ミステリアスな夜の騎士1
興奮が街を踊らせる。
師範の家で修業し始めて数日たった夜、街はたいへんな賑わいをみせていた。
数年に一度しか開催されない、宵闇の中の祭り。
空色の月夜の下。
あふれかえる浴衣姿の人々が街を彩り、祭囃子の音楽と、ガラスの吹き玩具の音色があたりに反響している。
私は今日、この祭りのために忙殺されていた。
私含め、この神威の国の着付け師全員が、祭りの時ばかりは戦いの装いではなく、美しさを楽しむための装いに手を貸す、特別な一日を過ごす。
師範の家で泊りがけの修業をしている最中の私も例に漏れず、数多の家を訪れ着付けをして回った。
涼は師範に言い訳した手前、化粧をつけたり落としたり、かなり大変な手間もかけながら、自分の担当の区画と、私の担当の区画を手伝ってくれた。
「今日が楽しみで、楽しみで仕方なかったのよ」
私が着付けをしている間中ずっと、ある家の女性は楽し気にそう口にした。
またある女性は、
「月明かりが薄くて、口紅が映えないのが嫌だわ」
としきりに残念がっていた。この祭りの日に、それだけ思い入れが強いのだろう。
この日の女性たちには、自分をより美しく見せるための魔が宿っているのだから。
何人着付けたのかもはや分からなくなった頃、私は化粧を落とした、男姿の涼と連れ立って祭りに遊び行くことが出来た。
「……なんて美しいんだろう」
涼が開口一番に呟いた。
「うん、綺麗な景色だよねえ……」
「……俺は葵衣のこと言ったんだけどな」
涼は私の、薄桃色の絽の着物を見ながら言った。
「あ、ありがとう……涼も綺麗だよ」
「かっこいい、がよかったな。……ちなみに今からでも訂正効くよ?」
涼は私の顔を覗き込む。
「うん、かっこ……いい」
確かに目前の涼はカッコいいと思う。
少し中性的な顔立ちに似合わず、大きな背に美麗に流した茶の髪。
女姿も美しいけど、やはり今の姿はカッコいいという方がふさわしい気がする。
「ありがと~」
そう言って涼は柔らかい笑みを浮かべる。
「じゃ、行こうか」
私達は祭囃子の中に埋もれていく。
「葵衣と一緒に花火観たい……」
「混んでるけど、いこうか」
涼の提案で、私達は花火の特等席から少し離れた場所で、打ち上げ花火を見ることにした。
花火を見ている人間の瞳は自然と大きく開かれる。
「涼、目が開きすぎ!」
「うそ――」
私達はけらけらと笑いあったあと、花火の見物客の列から離れ、露店で金華糖を買って食べた。
煮詰めた砂糖に赤い食紅を垂らし、花の模様をつけている菓子だった。
金華糖を口に入れ、無心にかみ砕いていると涼が、
「あ、無防備なやつ見ーつけた」
と笑った。
「なに?」
砂糖付いてるよ、そう言って涼は私の唇から白い粒を拭った。
こんなのまるで小さい子供が親に構われているみたい――。
そう思うと急に恥ずかしく、自分の頬がかっと熱を帯びるのが分かる。
また、ゆりかごに戻っちゃった……。
その時、背後に軽い衝撃を感じた。
振り返ると、私たちの後ろにぶつかり、転んでしまったらしい小さな女の子がいた。
「わ、大丈夫だった?」
問いかけながら女の子の背にあわせるように身を屈め、顔を覗き込む。
まるっきり子ども扱い、という風情だ。
今さっき、涼に口を拭いてもらっていた私が、今度はこの子を子ども扱いしている。
「うん」
子供は短い返事と一緒に頷いてみせた。
怪我はしていないようだったが、目に涙をいっぱい浮かべていた。
「あ……」
子供の浴衣の帯が少し崩れていたので、私は
「少し直させてもらうね」
と声を掛け、浴衣の帯の形を変えた。
牡丹の夜――という結びに作り替えると、植物魔が宿り、着物から白い花びらがふわりと宙に舞い上がった。
残念なことに人型の魔は宿らなかったが、まぁまぁ上手くできたと思う。
泊りがけで修業をした成果が多少はあったのかな、と私は気持ちを綻ばせた。
「わあ……」
女の子の頭を撫でて、
「綺麗でしょ?」
思わず私は訊いていた。
「うん!」
「それじゃあ、牡丹姫のために俺はお母さんをお連れしてきましょうか」
涼がかしずいて、かしこまった口調で言った。
「あはは!」
花びらを舞いあげ、きゃっきゃと笑っている私達。
不思議な集団だと周りから思われたのか、どうやらひときわ道の中で目立っていたらしく、
「みっちゃん! 探したのよ」
と、まだ若い母親が子供を見つけ、駆けてくる。
「あぁ、良かったぁ」
私達は女の子を母親に引き渡し、また道を歩き出した。
その時ふと、私は向こうから歩いてくる、一人の人物に視線を留める。
背が高く、少し着物の衿の合わせがぐにゃっと曲がった、狐のお面で顔の半分を隠している人物。
「なんか……」
仮面で隠れた顔、それにもかかわらず既視感があるような姿。
私は自分の中の形容できない不思議な感覚に、首を傾げた。
「どうしたの?」
と心配そうな涼の声。
「ううん……」
仮面の人物が、人ごみに紛れてしまったらしく、真正面にいた筈なのに急に私の視界の中から消失していた。
私は涼に向き直り、祭りに戻ろうとした。
(あれ、あんな背の高い人が人に紛れるって……?)
疑問が脳裏をよぎると同時に、突然強い風が吹きあがり、露店で並べたてられている数多の、極彩色で夜闇に映える風車たちが一斉にからからと音を立てて回転しだした。
ハッとその光景に息を呑んだ、閃光のごとき刹那。
「――葵衣?」
私は誰かの手によって、道脇の石垣を越え、さらにその奥へ奥へと引き込まれ、祭りの雑踏から遠ざかっていった。