弐
テーブルの向かいに座るラムが、いただきますをしてから美味しそうに唐揚げをパクついた。
俺のガチャの結果である素っ気ないビスケットの隣には、気前のいいラムに分けて貰った唐揚げがある。
お礼を言って食べてみると、スパイスと肉汁が口いっぱいに広がり本当に美味い。
どんな原理で、ガチャ券から食べ物が出てくるのか不思議だった。
「カイロっちー、サラダ残すけど、いるっすかー?」
ベッドに体育座りでビスケットを噛むカイロに、ラムが呼び掛けた。
乱暴な足取りでカイロが寄ってきて、ラムの差し出したサラダの皿を持ってベッドに戻っていく。
カイロは戻るなり、手掴みでレタスをしゃくしゃく食べ始めた。
「唐揚げはあげないのか?」
「あげても食べないっすよカイロっちは。んー、なんか面倒なプライドがあるみたいっす」
いつものことだと、ラムは箸をくるくる回す。
サラダは良くて唐揚げは駄目とは、どんなプライドなのか。
「気持ち悪い憶測をしないで。私は捨てるのが勿体ないから、食べてあげてるだけ」
カイロは語尾に力を入れて、キュウリをがりがり噛み砕く。仕方なく自分が食べているというスタンスのようだ。
そこであることを閃き、ラムに耳打ちをした。すぐに、俺の考えに賛同してくれた。
「カイロっちー、唐揚げ残すけどいるっすかー?」
「ウソつくな。腐れビッチが……」
ラムに託した安易な俺の考えは、食い気味の辛辣すぎる言葉の暴力で返された。
これっすよ、と気にした風もなくラムは唐揚げを口に運んだ。
これはこれで、いいコンビなのかも知れない。
昼食を食べ終わり、ラムが食器を下げた後にコーヒーを持ってきてくれた。
「食後のコーヒーっす。一口いいっすか?」
まさかの間接キスのチャンス到来に、プレミアムガチャ券とは、やっぱり特別だったと今なら自信を持って言える。
あのグロスが塗られた唇がカップにと思うと呼吸が速く浅くなってしまう。
飽くまでも自然に振る舞え、と自分に言い聞かせる。
「いいよ」
ここは敢えて、余計なことは言わないのが鉄則だ。
「さんきゅっす」
ラムはコーヒーカップを傾け、一気に飲み干した。
「え、一気かよ」
「一口は一口っす。ゴチっす」
ラムは唇をぺろりと舌で舐めて、コーヒーカップを置いた。
かなり予想外だったが、俺はまだ折れてはいない。コーヒーが飲みたかった訳じゃなく、用があったのは中身ではなくカップの方だからだ。
「お、お粗末さま。俺がカップを下げるよ、いいか俺が下げるから」
「なんで二回も言うっすか?」
「いや、なんとなく大事なことなので……」
テーブルのカップに手を伸ばすと、いきなりカイロが走って来てカップを掴みぶん投げた。
「ミエミエで、気持ちワリィんだよ」
「マジウケるっす。燈っちが、どんな顔でカップをぺろぺろするか見たかったっす」
嫌悪感を全面に押し出すカイロに睨まれる俺を、ラムは腹を抱えて爆笑する。二人とも俺の目論みはお見通しで情けない。
いたたまれなくて、話題を逸らそうとして大事なことを思い出す。
俺は呑気にご飯を食べている場合じゃなかった。早急に今の状況を確認しなければいけない。
「ファイル見せて。知りたいことがメチャクチャあるから。説明も頼む」
「了解っす」
ラムは可愛いらしい敬礼をして、さっきぶん投げたファイルを拾いあげた。
テーブルの上にファイルを広げたところで、ドアの方からこんこん、とノックをする音が聞こえてきた。
急に二人が体を強ばらせた。
「欠陥消去者だ。どうして、ここが……」
「や、やるっす。燈っちいるから、やれるっす」
緊張した顔のカイロとラムの視線がドアに刺さり、次に俺に注がれる。
「誰が来たんだ? なんか、歓迎できない人だったりする?」
答えを貰う前にドアが吹き飛んだ。光を背にした人型のシルエットが浮かび上がった。
この訪問の仕方は明らかに、よろしくないお客さんだと聞かなくても解る。
そいつは中に一歩入り、俺たちを見回し感情のない声を垂れ流した。
「目標発見消去……」
頭はあるが顔はなく、全身に墨を塗りたくったような黒ずくめのコートを着込み、無感情に同じ言葉を繰り返す。
「“乱射魔銃話”、お喋りの時間っすよー」
ラムが勇ましく叫び、両手に現れた銃が弾丸をばら蒔いた。
持っているのは自動小銃の拳銃にも関わらず、二つの銃口はとんでもない量の弾を吐き出していく。
「こらー、基地の中で撃つなー。せめて敵を狙えー」
頭を抱えたカイロが静止を叫ぶが、次々と弾丸の数が増えていくだけだ。
残念なことにラムの狙う的には一発も当たらず、子気味のいい音を連発しながら跳弾が流星と化して飛び交った。
「マジ待てって。俺らもヤバいから」
「もう止まれないっすー。気持ちいいっすー」
完全にキマっていて、ラムは止められない。 このままでは、俺たちの方が先に殺られてしまう。
どこかに避難しようとして踏み出した足元に、狙ったかのように弾丸が降り注いだ。
「くそが……」
意を決したカイロが毒づき、ドアに立ち尽くしている敵に向かった。
「斬るよ、“伝魂回路刀”」
走り出したカイロの手の甲に薄く緑に光る刀身が像を結んだ。
甲に張り付く腕と同じ長さを持つ刀身の表面には、電子回路の法則を従えた白い線が描かれている。
カイロは突っ立ったまま動かない敵の首に目掛けて体ごと飛び込み、体重を乗せた刃を叩き付けた。
当たった瞬間、乾いた音と共に刀身が砕け散った。
顔面蒼白のカイロは、体ごと突っ込んでいたせいで敵と一緒に外に転がって行った。
俺はカイロが心配で、慌てて外に飛び出した。
いつの間にか、部屋を蹂躙していた弾丸の雨は止んでいた。
外に出ると、カイロが敵と取っ組み合いをしていた。
どう加勢していいか解らず、周りをうろうろすることしか出来ない。
俺の無様な様子に見兼ねたカイロが敵の腕を掴んで押さえ付けた。
「持ってるんでしょ聖剣。こいつの何処かに調節孔あるから。早く回せ」
「は、聖剣? んなもんないけど」
「ウソつくな、早くしろ。そろそろ限界だって」
抱き合って押さえ込んでいる敵の抵抗が激しさを増し、カイロは顔を歪め残っている力を振り絞って耐えた。
どうすればいい、聖剣とやらは知りもしない。このままではカイロは殺られてしまう。カイロは俺が持っていると言った。探す所なんてジーンズのポケットくらいしかない。
試しに漁ってみると、後ろポケットに硬い棒状のものが縦に入っていた。
まさか、なんて思いながら引っ張り出す。
ポケットから出てきたのは、白いグリップに収まった銀色の細い鉄の棒。
棒の先端は平たく伸ばされており、専用のネジ穴を弛めたり締める為の工具。
一言で表すならば、マイナスドライバーだ。
なぜ、こんな物を持っているかの記憶は一切ない。
考えている時間は今じゃなく、これで行くしかなかった。
「マイナスドライバーでいいか? これでいいなら頑張ってはみる」
「そ、それ、早く……」
マイナスドライバーでいいらしく、言われた通りに敵の後ろに回り込み調節孔を探してみる。
だが、真っ黒のコートの上からでは探しようがない。
あれこれ迷っている内に、敵に圧されカイロが弱っていく。
後ろではないのかと前の方へ移動をする。カイロと掴み合ってる敵の首筋に丸く縁取られた縦の溝を見つけた。
それは、マイナスドライバーのサイズにぴったりのネジ穴に見えた。
そこに狙いを定め、マイナスドライバーを突き刺した。
敵が痙攣を起こして直立した。解放されたカイロが力なく地面に横たわった。
「ここで合ってたのか、この後はどうするんだ?」
「回して……殺れるから……」
息をするのも大変そうで、声は掠れて小さい。
どっちに回すのか迷ったが、俺は反時計回りに捻った。
それに合わせて、ぷしゅうと空気が抜ける音がして、敵は塵となって消えてしまった。
「終わったのか?」
マイナスドライバーを持った手が、今になって震えている。
その余韻が勝利を実感させ、よからぬ考えが湧いてくる。
今なら、カイロは褒めてくれるかも知れないと。
「見てた、今の。どうだった?」
カイロは横になったまま、にっこり笑った。
「ちんたらしやがって、腐れナメクジが……」
違う意味の笑顔とお褒めの言葉に、俺は涙が零れそうになる。
ざっくり心を抉られ泣きそうになりながら、カイロに肩を貸して基地の中に戻った。