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ミステリアスな夜の騎士2

「貴方は、誰……」

 私を掴んでいる人物の腕を乱暴に取り払って、向かい直るとそう問いかけた。

 祭の騒がしさは遠くに聞こえ、周りの景色が暗くて場所がしっかりと判別できない。

 そして、目前にいるこの仮面の人物の表情は窺い知ることが出来ない。


「君に一つ、忠告を」

 仮面の人物はそう言って、仮面を外して、私を見つめた。

 紫水晶の瞳――その瞳には確かに、見覚えがあった。

 その瞳に囚われると、幼い時の胸の高鳴りが蘇えってくる。

 彼に何か、ひどいことを言われたわけでもないのに、私の頬を涙が伝っていった。


 思い出してしまった。

 彼は私の命を救ってくれた恩人で、私は彼が何度も教えてくれたことに背いてきている。

 もうここにきちゃダメ、と言われた森を再び訪れたあの日、それから……。


「ルーク!」

 そう、目の前に現れた、私をここまで連れてきた人の名はルークというのだった。

「着付けからは手を引いた方が良い」

 彼は仮面を、決して着慣れてはいないであろう着物の懐に仕舞いこみながらそう言った。

「そう、貴方は前もそう言ってた」

「覚えてるなら、なぜ。てっきり、君は何もかも忘れて……あの日の恐怖ですら忘れてしまったのかと思ったよ」

「どうしてなんだろう……」


 私は、着付けをやめないことに対して、何か大きな信念があるわけでもなんでもない事に気が付く。

 私はずっと、目標があったわけでも何でもなかった。

 でも、今は、もう一度、大河さんに……。

 その思いだけだった。


 もしも他の人が大河さんを着付けて、戦地に送り出すと言うのならば、今の私は泣いてしまうかもしれない。

どうしてかは、上手く説明できないけれど。

大げさかもしれないけれど、きっとそうなのだ。


「あの時、助けてくれて本当にありがとう。貴方のお陰で、今は着付けをすることに目標が出来て、それに進んでいけてるの、あの……」

 私の話を聞いているのかどうか、遠くを見るような瞳でルークは静かに言った。

「……もうすぐ、国の争いが悪化する」

「え?」

「今日、祭囃子の喧騒に紛れて、守りが薄く攻め入るのが容易な場所を見つけ出した。そこに……近いうちに攻め入ることになる。君が着付け師である限り、君は戦争の中にいる。……出来れば、もう手を引いてほしい――」

「ねぇ、ねぇ」

 それを聞いた私は前のめりになって問いかけた。

「どうして? どうして、貴方はそんなことを私に教えてくれるの? どうしていつも、私を気に掛けるの?」

「それは――」

「敵なのに……!」

 

 私達の間に沈黙が走った。

 敵だ、敵国同士なのに、そう言葉で突き放しても、彼と私の間の距離は不思議過ぎる。

 縮まりもしない、遠ざかってもいかない。

 この心の距離を誰かが決めて、ずっとそのままにしているみたい。


「こんなことなら、君を返さない方がよかったのかもしれない」

「あの日のこと……?」

「君を返してやるために、色々助言したこと。……後悔している」

 ルークは切なげに目を伏せた。

「私がそっちの国に長くいることは……出来なかったと思う。きっと、遅かれ早かれ、私、敵国の王の言うことなんて聞けなくなってたもの」

 私は言った。

 それを聞いて彼は苦しそうに微笑みを見せた。

「――愛する人が出来ても?」

「えっ……」

 彼は自分自身で口にした言葉に、かなり驚いたらしく、ハッと目を開いて、眉根に指を置くと、

「君が僕を愛すわけないのに、熱にあてられたようだ。……忘れてくれる? 今の」

「え、ええ……」

 私は苦しくなるほど当惑した。

 

 彼の語る、愛。愛――それは私が誰かに対して口にしたことのない言葉。

 分からない、分からない!


「そこで、何してる?」

 ふと私たちのやりとりに割って入った人がいた。

 声の方を振り返ると、そこにいたのは大河だった。

「大河さん――!」

「神隠しなんてあるわけねえよなあ。人を攫うのは人だけだ。……無事か? おぉ、無事だな、よし」

「ひ、人さらい?」

「お前の従兄含め、多数の目撃情報が入ってる。国家着付け師の行方不明――」

「涼、そうだ心配させちゃってるだろうな……」

「……とりあえずこいつ、誰だ」

 大河は不躾な目線をルークに送り付ける。


 ルークはそれにたじろくことなく、

「教える筋合いはない」

 と私に話すよりずっと語気を強めて言った。

「……俺はこの女のことはいけすかねえ。けどな、こいつを茂みに連れ込みやがったお前は、もっといけすかねえ! 分かったか!」

 大河の言葉を聞いて、ふん、とルークは鼻を鳴らして笑った。

「攫おうとしたのは、人ではない、心だ」

「なっ、何言ってるか分かんねぇよ! ――いいから構えろ、国の戦士として俺が成敗してやる」

「ちょっと、ちょっと待ってください大河さん!」

 なぜか火花を散らし始めてしまった二人の間に割って入る。

「この人、悪い人じゃない……」

「性根から悪いのかどうかは知らねえ。でもな、魔が差してお前を連れてったんなら罪は同じだと思うぜ」

「かかってこないのか?」

 なぜかルークはやたらと大河を挑発する。

 ルークは鞘から刀を抜いて、臨戦態勢に入ったように見えた。

「……いや、いくぜ」

 大河も低姿勢に構えをとり、刀を鞘から抜いた。


 眼光鋭くして互いを睨みあう二人の視線がぶつかり合う。

 視線と視線の間から本当に火花が散っているかのように錯覚するほどに、激しく。

 そして二人の刀が宙で交わった。

 黙々と互いに何も言葉にすることは無く、二人は剣先で一進一退の攻防を繰り広げていた。


(大河さん……!)

「もっと下がっとけ、お前! 怪我する!」

 大河さんが私に注意した。

「あっ。す、すいません」

 私は二、三歩後退して勝負の行方を見守った。


 つばぜり合いが続き、しばらくすると、遠方からきらりと、鏡を反射したような光が見えた。

「何だ!?」

「……っ!」

 その瞬間、ルークは大河の刀を振り切り、風のように走り去ってしまった。

「おいっ」


 私と大河はあっけにとられ、その場にぽつんと佇んでいた。

 大河はルークの小さくなっていく後ろ姿を静かな瞳で見つめると、

「あいつ……敵国の回し者だな」

 と言った。

「そう……なんですか」

「刀がそもそも神威のものじゃなかった。あの光もたぶん、仲間からの合図か何かだろうな……」

 大河は冷静な分析を述べると私に向き直り、

「さっさと家に帰れ」

 と言い放った。

「は、はい。……あの、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて私は歩き出した。


 騒がしさが引いてきた祭の中に戻りかけようとして、少し振り返ると、

「早く帰れ」

 とすぐ後ろにいた大河に、もう一度念を押された。

 私は涼を探して、帰路に就くことにした。


「涼!」

 祭の喧騒の中から少し離れた位置で、涼はすぐに見つけることが出来た。

「葵衣ー!」

 かなり心配していたらしく、涙目の涼に抱きつかれた。

「ごめんね……」

「いや、葵衣は悪くないよ、俺が……」

 いやいやいや、ぼーっとしてたこっちが悪いんだよ、なんて返答を元気がないまま互いに何度が繰り返したのち、

「師範の家まで送るよ」

 という涼の提案で、私たちはいつもの二人に戻った。


「今日は本当に目まぐるしい一日だったねー」

 並んで歩きだすと、浴衣の着付け回りに奔走した一日を振り返っているらしい涼が言った。

「そうだね……」


 涼が振り返る一日。

 私が振り返る一日。


 着付け師として、従兄同士として、ほとんど同じ一日だっただろうか。

 でも、涼には私の知らない部分がある。

 ルークの話をしたことが無いのだ。


 そして今日、ルークと再び会ったこと。

 私の口はそれを一切語ろうとはしなかった。


 隠し事……涼の屈託のない微笑みを見ると、後ろめたい気がする。

 

 ルークのことをいつか、私は話すだろうか?

 分からない……けれど、今はその時じゃない気がする。


 今は、私は着付け師として目の前のことに打ち込んでいればいいはず。

 師範の家が見えてきたところで、私は「ありがと」と涼に笑んで別れた。


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