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大河との出会い

 乗り気じゃない誘いの数々を、なんなく断れる人のことを、私は勇者と呼んであがめたい。

 手練れだ。つわものだ。

 そんな人を羨ましがる私は、周りに流されてばっかりだ。


 今日は白露流と、月下流の全員が一堂に会し、雨木の座に座る人間を選び出す日。

 白露流は雨木の国家への貢献に続き、さらなる威光を世に知らしめるために。

 月下流は座を奪い取り、新しい勢力となるために、互いに躍起になっていた。


 当の私はというと、誰よりもずっと熱量が低い。先述の通り、断ろうかと思っていたくらいに。

 ……何故かと問われれば、私が落ちこぼれだからとしか言えない。

 流派における実力は下から数えた方が早いくらいなものだ。

 小さいとき、優秀だって言われる時期もあったけれど、そんな過去の話をしていてもしょうがない。

 

 ……こんな今の私の頭上に、栄光の冠が舞い降りるなんてことは、夢のまた夢だろう。



 神威の国の心臓――広大な敷地の上に建てられた、風光明媚な宮殿、それは空を貫くほどの高さを持つ楼閣だった。

 その朱色の門の前で私は足を止める。

 数日前に届けられた、王宮への招待状を握りしめて、私は険しい表情の門番に声を掛けた。



「白露流、葵衣と申します」



 門番は何も言わないまま門を開き、私を宮殿の中へと引きいれた。

 別の兵士に案内を引き継がれ、徐々に宮殿の奥の方へと導かれていく途中、ふと横を見ると、見事な庭園があることに気が付いた。

 その庭は草の一本に至るまで完璧に計算された配置をしているようで、まったく隙を感じさせない。

 庭から外壁の間には、妖艶な紫色の花が咲き乱れ、快い香りを漂わせていた。


 宮殿の内部に足を踏み入れ、長い廊下を渡りきると、木目の板を打ちつけてある応接間に私は通される。室内の採光のために開け放たれた窓からは、日光が差し込み、床の間の飾り物を輝かせていた。

 

 私は扉の付近で立ったまま、手の中で丸まった招待状を開きなおして確認した。

 墨の字でしっかりと力強く『昼刻の鐘の音が鳴る前に、宮殿に来るように』と記されている。

 日の高さを考えると、数分後には昼を知らせる鐘が鳴るだろう。

 それにもかかわらず、時間に厳しいあの白露流の者が誰一人として部屋の中には見当たらない。

 見渡すかぎり、月下流の人たちばかりだ。

 (どうなっているの、これはー)


 

 見知らぬ顔ばかりのこの空間で落ち着けるはずもなく、挙動不審に視線を泳がせていると、怪訝そうな表情を浮かべた月下流の人達と目が合った。

 その中の一人の男が、

「おい娘、どうしてお前は来れたのだ?」

 と不躾に尋ねてきた。

「どどどどうしてって、私程度の実力でよく来る気になったな……という嫌味でしょうか!?」

 上ずった声で私は訊き返した。

「はあ?」

 男は眉根を寄せると、近くにいた月下流の仲間に、

「どうなっている。白露流の全員に時刻を書き換えた文が届くように細工をしておけと、私はそう言ったのだぞ」

 と憚らず口にした。

「なぜかあの娘にだけ、正式な文が届いてしまったようです」

「なに」月下流の男はため息交じりに言う。「ま、あのような娘一人、いてもいなくとも同じようなもの。どうでもよいか」


「あの、すいません」


 たまらず私は口をはさんだ。

「なんだ小娘」

「細工なんて、そんな手を使って恥ずかしくないんですか! いい年して卑怯ですよ、ヒキョー!」

「ふん、このような馬鹿げた娘が名門白露流の一員とはの。おお哀れ哀れ」

 月下流の面子の間にあざけるような笑いが満ちた。

「あと、私がいてもいなくても同じって普通に傷つきましたよ! 出来ればこしょこしょ話にしてほしかったな、それだけは!」

「……うるさい娘だの」

「あと、馬鹿っていうのも堂々と言うのは止めてもらっていいですか」

「おい小娘、一個前の言葉に返すな。分かりづらいことこの上ないわ!」


 あぁ、もう、しまった。

 こんな不毛なやりとりしている場合じゃないと、分かっているのに。

 ここ数日、手紙を受け取って以来、白露流の誰とも会わなかった。

 信じられないことに、隣に住む従弟の涼とすら会っていない。

 今、月下流の人が暴露するまで、手紙の時間の部分が細工されていたのだと、全然気付くことが出来なかった。

 私は数日の行動の全てを片っ端から後悔した。

 


 だって私じゃ、雨木の座……無理でしょ!



 とうとう白露流の私以外の面子が誰一人として到着しないままに、昼刻の鐘が鳴り、街に音が反響した。

「今からこちらに王がおいでになります」

 紺の糸で織りあげられた、丈夫そうな着物を身に着けた護衛兵のひとりが抑揚のない声でそう告げた。

 途端に私は緊張しだしてしまい、正座した足の下で着物と畳がこすれ、じっとりと汗で湿っていくのを感じた。


 墨絵を施されたふすまの向こう側から、幾人もの足音が近付く音がする。

 しばらくすると、失礼します、という声が聞こえ、ふすまがゆっくりと開かれた。

 貫禄のたっぷりある王が、多数の従者を引き連れている姿が目に入る。

「よく来てくれた、月下流の者と白露流の――」

 威厳を放ちながら、ゆっくりと皆の顔を確認していた王の目が私で止まった。

「白露流の者はお前ひとりか? 他の者はどうしたのだ」

「この人たちのせいで――」

 私が指差そうとすると、月下流の男が、

「証拠があるとでも言うのか」と嫌味な言い方をする。

「証拠……」

 言質はとれているものの、実際に細工された手紙を今すぐ用意できるわけはない。

「どうしたと聞いておる」

 王が再び問いかけた。

 

 ……。


「――全員腹痛、です」


 私はどうにかして答えた。

 まさか自分の口から、苦し紛れにこの程度の言い訳しか出てこないとは思わなかった。

 これでは白露流が集団食中毒にかかってしまったのに、私だけやたら胃が頑丈だったお陰で唯一無事だった……みたいに思われてしまう。

 少しばかり乙女心がちくりとした。

「病か。運のない。お前ひとりでは荷が重いだろうに」

「は、はい」 

 私をねぎらった後、王様は従者に「集まった者に説明を」と命じた。



 従者は私たちの前に、着物と帯を二つずつ並べてこう言った。


「これからそれぞれの流派に一人ずつ剣士を着付けて頂きます。その後、剣士同士を戦わせ、剣士を勝利させた流派に雨木の後継の座を与えます」


「至極明瞭。やはり月下流の技は実際にお目にかけることが一番分かりやすい。そうしましょそうしましょ」

 月下流の男がホクホク顔で言った。

「それでは月下流には香林という剣士を、白露流には大河という剣士を」

 従者の指示によって、二人の剣士がこちらに歩み寄ってくる。

 

 一人は月下流の方へ、もう一人は白露流の私の方へ。



 私の目の前で立ち止まった人物――大河という名の剣士は、青色の髪を無造作にかき分けて、切れ長の涼やかな目元で私を見つめていた。

「私、葵衣と申します。宜しくお願いしま――」

「おい、お前」

「……はい?」

 自己紹介をしようとしたところを遮られ、少々驚きながら訊き返した。

「お前の実力は知らない。だけど負けることは、ありえねえ」

 じーんと胸の奥に言葉が響いていくのが分かる。

「私頑張ります! なんか俄然やる気になってきました!」

「いや、いい」

「えっと、何がいいんですか?」

「お前が頑張るかどうかとかは、どうでもいい」

 ぐさりと胸の奥に言葉が突き刺さるのが分かる。


 せっかく落ちこぼれがやる気になっているというのに……!


「だって今、二人で力合わせたら負けることはありえないって……」

「言ってねえ! 勝手に脚色しただろ!」大河は深く息をついた。「俺は着付けの力なんざ借りなくとも、自分の実力だけで勝てるってことだ」

「え~……」


 納得いかないような気持のまま、私は大河の着付けに取り掛かる。

 元から着ていた紺の着物の上に、暗赤色の着物を重ね、帯は一文字に結びあわせた。

 その様子を見ていた大河が、

「普通の着付けと変わらなくねえか?」

 と訊いた。

「私達の着付けというのは、仕上げを終えた一番最後に”魔”が宿るんです。それまでは、普通の着付けにしかみえません」

「ふーん……」

 大河は興味なさげに相槌を打った。


 その後、私が帯の締まり具合を確認し手を離した瞬間、帯の内側から地面に向かってくらげの足のようなものが地面へと垂れさがっていった。

 

 着物の変形、魔が宿った証である。


「……なぁ、これ何の魔が宿った?」

「海洋系の……何か……」

 本当は人型の魔が宿るはずなのだが、このように人型以外の魔が宿るのは腕が足りないということ。

 私は大河に下手だと思われないよう、笑ってごまかした。

「別に加勢はしてくれなくてもいいが、邪魔だけはされたくない」

 大河はそう口にした。

「邪魔はしません……多分――」


 両方の流派が着付けを終えたのを確認すると、

「それでは両者、構え」

 と従者の声がした。



「始め!」

 スタートの合図と同時に二人の木刀の剣先が、ぶつかり合い、乾いた音が室内に響いた。

 私はその音の中で勝負の行方を、かたずをのんで見守る。



 (……この人は、なんて剣が似合う人なんだろう)



 当人同士は真剣勝負のさなか、ふざけるなと怒られるようなことかもしれない。

 でも、私は大河の一挙一動のすべてに目を奪われ、恋の動悸に似た胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。


 両者の剣先がはなれ、再び触れ合った時、月下流の魔が稲妻の閃光をほとばしらせた。

 雷電の衝撃によって、大河の剣先は欠け、黒く焦げたような匂いを立ち昇らせていた。

 香林という剣士は大河を一気に力で押し、大河が体勢を崩しかけた一瞬の好機を見逃さず、跳躍し大河の懐へと踏み込んで来ようとした。


 その時、ようやく白露流の、私が宿らせた魔が覚醒した。


 大河の帯の、くらげのように垂れた部位は粘液を放ち、香林の足を捉えた。

「……ッ」

 大河は香林の気の緩みを利用し、香林の手に握られている木刀を巻き上げる。

 そして、流れるような仕草で剣先の欠けてしまった木刀を、香林の喉元に突き付けた。

「……勝負あったな」

 王の声がした。

「そこまで。勝者大河。――本日より白露流の葵衣に雨木の座を与えよ」

 従者の審判が下った。

「やりました、べちゃべちゃの勝利ですね!」

 私は飛び上がって、大河に駆け寄りながら言った。

「何だあの小娘は……あのように妙ちくりんな魔は初めて見たぞ」

 月下流の者たちの間にざわめきが走っていた。


「……何かいつもと反応が違うみたい」

 いつもこのくらげみたいな魔を呼ぶと白露流の人間に怒られる。

 これは雑念が多いときの私がうっかり呼び出してしまうものだから。

「大河さん、すごい! 剣が巻き上がってびゅーんって飛んでいきました!」

「……そういう技だ」

「二人の勝利ですね!」

「二人?」

「私と大河さん。海洋の魔は入れてません……」

「葵衣、だったっけか」

「はい!」

「俺は」

 大河は振り返り、私を睨み付けて言った。

「お前がいけすかねえ」

 

 え……。


 大河は理由も述べず、いけすかない、とそれだけ言い放ち、部屋からそそくさと出て行ってしまった。


「それでは葵衣、これから我が国の筆頭着付け師としての活躍に期待しているぞ」

「はい……」



 私は大河さんに嫌われたのかしら――。

 ショック……?

 どうして胸が痛いんだろう。



 私はぼんやりとした頭で国王の言葉を訊いていた。


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