔が上げられる。

 瞳には生気がなく酷く虚ろだ。

 セラフィマは憎悪がないのに安堵しながら、籠を慎重に降ろしてゆく。


『黒い塊は見た目は悪いが、ちゃんと食べられる物じゃからな!』


 少なくとも泥水のような汁物は美味かった。

 黒い塊もきっと同じように美味なはずだ。



気が付けば3万文字越えです。

当初では終わっているはずだったんですけども、どんどん長くなっています。

3人とも、終わり方は決まっているんですけどね……。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ