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俺の聖剣とあの娘の秘密なネジ穴  作者: 月凪
第三章 罪の意識と、大好きなクマさん
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「おい、くそ豚野郎。治療だけは感謝してやる。次はないからな」


 正座をする俺を、カイロは蔑んだ顔で見下ろしている。

 豚野郎の俺は、手を付いてお誉めの言葉を頂戴した。いいんだ、これも糧にしていける。止まらない涙は、絶対に嬉し涙だ。


「凄かったっすよ」


 皿を下げに行くラムに、すれ違い様に囁かれた。俺に出来るのは、悔し涙を飲むことだけだった。


「今日は疲れたっすね。お風呂に入って、がっつり寝るっす」


 基地にある二枚のドア。その片方の磨りガラスのドアは、洗面所とバスルームになっている。もう一つはトイレとなっていた。

 風呂に入る順番は、最初がカイロで次に俺、最後がラムとなった。風呂を貸して貰えるだけ感謝しろとの、カイロからの特典も付いていた。


「そこの豚野郎が覗かないように、しっかり見張ってて」


 ラムに俺の監視を任せ、カイロがバスルームに行った。


「さっきは悪かったっす。カイロっちに嫌われたら生きていけないっすから。仕方なかったす」


 バスルームからシャワーの音がしたのを確認して、ラムが誠心誠意を込めまくって謝ってきた。

 本当にラムはカイロが好きなようだ。逆にラムに被害が及ばなくて良かった。


「もういいよ。俺も悪かったし」


「あらら、惚れも憧れもしないっすけど、カッコいいっすよ」


「そこは、ウソでも惚れてくれよ」


「じゃウソっすけど、惚れたっすよ。お礼っす」


 ラムは笑って、俺の顔に胸を押し付けてきた。温かくて柔らかい、至福の弾力に溶かされそうになる。さっきのことなんて、チャラどころか圧倒的なプラスの限界値まで振り切られてしまった。限界の先を知りたかったのに、すぐさま終わりが告げられた。


「おっと、終わりっすよ。カイロっち上がるっすからね」


「は、三分も経ってないんだけど」


 バスルームのドアが開き、バスタオルを巻いたカイロが出てきた。髪とメガネから水滴を垂らして石鹸の香りを振り撒いている。胸元が平らすぎて、バスタオルが落ちないか心配だ。


「私を見んな、豚野郎」


「カイロっち、もう豚野郎は止めてあげるっすよ。燈っちは反省してるっすから」


 ラムは新しいタオルを持って、カイロの髪を拭いてあげた。いつもそうしているようで、カイロはくすぐったそうにしているが、されるがままに任せている。まるで仲の良い姉妹みたいだ。

 ぶつくさカイロが文句を言っていたが、髪を拭き終える頃には、ラムに丸め込まれていた。


「ぶた……じゃなかった。燈、言い過ぎた。でも、次はないから」


「俺もごめんな」


 多少の刺は残っていたけど、仲直りができたようだ。それなら、ラムのサービスがあった分だけ得したも同じだ。


「ほら、燈っち、お風呂入ってくるっすよ」


 ラムが真新しいバスタオルを貸してくれた。

 タオルを受け取りバスルームに入ると、シャワーヘッド、それと一人用のバスタブに迎えられた。

 こっちに来てから初めての風呂だ。テンションは上がるけど、この後にラムが入るのを考えれば、長風呂は止めておこう。

 シャワーの側の棚にシャンプーやボディソープが並んでいて、どれを使っていいか分からない。面倒だから石鹸で髪と体を洗って湯船に浸かった。髪を洗っている途中で気付いたが、カイロからした香りと同じだった。カイロらしいな、と思えて笑えた。

 二十だけ数えて、湯船に別れを告げて洗面所で体を拭いた。着替えはどうするべきか考えるまでもなく、トランクスと半袖のカットソーが置いてあった。ラムは本当に気が利く。着替えをして部屋に戻った。



「ラム、着替えとタオルありがとな」


「いいっすよ。それより……美味しかったっすか?」


 ラムが寄ってきて小声で聞いてきた。なにが、と聞き返すが、ラムは意味ありげに笑いバスルームに行ってしまった。

 そこで気付いた。カイロが入った後の湯船には、お宝が眠っていたことに。


「くっ、一生の不覚……。カイロのあ……」


「くっ、じゃねえよ。私の、あってなんだ。味だったら斬るぞ、豚野郎」


 刀を握るカイロの眼が怖い。

 せっかく仲直りをして、人間に戻れていたのに、またしても豚野郎に成り下がってしまった。


「ラムはお風呂が長過ぎるから、私は寝る。お前も寝ろ。いいか、変なことすんなよ」


「はい、仰せのままに」


 カイロはベッドに入り、俺に背を向け毛布を被った。

 風呂に入ってさっぱりして、体は寝たいと訴訟も辞さないくらいの疲れを訴えている。

 だけど、ずっと頭の芯に根を張っていることが許してはくれなさそうだ。ほら、考える時間があれば、律儀に頼んでもいないのに思い出させてくれる。

 俺が、フォレストを殺めたことを。

 バカやっている間だけは、忘れた振りをしていられただけだ。命を奪った感触が、べったりと手から離れず気を抜けば震えてしまう。

 震えを止めようとして、力の限りに拳を噛んだ。涙と鼻水、それに血の味が口の中に広がった。

 誰でもいい、助けてくれ。



「燈、来い」


 カイロが俺の方を向き、横になったまま毛布を持ち上げていた。

 俺は会わせる顔がなくて、だけど耐えられなくて、ベッドに吸い寄せられた。


「入れ」


 俺はなにも考えられず、毛布の隙間からベッドに体を滑り込ませた。カイロの体温が、体の震えを止めてくれた。


「一緒に寝てやる、もう泣くな」


 カイロのぶっきらぼうな優しさが、嬉しくて堪らなかった。どうして、俺はこんなに弱いのか。そして、カイロはなんでこんなに強くいられるのだろうか。俺とカイロの違いが分からなかった。


「いいか、寝てやるだけだ。変な気を起こしたら……斬る……から……」


 カイロは眠気との闘いに白旗を上げて、代わりに瞼を下ろした。

 疲労の限界だったのに、俺の心配までしてくれていた。抱き締めれば折れてしまいそうな、こんな小さな体で。

 カイロに甘えようとして、不意に背中に柔らかいものが押し付けられた。


「そっち行くっす」


 ラムがバスタオル一枚の姿で、強引にベッドに入ってこようとしていた。


「なにやってんだよ、狭いって。カイロが起きるだろ」


「燈っちだけ、ズリィっす。カイロっちは起きないから分かりゃしないっすから」


 押し合いへし合いをして、結局はベッドに三人で納まってしまった。カイロに起きる様子はなく、可愛らしい寝息を聞かせてくれている。

 女の子に挟まれて幸せだけど、寝られる訳がない。


「燈っち、これがカイロっちの最強な所っすよ」


「だな。くらくらしたよ」


「ウチもそうっすけど、最初にマザーがしてくれたんすよ。泣いてばっかりだった頃に、マザーが来て一緒に寝てくれたっす。メッチャ嬉しかった。一人じゃないって思えたっす。きっと、カイロっちは真似をしたっすね」


「そうなんだ、シュガーも優しいんだな」


「マザーも最強っす。マザーを信じてれば、なんでも上手く行くっすよ。明日はみんなで遊びに行くっす」


 少しずつ、会話に心地好い間が空いていき、狭いベッドが軋む音すらも、俺には子守り歌に聞こえてきていた。


「楽しみ……だな……」


「みんな……一緒よ……」


 みんなの中に、確かに俺も入っていた。

 眠れないはずだったのに、とにかく温かくて、俺は眼を閉じて微睡みの手招きに身を任せた。



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