参
ぐったりしたカイロと一緒に基地の中に戻ると、ラムがうつ伏せに倒れていた。
壁には無数の弾痕が穿たれ、テーブルやベッドも被害者の一員となって穴だらけになっている。花火をした後のような薄く残る煙の残りと、鼻に付く火薬の匂いが部屋全体に立ち込めていた。
テーブルの近くで動かないラムの側へ向かう。
心配しながら仰向けにさせると、こちらを向いた身体と一緒に、大きな胸がぷるんと揺れた。
「だ、大丈夫か。なんで、ラムが」
「バカみたいに乱射キメて、お腹が減ってぶっ倒れただけ」
当の寝ているラムのお腹がくぅ、と慎ましく鳴いた。
乱射して腹が減る理由は気になったが、とりあえずは大丈夫そうだった。
「ラムに、なにか食べさせて。私も……食べなきゃ」
カイロは眠そうに、重く落ちてくる瞼と闘っていて、今にも寝てしまいそうだ。
「待ってろって言いたいけど、食べ物はどこにあるんだ?」
「枕の下に……お菓子ガチャ券……とっておいたの……」
それだけ言って、カイロは座ったまま目を閉じてしまった。
揺すっても起きず、言われた通りベッドにある枕の下を探ると、何枚かのカードに混ざって、お菓子ガチャと書かれたカードを見つけた。
それを持って急いでキッチンに行き、レンジにぶち込んだ。
俺が焦っているせいか、レンジが開くまでのたった数秒でも長く感じてしまう。
待たせている自覚のないレンジが、終了の合図と甘い匂いを連れて蓋を開いた。
出てきたのは、皿に乗せられた一本の羊羮だった。
これは、当たりなのかハズレなのか判断が難しい。
口に入ってカロリーが取れればいいかと、羊羮を持って二人の側に戻った。
さて、どちらから先に食べさせるべきなのだろうか。
半分に切ってくればよかった。焦っていて気付けなかった。
それと、どうやって寝ている二人に食べさせようか。
迷う時間も惜しくて物は試しだと、ラムの口許に羊羮を持って行ってみる。
「羊羮だけど、食べられ……」
閉じていたラムの目がぱちりと開き、俺の持つ羊羮の端をぱくっと咥えた。
「大きいっす、燈っちのお口に入り切らないっすよ」
勘違いされそうなことを言い、恵方巻ヨロシク、咥えたまま食べ続ける。
あまりの勢いに、このままでは全部いかれてしまう。
「ちょっ、カイロの分もあるんだって」
「あっ、カイロっち。イイコトしてる場合じゃなかったっす」
カイロの名前に反応して羊羮から口を放し、起きたというか正気に戻ってくれた。
ラムは慌てて起き上がりカイロを抱え込んだ。
「カイロっち、羊羮っすよ。モグモグするっす」
ラムの時と同じく、カイロは目を開き凄い勢いで羊羮に噛りついた。
「端っこのガリガリ美味しい」
「ゆっくり食べるっすよ。燈っち、助かったっす」
夢中で食べているカイロの頭を撫でながら、ラムがぺこりと礼をした。
小動物、特有の可愛らしく食べ物を両手で持って、一生懸命に食べているカイロの姿は、俺の唯一の記憶である嫁に本当にそっくりだった。
「足りなかったけど、ごちそうさま」
手の甲で口を拭って、物足りなさそうに手を合わせた。
「また、手で口拭いたっす。行儀が悪いっす」
「うっさい。異分子消去者が来たんだよ、急がないと危ない」
ハンカチで手を拭こうとするラムを追っ払い、カイロは下を向き拳を握った。
「燈、私たちのこと、どう思った?」
「二人とも可愛いと思う」
「嬉しいっす」
ラムが照れて頭を掻いた。
「ちがう、闘いを見てただろ。あんたは思ったはずだよ、私たちをクソ雑魚ナメクジ野郎って」
「野郎とは思ってないから、女の子だし。だけど、少しは弱いって思ったかもな」
カイロの言う通り、俺は二人が弱いと感じてしまっていた。
ラムの射撃が当たらないこと、そしてカイロの刀が砕けた時に。
飽くまでも俺の勝手なイメージだと、異世界の住人は例外を除いて、とんでもなく強いものだという概念があった。
それが、俺の手を借りないと勝てない程に弱いとは思ってもいなかったからだ。
「私たちは……弱い。だから、マザーが燈を呼んだ。この世界を守りたくて」
「そうっす。燈っちと聖剣があれば、ウチらを強くしてくれるってマザーが言ってたっす」
自らの弱さを晒す二人の顔は、真剣で悔しさを滲ませている。
まだ分からないことだらけで、自分のことすら怪しい俺だが、困っている女の子が目の前にいる。その内、片方は嫁にそっくりな子だ。それだけで助けたくなるには充分だった。
「おっけ。俺に出来ることなら協力するよ」
「やった、マザーやったよー」
「言質を取ったっす。マザー、これでいいっすかー?」
「ええ、良く出来ました」
前触れもなく背後から会話に参加してきた声に、反射的に俺は振り返った。
後ろに立っていたのは、黄金色の髪を縦ロールにし、ゴスロリなドレスがよく似合う少女だった。
「初めまして。小管理者の一人、シュガーと申します」
お手本のようなお辞儀をして、カイロとラムの頭を撫でた。
「燈さま、少々お待ち下さいね。頑張った二人に、ご褒美を進呈しなければならないので。お話は、その後で」
二人は嬉しそうに笑って、ハイタッチをした。
「はい、どうぞ。白い粉の入ったアイスティですよ」
どこから取り出したのか、両手に持ったグラスを二人に渡した。
グラスの中には、アイスティと氷が揺れている。白い粉は溶けてしまっているのか、見た目には確認できない。
「白い粉って、なに?」
俺の質問は誰も聞いてもくれず、二人は笑顔のまま受け取ったアイスティを飲んだ。
「マザー、いい夢見れるかな……」
「エッチなのがいいっす……」
飲んだそばから、眠そうに目をしばたたせた。
「きっと、望む夢を見られますよ。おやすみなさい」
シュガーの言葉に安心したように、カイロとラムはお互いに身体を寄せ合い眠ってしまった。
「お待たせいたしました。時間も限られていますので、始めましょうか」
「なにを? あと白い粉って……」
「睡眠薬ですけど、なにか」
あっけらかんな態度で首を傾げた。見た目は無垢な人形のようだけど、けっこう危ない人なのかも知れない。
「さ、どちらから改造いたしましょうか。大義の名の下に、公式に裸が見られて触れますよ」
にやり、としながら怖いことを平然と言うシュガーを、俺は完全に危ない人だと認識した。
「改造とかより、先に聞きたいことが数え切れないくらい、順番待ちしてんだけど」
「その質問は、命より大切なことですか? 急がなければ、三日後に迫る死に追い付かれますよ」
指を三本立て、カウントダウンをするように薬指を折った。
「正確には二日と半です。貴方たちを消しに欠陥消去者の軍団がやって来ます。確認できた数は三百。なにもしなければ、確実に死ねる数字ですね」
「はい? 俺たちなんかしたの?」
「これからするのですよ。貴方の質問には、作業をしながらお答えします。この世界のこと。そして、貴方が成すべきことを」
自分の死が迫っている現実を知らされ、俺は気が動転して目眩がした。
まだ死にたくはない俺には、シュガーに従う他に選択肢はなかった。
「まずは、ガチャです。燈さまは装飾ガチャ券を持っているはずです。とびっきり可愛いのを引き当てましょう」
なぜかシュガーは楽しそうだった。
「なんでガチャ……」
聞いても無駄と思いつつ、テーブルの下に置いてある箱を開け中を確認した。何枚かのカードに混ざって、装飾ガチャと記されたカードが三枚あった。
「ガチャです、ガチャですよー」
うきうきとするシュガーに手を引かれ、部屋の隅にあるクローゼットの前に立った。