伍
「私だけでは、他のチィママたちに勝てるはずがありませんでした。だから力を求め、他の世界から聖剣を持つ貴方を呼び寄せたのです。急を要していたので、燈さまには了承も得ずに、誠に申し訳ありませんでした」
シュガーは何度も頭を下げて、零れ落ちそうな涙を揺らした。
ここまでやられると、逆に俺が悪いことをしたような気持ちになってきた。
「ああ、うん。それはもういいけど。聖剣ってマイナスドライバーだろ。なんか代わりになるものくらいなかったのか?」
みんながマイナスドライバーを聖剣と特別視するが、俺には只の工具としか見えない。
「この世界に、武器となるものは存在しないのです。創造主が他人を傷付けるものを赦さなかったからです」
「いや、マイナスドライバーは武器じゃないから。そう言うなら、カイロとラムは使ってたけど」
異分子消去者と闘った時、カイロとラムは武器を使っていた。カイロは刀を、ラムは銃を。
「はい。それが、これから行う改造のお話に繋がるのです。触絶許回路を三つ宿した欠陥という名の奇跡。二人は、この世界には存在し得ない運命を背負って生まれ落ちたのです。こちらに聖剣を」
シュガーはラムの左手を取った。上に向けられた手首には調節孔があった。
俺はマイナスドライバーを当て、僅かに回した。
ラムの左手の周りに塵のようなものが集まり、みるみる銃の形を為していく。
シュガーにもういいと合図され、俺はマイナスドライバーを調節孔から引き抜いた。
「これがラムの能力、銃話です。ラムは銃士の運命を宿しています。自らのエネルギーを核に、空気中の浮遊分子を集め銃を作り出す。弾丸も同じです」
あの時、ラムが倒れていた理由はこれだった。銃を撃つ度にエネルギーを消費して、腹が減って倒れていたのだ。
「なるほどね。一発も当たらなかったけどな」
「それは仕方ありません。二人の身体能力は最低値に設定されていますから。能力に身体が対応できていないのです。これから行う改造で、身体能力を設定し直します。貴方たちだけが、この世界の希望です。始めましょう」
いよいよ改造だと、シュガーは怪しさ満点の笑みを浮かべた。
「胸のは生命を維持するためのものです。左手首の方は銃話と身体能力です。ひひひ、左太ももの方へ聖剣をどうぞ」
意地悪そうな顔のシュガーは、男の弱味をついてくる。
ラムのどこに視点を合わせていいものかと、泳いで行こうとする目を固定し、太ももの調節孔にマイナスドライバー刺して回した。
ラムの日焼けした肌が、少しだけ色が薄くなった。さらに回すと、肌が白くなっていく。
「おっと、そこまでです。限界まで回すと……ひそひそ……」
「マジ? それ凄くない、夢があるな……」
小声で語られるラムのもう一つの能力を考え、男のロマンが止まらない。
妄想の彼方へ旅立とうとして、シュガーのビンタに引き戻された。
「後にしましょうね。調節孔を移動させ設定をお願いします。ちなみに、調節孔に干渉し規定を改変できるのは、聖剣と貴方が揃った時だけですから」
「お、おう」
それから一時間をかけて、ここはどうでしょう、いやこうしようと議論を交わし、ラムの身体をいじり回して改造を完了させた。
改造を終えたラムにシュガーが服を着せた。
シュガーがお疲れさまと言って、棒つきの飴をくれた。
俺は受け取ろうとして、手を伸ばした拍子に膝が揺れて落としてしまった。
シュガーは飴を拾い、包装を解いて俺の口に突っ込んだ。舌に触れた甘さは心地好よく、体の全体に広がっていく錯覚を覚えた。
「これも心得ておいて下さい。力を使えば体力を消費します。闘う時は必ず、食べ物を携帯すると」
言われて思い出した。俺も調節孔をいじっていたことを。
「休憩しましょうか?」
「いや、いいよ。カイロをやってから、ゆっくり休憩するから」
口に広がる飴の味が、直に体力を回復させてくれている感覚があった。一体、俺の体はどうなってしまったのか。とりあえず、聞くのは後にした。
次はお待ちかねの、カイロの番となった。
シュガーが俺をちらちら見ながら、カイロの服を脱がせテーブルに寝かせた。
眠るカイロを見る眼が霞んで喉が乾いた。
カイロの胸はペッタンコで、くびれなんかも全然なくて、だけど大好きで……
「お嫁さんのことが、大好きだったのですね。こんなに愛されて、女として羨ましい限りです」
からかわれると思っていたのに、シュガーは優しかった。だから、俺は甘えて不満を爆発させてしまった。
「なにも覚えてなくて……ここは知らない場所で……わけわかんねえし……いきなり殺されるとか……帰りたい……」
シュガーはなにも言わず抱き寄せてくれた。ドレスに愚痴と涙で染みを作った。
落ち着くまでそうしていて、ここで弱い自分とさよならと決めて、決別の印に飴を噛み砕いた。
「嫌なとこ見せたな。ありがと、もう大丈夫」
「調節孔は感情も昂らせます。お気になさらずに」
俺はシュガーのドレスに別れを告げて、濡れた目を拭ってカイロに目をやった。
カイロの胸の真ん中には、三つ並んだ触絶許回路があった。
そこから伸び絡み合う線を辿ると、両の手首に続いている。
「右手首へ、聖剣をお願いします」
シュガーの持ち上げたカイロの右手首へ、俺はマイナスドライバーを刺して回した。
カイロの右手の甲を始点に、緑の光が集まり伸びて刃を形成した。それを確認し、元に戻しマイナスドライバーを抜いた。
「これがカイロの能力、伝魂回路刀。カイロは侍士の運命を宿しています。自らのエネルギーを高純度に圧縮し刀を作り出す。果ては魂さえも刀身に替え、際限なく鋭さを増す危険なものです」
刀を手に敵へ向かったカイロの姿が頭に過った。急激な体力の消耗の原因は、刀が砕けたからであった。
「左手首の方は速度になっています。これが厄介なのですが、二つは連動しています。片方を強化すると、もう片方が弱化します。バランスを考えて改造しましょう」
「うーん。つまり、バランス型にするか、特化型にするかってことだな……」
そのままシュガーと悩みながら、二時間を使いなんとかカイロの改造を完了させた。
終わった頃には、俺はふらふらになっていた。
「お疲れさまでした。調節孔を戻して下さいね」
「マジで疲れた」
力の入らない手で首の調節孔を戻した。
横になってしまいたかった。今は身体が鉛より重い自信がある。
うつらうつらしながら、シュガーが二人をベッドに移すのを眺めていた。
知らない内に場面が飛んで、誰かのイラ立った声が聞こえてきていた。
「また、被りました。またです。このこの」
途切れ途切れにシュガーの声を聞きながら、遠退いていく意識の好きに任せることにした。
「……私たちの世界……オンラインを頼み……貴方に……宿るは……なのだから……」
最後に聞こえた言葉の響きに、俺は誇らしい気持ちで意識を手放した。