壱
敵の拠点から脱出し、目と鼻の先にある基地に戻った。
基地までラムに運ばれた全員が、着くや否や床に体を投げ出した。俺とシュガーは血だらけで、カイロは意識を失ったままだった。
シュガーの指示でラムがお菓子ガチャを回して、俺たちの治療の準備をしてくれた。シュガーから教わった治療法は至って簡単だった。
それは、お菓子で体力を補充しながら、俺がマイナスドライバーで命に繋がる調節孔を捻るというものだ。ここで忘れてならないのは、治すという気持ちが重要になるようだ。
俺はスナック菓子をサクサクやりながら、自分の調節孔にマイナスドライバーを突っ込み回してみた。急速に痛みが引き、嘘みたいに体が軽くなった。その代わり、スナックを咀嚼中だというのに腹の虫が鳴き出した。
味なんて有って無いようなスナックを噛む作業を続けて、三袋目で全快の感覚を得られた。
「治ったかな、背中どーなってる?」
「服はボロっすけど、キレイに治ってるっすよ」
ぱしん、とラムに背中を叩かれた。なんてことはない痛みしかなかった。
「あいよっと。次はシュガーな」
「お、お願いします。や、優しくして下さいね」
シュガーは頬を桜色に染めて、おずおずとドレスの胸元をはだけさせた。陶器のような真っ白な肌に微かな膨らみを二つ披露され、呼吸が困難になってしまう。
「燈っちは、ちっぱい好きなんすね」
ラムがしみじみと頷いている。シュガーは羞恥から唇を噛んで耐えていた。
「や、優しくするから、力を抜いてな」
シュガーは補給のカステラを噛み締め、眼を固く閉じた。
俺は慎重に優しくを心掛けて、胸の調節孔にマイナスドライバーを差し入れた。
「やんっ。うぅ、これ……いいです。もっと、想いを下さい」
マイナスドライバーを通じて、俺の感情が伝わるようだった。俺は早く良くなってくれ、と念じて調節孔を右に傾けた。シュガーは小さな体を小刻みに痙攣させた。その様をラムが指を咥えて、興味津々といった感じで見ている。
そのまま、カステラを必死に食べ身悶えるシュガーを楽しみながら、治療を終わらせた。
「癖になったら、責任を取って貰いますからね」
恍惚の表情を浮かべ、気だるげにドレスを正した。
「ズルいっす、ウチも怪我したいっす」
「そういうのじゃないから。次はカイロな」
「申し訳ないのですが、私はお暇させて頂きます」
シュガーはしゃんとした態度で立ち上がり、ドレスに付いた汚れを払った。
「いや、もう少し休んでいけばいいんじゃないか。聞きたいこともあるんだ」
「まだやることがありまして。いずれ、ゆっくりとお話を伺いますよ」
「そういえば、マザーはなんで怪我してたっすか?」
シュガーは一瞬だけ、寂しげな顔をした。
「古い友人と喧嘩をしました。結果は、私が今ここで皆さんと笑っていられる。それだけのことですよ」
置き手紙にあった互いに生き残れたらという文言は、シュガーも俺たち同様、避けられない戦いを強いられたからだったようだ。
それ以上はラムは何も聞かず、お疲れさまとだけ返した。シュガーは背伸びをして、ラムの頭を撫でて静かに微笑んだ。
「今日はお疲れさまでした。くれぐれも、戦いの備えを怠らないようにして下さい。次も助けに参じられるかの保証はないですから」
丁寧にお辞儀をして、頭を上げた時には空気に溶けるようにシュガーは消えていた。
結局、帰る方法は聞けず終いだった。それでも、俺は次があるさと思えた。例え帰る方法が分かったとしても、今は帰る気はなかったから。生きてさえいれば、なんとでもなる。それに、カイロと離れる方が何倍も嫌だった。
どさくさ紛れに奪ったカイロの唇の柔らかさが、俺をこんな気持ちにさせている大きな要因だな。きっと怒るだろうけど、それも楽しみだ。
「燈っち、カイロっちの番っすよ。ガチャで大好物のゴマの串団子を引いたっす。きっと、イイ顔と声を聞かせてくれるっす」
怪しい目付きのラムが串団子の皿を持って、俺を急かしてきた。
どんな顔で俺に怒ってくれるのか、若干の不安を感じながらカイロの治療に取りかかった。
カイロの命を維持している調節孔は、左腕の内側にある。改造した時に他の二つはメガネに連動させるために耳の後ろに移動させた。これを胸の方に移動させなかった自分に、腹が立ってくる。調節孔が胸の位置にあるなら、治療の度に色々と拝めたのに。
「なにイライラしてんすか? さっさと服を剥いて、イタズラするっす」
この人、治療じゃなくて、イタズラって言ったよ。そりゃ、そういう目的もあるけども、そこまで開き直れない。だけど、一人じゃ出来ないことも、誰かが後押ししてくれるなら心強い。悪魔の囁きに乗るのもいいかも知れない。
「じゃあ、ちょっとだけな。治療の一貫として、服を脱がせて手が滑っただけってシナリオでいくからな。いいか、事故だからな」
「うっす。ズルズルに滑らせるっす。お嫁に行けなくす……」
しゃきん、と首元に突き付けられた刀にラムが凍りついた。
「聞こえ……てんだよ。変なことしたら……斬る」
薄目を開けたカイロが、遊びの一切ない殺気を発している。
どこから眼を覚ましていたのか、俺が加担している所は聞かれただろうか。
「ち、違うっす。全部、燈っちに命令されたっす。ウチも被害者っす。うっ……信じてカイロ」
ラムは口を押さえて涙を光らせ、俺に罪を被せる腹積もりだ。
こんなの冗談じゃない、きちんと釈明をしてラムが首謀者だとぶちまけてやる。
「ラムが言い出したんだ。聞いてたんなら分かるだろ」
「お前が、治療の一貫だとか、事故だからって所だけだ」
最悪だ。ラムとの打ち合わせは、飛ばし飛ばしにしか聞こえてなかったようだ。それも、俺の部分だけ。
ラムに突き付けられていた刀が、俺に向けられた。
「串団子をよこせ……お前は近寄るな」
カイロが犯罪者を見る目をして、俺から距離を取ろうと刀で不動の直線を引いている。
ちきしょう、俺だけ嫌われてしまった。
ラムはと見ると、顔を両手で押さえて舌を出していた。
これ以上、言い訳を重ねても信じてくれそうもない。だけど、治療は俺でなくては出来ない。
「なにもしない、誓うから。怪我だけ治させてくれないか?」
誠意を持って頭を擦り付けて頼んだ結果は、悲しいものになってしまった。
「はい、あーんするっす」
「あーん。モグモグ、おいひっ。もひとつ」
真っ暗に閉ざされた視界で、俺は音声しか楽しめない。邪魔な目隠しをされているからだ。
カイロが大好物を食べる姿を拝めない、こんなキツイ罰ゲームがあるかよ。
俺は想像力に縋って、マイナスドライバーを右に傾けた。
「あっ……ん。治ってきた、ゴマおいしい……っっ」
「はぁはぁ、イイっすよ……」
むしゃむしゃと串団子を食べる音に混じって、カイロのあられもない声が届いてくる。ラムの声も俺を煽るのに一役買っている。
まるで罰ゲームのように俺は苛まれ、悶々としながらカイロの治療が終わった。
俺が目隠しを外すことを許されたのは、カイロが着替えを終えてからだった。