表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の聖剣とあの娘の秘密なネジ穴  作者: 月凪
第二章 メガネの呪縛と、奇襲からの特攻作戦
7/15


「ウチらの世界のことは、こんなとこっすかね。とにかく武器はエヌジーみたいっす。そのせいでウチとカイロっちは、いっつもぼっちだったっす」


 ラムは顔を隠すように丼を上げて、最後の一口をかきこんだ。

 聞いた話だけならば俺のいた世界より、ずっと上等だ。争いなんてしない方がいいに決まっている。それなのに、今は争いの渦中の住人の一人になってしまった。

 出来ることなら、もっと他の形で平和な時に来たかった。

 それなら、嫁似のカイロに美人のラムと楽しい思い出が作れたはずだ。

 現実の容赦のなさが身に沁みて、やりきれなくなる。


「助かったよ。あとは、元の世界に帰る方法とか知らないか?」


「それはマザーに聞くといいっすよ」


 帰る方法を知るには、もう一度シュガーに会わなければならないようだ。

 二日後に来るという、欠陥消去者デバッガーの軍団から、なんとしてでも生き残らなければならない。

 そのことを、二人は知っているのだろうか。


「へへ、プリン。ひっさし振りに会えたね」


 ご満悦のカイロが、食後のデザートに話しかけていた。


「一口、欲しいっす」


「絶対ヤダ。あんた、一口で全部食べるもん」


 この能天気なやりとりからは、迫り来る死を恐れている感じは皆無だ。


「燈っち、カイロっちが意地悪するっす」


 ラムが胸を寄せて、上目遣いに俺にすり寄ってきた。


「ねぇ、お願い」


 口調を変えたラムと深すぎる胸の谷間に、ごくりと喉が鳴ってしまう。

 色仕掛けの目的は、俺のプレミアムガチャ券に付いてきたプリンに違いない。 

 

「あ、い、いいよ」


 ぱあっと花が咲くように笑顔を広げ、ラムはプリンの乗った皿を掲げた。


「童貞をたらしこんで、プリンをゲットっす。ウチは悪い女っすー」


「きもっ……」


 ベッドでカイロがぼそりと呟いた。

 多少は堪えるカイロの罵倒だが、ラムのギャップには相応の価値があり、プラマイゼロには持っていけた。


「プリンはもういいから、二日後がなんの日か知らない……よな?」


 プリンを頬張る二人が、打ち合わせがあったかのように揃って首を横に振った。

 やはり、知らなかった。なぜシュガーは伝えなかったのだろうか。

 

「なんかあるっすか、明日は外せない用事あるっすけど」


「明日をなんとかしなきゃ、明後日こないし」


 カイロがプリンを平らげ、名残惜しそうにスプーンを咥えた。


「なんの話だ、明日もなんかあるのか?」


「マザーから聞いてないの? 欠陥消去者の軍団が来るんだって」


「……。二日後って聞いたんだけど……」


「カレンダー見るっすよ。ウチら一日半くらい寝てたっす」


 壁にあるカレンダーには、三日の日に赤い花丸があった。


「俺が来たのは……。何日だった?」


「一日っす。プリン足りなかったっす」


 ラムは事も無げにプリンの容器を下げに立った。カイロは刀に語りかける作業に戻っている。


「怖くないのか、明日なんだって。死ぬかもしれないんだぞ」


「だから?」


 カイロは詰まらなさそうに、冷めた声をしていた。メガネのレンズに光が反射し、表情は伺えなかった。

 この二人は、怖くはないのだろうか。

 俺は怖くて堪らない。逃げる場所がないから、逃げずに耐えられているだけだ。


「なんかあるだろ。泣いたりとか大事な話をするとか、なんかさ……」


 泣き言を喚く自分が情けなかった。だけど言わずにはいられなかった。平然としている二人が羨ましかったのではない。ただ、同じでいて欲しかっただけだ。弱い俺と。


「私は知ってる。泣いて頭擦り付けて頼んでも、誰も助けてくれない」

 

 カイロは刀を消して、膝を抱え込んだ。元から小さな体が、更に小さく頼りなく見えた。


「ウチらだって怖いっすよ。マザーと燈っちを信じてるから我慢してるだけっす」


 俺の肩に置かれたラムの手は震えていた。

 これで、よく分かった。俺が臆病者だということが。それを認められて、ようやく俺は腹を括れた。


「臆病なのは治らないし謝らない。絶対になんとかする。みんなで生き残る」


「うっす。やったるっすよ」


「死んでたまるか」


 カイロとラムが俺の側に集まり、額を合わせてメガネがぶつかり笑いながら誓いを立てた。

 恐怖を克服は出来てなんかいない。だけど、立ち向かう勇気だけは手に入れられた。あとは全力を尽くすのみだ。


「作戦でも練るか。なんかある人?」


「ちょっと待って」


 カイロが洗面所から、大きな袋を引きずってきた。


「洗面所にお菓子と封筒あった。マザーから」


「美味しそうっすね」


 袋の中には、飴やチョコレートがぎっしりと詰まっている。

 きっと、シュガーからの補給物資だ。

 封筒には二枚の便箋が入っていた。開けてみると、二通りの作戦と数字が記されていた。


「作戦の一、ここに籠城し消耗戦を耐え抜く。おすすめはしません、かなりの確率で死にます……。じゃ書くなよ」


「マザーらしいっす」


 俺の独断で作戦の一を却下して、便箋を丸めて捨てた。


「作戦の二、奇襲をかけて命令が伝達される端末を破壊する。敵の拠点の座標を書いておきました。これは、本当におすすめです。尚、両作戦ともに、小管理者チィママがいた場合、相当な確率で死にます。祈って下さい……。だって」


 どちらにしても、チィママと遭遇すれば即、死に繋がるようだ。


「ん、なんだって」


「燈っちに任せるっす」


 俺が作戦を読み上げている間、カイロとラムはチョコレートを食べるのが忙しかったようだ。

 死ぬパターンのやつに入り、冷や汗が吹き出した。


「今、食うなって。俺たちの生命線だぞ」


「美味しい。チョコレート久しぶり」


「最後の晩餐ってやつっす」


 がたがた騒ぐのを無視して、お菓子の袋を縛って俺が管理することにした。


「今から準備して、敵の拠点に行く。それで、この座標の場所って近いのか?」


「窓に打ち込めば早いっすね」


 便箋を持ってラムが窓を開いた。

 風が吹き抜け、外の風景に被ってモニターのように青いコンソール画面が展開された。

 ラムがタッチ式のモニターに、たどたどしく座標を打ち込んだ。


「五分で行けるっす」


「そんな近いのか?」


「違うっすよ。この基地が移動してくれるっす。この基地は塞転サイコロって言って、動いてくれるっす。ウチがハウスガチャで引いたっす。自己修復もあってメチャレアっすよ」


 ラムが胸を張った。一昨日に蹂躙された壁の弾痕が消えている。カイロが付けた亀裂も塞がりかけていた。


「すげえな、この基地。んじゃ、さっさと準備するぞ、リュックとかないか? お菓子を入れとく用にさ。俺が管理するから一つでいいんだけど」


「持ってない」


 やたらとカイロの応えが早かった。

 これはなにかあると踏み、代わりにラムに振った。


「カイロっち、クマさんのリュックあるっすよね」


「やだ。汚したくないもん」


「貸してくれないか、袋を抱えてじゃ戦えないからさ」


 カイロはベッドの下を守るように座り込み、そこにあると自ら明かしている。

 頑なにリュックを死守するカイロと交渉して、飴を渡して宥めすかして、なんとか借りることになった。


「汚すなよ、私のクマさん」


 しぶしぶとカイロがベッドの下から、灰色の熊の顔を模したリュックを引っ張り出した。

 肩にかける部分がなければ、ぬいぐるみに見えるそれを、カイロは大切そうに撫でた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ