参
肌に触れる冷たさに眼を覚ました。寝惚け眼にベッドの足が映った。
どうやら、床で眠ていたようだ。いや、ベッドで寝ていたような気もする。
起き上がってみると、カイロとラムが毛布にくるまって寝ていた。
真ん中にいたのに、俺だけ床ってなにがあったのか。
寝直そうとベッドに入ろうとして、枕に顔を埋めるカイロと目が合った。
「なんの用?」
「いや、二度寝……とか?」
突き付けられる刀の切先に、俺はごめんなさいと言うしかない。
「ラムも邪魔。裸でなにしてんだよ、起きろ」
カイロは未だ寝ているラムを蹴飛ばした。ベッドから落ちたラムは裸で床に転がり眼を覚ました。
「痛いし、寒いっす」
ラムは欠伸をして、気にするでもなく洗面所に向かった。
「お前ら、なんなんだよ」
うんざりなカイロには、俺とラムの気持ちは全く届かないようだ。
今はそれでいい、いつか必ず……。
必ずなんだろうか、俺はカイロのことが……?
頭の整理が追い付かない。だけど、何をしてでも守ってやりたい。後悔は全部が終わってからだ。
「ぼけっとしてんなよ、準備しろ。バザー行くんだから」
「バザーってなんだ?」
寝る前にラムが言っていてた、遊びに行くとは、これのようだ。
「要らないものとかを交換したり、ガチャ券に替える」
「バザーって、まんまの意味なんだな」
身支度を終えたラムが洗面所から出て来て、改めて朝の挨拶をした。
俺とカイロが顔を洗ったり歯を磨いている間に、ラムが必要のないものを選り分けて風呂敷に包んだ。
バザーの会場までは、塞転で行くようだ。
ラムが窓のコンソールを操作し、寒々しい荒野に建つ敵の拠点におさらばした。
過ぎ去る数秒の時間を、フォレストへの懺悔に充て、俺が成すべきことの重さを受け止めた。
移動に要した時間は十分程だった。
塞転のエンジン音が止み、窓から人の声が流れてきていた。
こちらの世界に来てから風呂に続いて、初めての街や文化に触れる機会だ。
変な話だが、俺はひょっとしたら騙されているのでは、と考えていた時もあった。異世界もこの状況も全部が嘘で、本当は元の世界で担がれているだけだったりして、と。
だってだ、俺が会ったまともに話が出来る人は、カイロとラムにシュガー、あとはフォレストだけ。欠陥消去者は数には入れない。行った場所も、森や荒野しかなかったからだ。
それが、外に一歩出て、ここは異世界なんだと実感させられた。
街の通りに軒を連ねる大小様々な家並は、近代的な鉄筋コンクリートのビルから始まり、木造からレンガ造り、果ては茅葺き屋根までなんでもござれだ。
俺がいた世界では有り得ない、まるで整合性のない構成になっていた。
道も舗装はされておらず、踏み固められた土に雑草や花が太陽を浴びている。
その道を往くのは、どこか似通った衣服を身に着けた老若男女の人々。みな袋や荷を抱え、同じ方へと向かっていた。
俺たちもそれに倣って歩いた。
物珍しくて俺が質問を投げまくる役になり、風呂敷を背負ったラムが答えてくれる役を買ってくれた。
この街は、シュガーの管理する領土だった。
人口は千人程度と、オンラインでは割と小さな規模の街で超が付く田舎らしい。
狂った家並の理由は、家ガチャによる運任せの結果であり、住んでいる本人たちの意志ではないようだ。
衣服が似ているのは、支給されるものを着ているだけだ。オシャレがしたいなら、ガチャか労働ということだ。
「いい街っすよ。マザーの管理が行き届いてるっすから。ウチらにも……」
「ラム、早くいこ」
カイロがラムの袖を引いた。
「ウチらにも、なんだよ?」
「なんでもないっすよ。ほら、あそこがバザーの会場っすよ」
明るくラムが足を早めた先には、街の中心である円形の広場があった。噴水やベンチがあり、憩いの場に相応しく平和な喧騒に包まれている。
広場の端を囲むように、御座やビニールシートが敷かれ、衣服や雑貨を並べている人が沢山いた。
「ガチャ券を稼いでくるっす。これで遊んで待ってるっすよ」
俺に数枚のガチャ券を渡し、ラムは賑わいの激しい雑踏の中に消えて行った。
渡されたカードには、生活雑貨ガチャと記されていた。
「半分よこせ」
カイロが手を出して、ガチャ券を催促してくる。なぜにラムは俺にくれたのだろうか。
「いいけど、なに使うんだ?」
「あれ」
カイロが指差したのは、電話ボックスのようなガラスケースに収まった電子レンジだった。
そこには、人が列を作っている。
「イベントとかの日は、そこ限定で食べ物が選択ガチャになるから。ガチャ券もなんでもよくなる」
「好きなの選べるんだな。ゴマ団子が食べたいのか?」
「今は、みたらし団子の口になってる。よこせ」
この目的でラムはカード券をくれたようだし、一つくらいならいいか。
ガチャ券は渡さずに、カイロと一緒に列に並んで選択ガチャを回した。
出てきた醤油ダレのかかった三本の串団子を持ってベンチに腰掛け、カイロは満面の笑顔で口に運んだ。
日頃はガチャ運のないカイロには、これが本当に楽しみだったようだ。
「なあ、ラムはやたら張り切ってたけど、欲しいものとかあるのか?」
「服とか化粧品でしょたぶん。私はお団子を食べに来ただけだし。これやるから、ガチャ券よこせ」
カイロは串に残った一つの団子で、取引を持ちかけてきた。
俺に拒否権なんかはない。カイロの美味しく食べている顔を、長く拝めるのなら大抵のことはやってのけてやる。昨日は目隠しで見れなかったからな。
それに、ラムも怒らないだろう。カイロの目的を知っているのだから。
ガチャ券を渡すと、カイロは速攻で串団子を持って戻ってきた。
今度はみたらしだけじゃなく、あんことゴマと種類を増やしている。
カイロが目移りしながら、ゴマ団子に齧りついた。
その時だった。広場の入り口から、女の悲鳴が上がり平和な喧騒を静寂に変えた。
静止画のように人々が動きを停め、発信源に目をやった。
遠目にも分かる真っ黒な人型が、わらわらと押し寄せて来ていた。
悲鳴がドミノ倒しに連鎖し、逃げ惑う人の混乱に血の匂いが足された。
「やばい、欠陥消去者だ。ラムは」
「うっさい、食え。いくぞ」
あんこの団子を口に突っ込まれた。
カイロもゴマ団子を咥え、人の合間を縫って走り出した。
なんでこんなことに。首の調節孔を弄り、カイロを追って走った。
広場の入り口で欠陥消去者の黒い腕が、逃げ遅れた子供に伸び触れる寸前に穴が空いた。遅れて銃声が鳴った。子供は呆然として動けずにいた。
再度、黒い手が伸びたが、今度は首が宙を舞った。
「ガキ逃げろ」
敵の首をはねたのは、刀を逆手に構えたカイロだった。
立ち上がったその子は、さしてカイロと背が変わらず、恐ろしげに後退さるように逃げて行った。
矢面に立ち、敵を迎えようとするカイロの背中は小さかった。
追い付いた俺は、子供の態度に腹が立っていた。
助けてもらっておいて、おかしな目でカイロを見やがったからだ。
「いつものことっす」
ラムが俺の側に寄り、先頭の敵の眉間を撃ち抜いた。
「ラム」
カイロがみたらし団子を投げた。ラムは口で団子をキャッチし、頭の上のメガネをずらしてかけた。
「ここは、いい街っすよ。なにもなければ、ウチらを怖がらない振りをしてくれるっすからね」
「そんなの、ありかよ」
「ありだ、ここはマザーの街。守るからな」
カイロがメガネを額にずらし、敵の群れ目掛けて突っ込んで行った。
「つう訳っす。やるっすよ」
ラムは左手の銃から弾丸を吐き出した。カイロの死角になる位置の敵が倒れ伏した。
俺は団子の串を捨て、調節孔をマイナスドライバーで深く捻った。
なんでもいい、暴れたかった。
怒りをぶつける相手は、そこらにいてくれている。駆け出した一歩の距離と速さに驚き、敵を力任せにぶん殴った。