嘘つきだけど、君が好き!
年末。うちの会社も仕事納めの日でもありいつもよりも仕事を皆早く切り上げて帰宅を始めてきた時間帯、「あれ?どうしよう…」とあわてふためいてそう呟いたのは同僚の三ツ屋由美だ。
「どうしたんですか?」僕がそう優しく声をかけてみる。すると彼女は少し戸惑ったように「昴くん、なんかさ、財布とか落ちてなかったかな?」と言った。
「うーん、見た覚えは無いなあ」そう返すと彼女はとても辛そうに顔を下に向けた。
「どこでなくしたんだろ」そう言うなり彼女は近辺をフラフラと探し歩き始めた。僕も仕方がないので、一緒に探してやることにした。だが、くまなく探しても仕事場には財布など無かった。
「由美さん、財布は仕事場で無くしたんですか?」そう訊ねると由美さんはコクリと頷く。
「確かにここに来るまではあったんです。どうしてないんだろ…、中には5万円は入ってたのに」そう言いながら震えていた。
「5万円…。それは入れすぎですよ由美さん。盗まれたかもわかりません!」
僕がそう言うと、由美さんは周りを見回す。
「だ、誰が?」
僕は少し落ち着いたような声で言う。
「もしかしたらの話ですよ。僕も手伝いますから、まずはもう一回くまなくここを探しましょう」そう言うと彼女は少し頷いて「ありがとう、助かります」と言ってきた。それからは仕事もしないので僕らはタイムカードを切っておいた。
そうしているといつの間にか職場の人たちは次々に帰宅していった。そのうちに、僕ら以外では最後の一人だった社長が、「まあ、年末じゃからな、何を探しているのかは知らんが諦めも大切だぞ」何て言って出ていった。いつの間にか職場には僕ら二人きりになっていた。僕はそれを少し意識してドキドキしながらも丹念に財布を探す。
すると突然、彼女は「ごめん昴くん」と声をかけてきた。僕はしゃがみの体制から彼女を見ると、彼女の手には財布が握られていた。
「実はね、財布なんて無くしてはいないの」そういう彼女は、何かとても苦い顔をしていた。
「え?」僕はキョトンとした目で彼女を見るとこう言った。
「酷いじゃないか!なんの理由だか知らないけどさ、せっかく早く帰れるところを探してやったと言うのに!」僕は思わずそう強く言ったが、彼女はそれにふっと涙を浮かべたので、僕は目を彼女から背けた。
「ごめんなさい。わたし、不器用だからさ、あの、昴くんとちゃんと喋れることがないから、こうするしかないと思って」そうぶつぶつと言う彼女には、悪気は無かったようだ。僕は少し気を抜いて、もう一度由美さんを見た。
「だからってこんな嘘をつくんですか?」僕は正直半分呆れてそう言うと、彼女は「あなただって嘘はつくんでしょ」と、それはまるで反逆のように呟いた。
「何のこと?」僕は素でそう訊ねると、彼女はムキになったような顔で言ってきた。
「わたし聞いちゃったんだもの。昴くんがわたしのことが好きだって、他の人に喋ってたの。なのにわたしの前じゃいつも『僕には好きな人がいないんですよ』とか言ってるしさ!ねえ昴くん 、どっちが本音なの?」そう問いただしてくる彼女の顔は必死であった。僕はそれにどう答えるべきか戸惑っていると、突然、彼女は僕の方へ寄ってくると、体を僕に密着させてきた。柔らかい体の温もりが、服越しに伝わってきた。僕はそのまま動けなくなってしまったが、自分ではそれが幸せであるように感じた。
「ねえ、昴くん。私がこうしているの、嫌だ?」彼女は今にもキスができそうなほど近くにある顔がそう言ってきた。僕はそれに「そんなわけ無い」と言った。
「じゃあもう一度聞くけどさ、昴くんは私が好きなの?興味ないの?」そう問いかけてきた。その顔は必死であった。嘘を嘘で返されたが、さらに嘘をつくなんてポリシーに反することだ。僕ははち切れそうな心臓を落ち着かせ、台詞ではなく行動に出た。ここで本音を言ってしまえば、まるで僕が彼女に脅されて仕方がなくいってしまったようになりそうで怖かったから、僕は大胆にも、彼女の唇にキスをしたのだった。
そのキスは恥ずかしさをごまかすためにも、少し豪快だった。長めのキスを僕らは交わすと、彼女は涙を流していた。
そして暫くしてから互いの唇が離れて、火照った顔をしながらも僕は「君が好きだって言った。それが本音だよ。僕はそういうの素直に言えないからさ、いつだって恋ができなかった」そう言って微笑んで見せた。
すると彼女も笑う。
「ごめん。ちょっと嘘つくのは酷いって分かってたけど、もし両思いだとしたなら、そう思っちゃうと心が苦しくて仕方なかった。それにこのままの気持ちで正月に入ってしまったらって考えると、苦しくて仕方がなかった」そう言うと、彼女は仕事場のカーテンを捲って外を見ていた。
「外、すごい雨が降ってる」彼女がそう呟くと、僕も「うん。すごいどしゃ降り」と呟く。
「そう言えばさ、昴くん、地下鉄で通勤しているんだよね?」
「うん。そうだよ。実は免許今とってる最中なんだ。今日も21時から講義なんだけどね」
僕はふと部屋の時計を見る。それに彼女も見ていた。
「ああ、あと30分しか無いじゃないですか。間に合いますか?」彼女がそう問うてきた。
「うん。地下鉄だと微妙だなあ」僕がそう言うと、彼女は申し訳なさそうな顔をしたあと、ふと思いついたかのように言ってきた。
「わたしが送ってあげましょうか?」そう訪ねてきた。僕はそんな返答が返ってくることを半ば熱望していたから、返す言葉は決まっていた。
「お願いします!」
僕らには、年末がとても色鮮やかに見えた。